4-12
~前話のあらすじ~
炎の精霊憑きであるイストは火柱の中でも死ぬことはなかった。そして、火柱の発生源であるドラゴンの名前を突き止めた彼は、ドラゴンを制御できるようになっていた。彼は炎のディザスター種“アウレヅィア・セメン”と共にガルルア・ランメイスを倒しに地上へ向かった。
自分にとって恐怖とはどういうことだろうか。
その才能故にすべてに飽きていたクラオジルス・ヤラオ・レバンジオは考えた。
究極的には死であるのは当たり前だが、痛みや苦しみというのも恐怖だった。だが、暇であるのも恐怖であった。今更なのだが、それはとても贅沢なことだったと思う。
何かをすれば苦しいのは当たり前だし、困難に直面すれば痛みを受けることもあるだろう。いくら才能があったとしても、障害というのもいくらでも発生してくる。それを「面倒だなぁ」という考えひとつで放り投げておきながら、自分の周りが退屈で満たされていると決めつけている。
だから贅沢なことだった。
一歩。
自分のテリトリーから一歩でも出ることさえできれば、そこには未知があり、何かをせねばならぬ義務があり、それによる苦痛が生まれる。そうすればもう暇などどこにもない。
国外へ逃亡して出会って一人の少女に出会った。
そのヒメコ・ナイヴ・タダノィルという少女は、クラオジルスと同じように才能に溢れている人間でありながらすでに苦痛を知っている人物であり、それから逃げようとしていた。しかし、彼女が受ける苦痛というのは、彼女が今の世界で生きている限りに受け続けるものだった。一般的に差別とか迫害とか言われるものに該当する。
レバンジオ王国という自分のテリトリーから一歩をはみ出したクラオジルスは苦痛に出会った。自分が贅沢であることを暗示している少女ということと、それを救いたいと思うこと。
自分から何かをやりたいと願うようになった。
それは、この世界を一度破壊するという稚拙な発想。
世界がヒメコを受け入れないというのならば、世界を作り替えてしまえばよいだけのこと。その手段が何であるかというと、ガルルア・ランメイスによる破壊という安易な解決手段であった。彼にとってガルルア・ランメイスは、これまで見たこともないほどの存在であり、それに頼りたくなるのを自制できなかった。
「あははー♪ あのラヌイジオ城がただの瓦礫になりましたわぁ」
ヒメコの声にハッとしてクラオジルスが地面に目を向けると、彼女の声の通りにただの瓦礫しかなかった。
幼いときに招かれて遊んだあの大きな城は、クラオジルスが少し感慨に耽っている間になくなってしまったのだ。先ほどまでは崩れ去っているように見えていたのだが、今では本当に瓦礫の山となっている。もともとは建物だったとは到底思えないほどに細かく砕かれた石材がゴロゴロと転がっている。
きっと、ヒメコがガルルア・ランメイスに命令して、時間をかけて足で踏みつぶさせたのだろう。
「本当だ……なにも残っていない」
鬼ごっこに使った長い廊下も、かくれんぼに使った礼拝堂も、戦争ごっこで使った図書室も、水浴びに使った噴水も、甘くておいしいケーキを食べたスゴルドの部屋も、スゴルドやスイナと大げんかした美術品保管庫も……全部、全部なくなったのだ。
後悔しているのだろうかと問われれば、彼は是と答えるだろう。
しかし、後悔してでもやりたいことができたのだ。前に進まなければならないのだ。古代の言い伝えに人が縛られているような、そんな世界は破壊しなくてはならないのだ。
「次は街を踏みつぶしましょ~!」
ヒメコの声に従って目を向けると、所々煙を上げている町並みが見えた。
クラオジルスは実際にその町並みを歩いたことはない。歩いたことはないが、ソムルカの背中に揺られながら眺めたことはある。その時、自分の横には父と母が、そして妹がいた。
あのころは楽しかった。
「クラオジルス様?」
「街はそのままにしておこう。地震の被害は十分に出たから、ボクとキミの力を十分に示したと思うよ」
「……そうですわよねぇ~、あははー♪」
「それよりも次へ行こう」
「ではぁ、隣のグエンド王国に攻めましょ~!」
ヒメコは少し残念そうに表情を曇らせながらも、次の標的に攻め入ることで気分を高ぶらせようとしていた。彼女の手には大陸全土を描いた地図が握られていた。
クラオジルスは考えた。大陸一の大国であるラヌイジオ王国の城であっても、入念に且つ執拗に破壊し尽くすまでに掛かった時間はわずか3時間。ほかの国の城などヒメコにとって負の思い入れはないはずであるから、すぐに破壊に飽きるだろう。そうした場合、大陸全土の国が城を失うのは1ヶ月も掛からないだろう。
そうすれば、自分が今一番やりたいことを実現できる。しかし、彼の心はモヤモヤとして晴れ渡らない。なぜか。
理由は簡単だった。暇だからである。
贅沢な悩みだった。大陸を恐怖に陥れようとしている人間の考えることには相応しくない。
暇を潰すには一番なにがよいだろうか。
彼のこれまでの人生を一変させたのは愛するヒメコとの出会いよりも、やはり、自分と同じ顔の人間の存在を知ったときであった。それ以来、「暇ならば、自分で面白くすればいいんだ」と思うようにした。だから国外への一歩を踏み出すという能動的な行動ができたのだった。
だから今も待っている。
先ほどワザと吹っ飛ばすだけでとどめを刺さなかった三人が再び立ち向かってくることを待っている。
「いや……違うね」
「なにがですの?」
「ううん。ひとりごとだよ」
彼が待っているのはただ一人。イスト・サーヴァラ。自分の影武者である。
その人物が、もうすぐ現れる。なんとなくそう直感した。
そしてそれは現実となる。
彼が目を閉じて見開いた瞬間、地上から白い玉が飛び上がってきた。音はなく静かに、だが、ものすごい速度でガルルア・ランメイスの頭部まで上昇してきた。そして、クラオジルスたちが立っている肩の部分までゆっくりと降りてきた。
直系3mほどの白い玉はシャボン玉のように割れ、中には一人の男と、その横に浮く人の頭ぐらいの光の玉だった。
「お待たせしました、王子」
「やあ、イスト」
「影武者さん、いらっしゃい」
本来であれば、それは歓喜であった。
だが、待ちかねた人物の横に浮かんでいる光の玉はなんなのだろうかという疑問がわき出してくる。光の強さが揺らぐわけでもなく、宙を漂っているのでなくて静止している。全体的に無機質で、それが不気味だった。
「まずはお詫びを」
イストの言葉によって注意がイストへ向く。
「先日お約束した、いつか国を率いて競争するようになると言うことですが、どうやら守れそうもありません」
「そうだね。今、ここで決着が付いてしまいそうだからね」
「ええ。それと……その決着も王子の負けが確実になりました」
「なんだって?」
「私の王子様が負けるはずがないわっ!」
クラオジルスとヒメコがイストを睨むが、睨まれた本人は飄々とした態度で頭を下げた。
「競争すらできないほどの強力な兵器を持ち出してしまい、申し訳ありません」
クラオジルスは再び光の玉に目を向ける。すると――
――目が合った。
そして、目の前が一瞬にして真っ白く染まった。
とっさに隣にいたヒメコを抱きかかえて地上目がけて飛び降りた。途中で風の精霊行使をして、身体を反転させると、光の道としか思えない熱線が目に入った。耳に響くは轟音。まるで滑らない床に机を滑らしたときのような、それでいて大気を振るわせていると思うほどに巨大な音。
熱線がガルルア・ランメイスの胸から上を吹き飛ばしたのだ。
あまりの光景に、呆然として光る玉を見つめると、先ほどよりもかなり遠くに離れたというのに……
「――なっ」
まだ目を見つめられているとクラオジルスは思い、その恐怖によって意識を閉ざした。
その間際、彼は本当にやりたいことがなんであったのかを、腕の中の温もりを感じながらようやく知った。