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なぐられて影武者  作者: 十五郎
第1章 レバンジオ王国でよくある1日
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1-2

~前話のあらすじ~

授業を真面目に受けていたと思われた王子だったが、実は影武者だった。それを見抜いた姫は影武者をおもっくそぶん殴る。サドな姫は殴ったことで喜び、マゾな影武者は快感を覚えながら空を舞うのであった。


 影武者だと言われた青年、イスト・サーヴァラはしまりのない顔をしつつ、殴られた左頬を愛おしそうにさすりっていた。そんなM男である彼の足は、殴った姫、スイナ・カルメ・レバンジオの後ろを付いていく。


「つまり、お前もお兄様の居所はわからないのだと言うのね?」


「はい。王子がいなくて困っていた先生が不憫になり、代わりに授業を受けていただけですから」


 話しかけられたことで、ようやく頬をさするのをやめる。


「お兄様に命令されて黙っているというのなら、今ここで白状なさい。今なら怒らないでいてあげる」


「いえ。本当に頼まれてなどいませんよ」


「……とりあえず、そういうことにしておいてあげる」


 いまだスイナは怒っていた。

 後ろを歩いているイストから見ても、歩き方が大股だったり、ウェーブがかかった髪がいつもより膨らんで見えるので、すぐに怒っていることがよくわかった。

 興奮していれば動きがおおざっぱになって大股になることは一般人でもよくある。だが、髪が膨らんでいるのは、スイナが〝精霊使い〟であることに所以する。

 先ほどイストを殴った拳が石に覆われていたが、あれは土の精霊の力を利用した打撃方法だった。今、彼女の髪が膨らんで見えるのは、風の精霊の力が彼女の怒りによって引きつけられているからだ。

 土と風以外に火、水、冷気の精霊に関しては人間が制御可能である。そもそも精霊は人間が知覚できる存在ではない。それなのに制御可能な精霊を5種類だと分類している根拠は、単なる経験によるものである。5種類の精霊はそれぞれ地震、嵐、火山、水害、寒波という自然災害から生み出された空想の産物だった。しかし、実際に人間は先史時代より精霊を扱ってきたのだと考古学者も言っているので、精霊という超常の存在がいると言われている。

 彼ら精霊や、精霊と違って目に見える超常の存在である〝ザウルス〟を研究することを魔導学、研究する人を魔導学者と呼ぶ。魔導学者によれば、上述した5つの精霊以外に、〝腐食と再生〟を統べる精霊と、〝干ばつと飢餓〟を統べるが存在すると言われている。もちろん、人間で制御できた例は神話や御伽噺の中にしかない。『太陽を引っ張った王様』は、干ばつと飢餓を統べる精霊を使役しようとして失敗したのではないかと言われている。

 まあなんというか、そういうウンチクが無くとも、普段のスイナを知っているイストからは、彼女の気が立っていることは容易に知れるのだが。

 そんな彼女を見ていると、イストはついつい、もう一度姫が激情してくれると嬉しいと思ってしまう。今度は足蹴りの方が良いなと希望を膨らませていた。

 怒らないでいてあげると言いながら、自分が影武者であることを知ったときに殴ってくるとは、なんて素敵な人格なのだろう、と彼は本気で思う。なので、彼には彼なりの夢があるが、その夢が現実のものとなるまでは彼女に付き従ってもよいと思っている。

 前を歩くスイナが足を止めたので彼も止めた。そして彼女が振り返って来る。目には決意の熱意。


「よしっ! お兄様を捜すわよ!」


 イストは、そんな当たり前のことをナイスアイデアを閃いたかのように堂々と言うんじゃないと思いながらも、「はい、がんばってください」とだけ答えた。しかし、スイナはその答えに不満のようだった。


「がんばってくださいじゃなくて、手伝わせてくださいと言うのが優れた答えだと思うの」


 彼女の不満の理由は簡単だった。要は、人手が欲しかったのだ。

 王子を捜索することは彼の機嫌を損ねることであり、ほとんどの人はやりたがらない。王子も彼なりに自分が持つ権力を理解しているので、別に王子という階級を使って嫌がらせをしてくることはない。だが、彼はイタズラが好きなのだ。仕返しとばかりにいやらしいイタズラをしてくるのは目に見えている。なので、多くの人は捜索をやめる。そもそも捜索をしなくても、王子は飽きっぽいので、次の日にはお城に戻ってくるのだし。

 王子を捜索する人と言えば、このしっかり者のスイナと、彼女に付き従うイストぐらいだった。そのほかに協力してくれるのは、王子が小さいときからお守りをしているアハナ侍女長ぐらいだろうか。

 だが、今日のイストは別に暇を持てあましているというわけではないので、素直に手伝うのは面白くなかった。それに、スイナを再び逆上させたいとまだ思っていたし、丁度良いので軽くいじってみようと思う。どこをいじるかだと言われれば、逆鱗に決まっている。手段は単なる口答えだ。


「私は王子の影武者であり、お守り役ではありません」


「それはそうだけど……」


 口ごもるスイナに、イストは目を閉じて言い聞かせるように反論を続けた。


「いざというときに王子になりきれるよう、素養を身につけなければならなく、今日はそれらの教育を施してもらう予定でいっぱいなのです。単なる成金の影武者なら仕草や背格好だけでどうにでもなるでしょうが、王族の方の影武者になることはそれ相応の身分にあった教養や物事の捉え方が必要で――」


 チラリとスイナを見る。

 しゅん、という言葉がしっかり当てはまるようにその身を縮ませていた。

 イストはしまったと思った。彼は慌てて話の軌道を修正する。怒らせるつもりが悲しませてしまったのだ。ああ、これではもはや姫の美脚キックを食らうことはできない。


「しかしまあ、私はもはや貴族達はもちろん、一部の国民にも周知されている存在ですし、影武者というか替え玉のように教育されていますから……」


 スイナが顔を上げたのを確認すると、再び目を閉じる。


「平民出身の身ではありますが、貴方たちご兄妹を支えさせていただきたいと思います」


「えっと……それってつまり?」


「私も王子を探すことを手伝うと言っているのです」


 恭しく頭を下げたイストは、頭を元に戻すとスイナを見た。

 スイナが顔を笑みで輝かしているのを確認すると、これも自分の夢のためには仕方がない労働なのだな、と思い、軽く微笑んで自分の欲望を抑えつける。


「それじゃあ、ドラゴンの格納庫とザウルスの飼育小屋を見に行くわよ!」


「はい。それは名案です。王子が街から外に出てしまっているかどうかの判断になりますからね」


 再び歩き出す二人。イストがスイナの後ろ姿に話しかける。


「それはそうと、姫」


「なによ」


「口答えした私を叱らないのですか?」


 残念なことに、欲望は抑えつけられなかったようだ。たぶん、指導者たるものには当然必要な欲なのだろう。方向が間違っていると思うのだが。


「なぜワタクシが叱らないとならないのかしら? お前にはお前の仕事があることぐらい知ってるわよ」


「いえ……そういうことではなく、普通の姫ならば、情け容赦なく叱ってくると言うか、暴力に訴えてきて承諾させるというか、そういうことをするでしょう?」


 再び足を止める二人。振り返ったスイナの顔はとても良い笑顔だった。


「お前、ワタクシを怒らせたいの?」


「そ、そんなことはございません!」


「……本当?」


「ええ! 私は叱られたいだけです!」


「怒るも叱るも同じじゃない。また訳のわからないことを……」


 ひくひくと引きつっていく彼女の頬を見て、もう、イストは我慢ができない様子で彼女の肩を掴んで、息を荒げながら早口にまくし立てた。


「怒ると叱るは違うものです……怒ることは怒気しか存在しませんが、叱ることには愛があるのです!」


「ちょっ……顔が近いっ!」


「だから姫! 私にもっと大きなお叱りという愛を!」


「やめ……」


「叱って!」


「そんなに顔を近づけないで……」


「叱って!」


「でないと……」


「叱ってくださいぃぃぃぃっ!」


 スイナは色々な意味で顔を真っ赤にして、さらに拳も炎の精霊で真っ赤に燃え上がり、それを振るった。


「いい加減にしろぉっ、影武者ぁぁぁぁっ!!」


「へぶろぉっ!」


 爆発するような音を立ててイストは飛んでいく。

 空を吹っ飛びながら、冷静になったイストはぼそりと呟いた。


「……キックをほしかった」


大丈夫です。次話の過去編の影武者くんのほうが変態です。

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