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~前話のあらすじ~
小さなおっぱい、夢いっぱい。スゴルドはいつもそのように感じていた。目の前にあるスイナの小さなおっぱいに気が狂った彼は暴れまくったが、真実の理想郷を見せてもらったことで正気に戻った。
損したのは、おっぱいぽろりしちゃったスイナだけでした。
気を取り直した三人はラヌイジオが誇るドラゴン格納庫にいた。そのうち一人は偽チチを付け直していた。
三人が見上げているのはラヌイジオが最新の技術を組み込んで作り上げた兵器用ドラゴン、〝ジオクエイク〟だった。
モデルはジャグリア目アロカロス科アルロッス属であり、全長20mの立派な体格だった。ちなみに動物学者に言わせればアロサウルス型のドラゴンである。全体重を支える後肢はモデルのアルロッスと違い四本になってしまい重量感があるが、その分安定感を増しているようだ。外殻は赤銅色であり、口から炎を吐けばまるで絵本に出てくる火竜のようだが、そういった特技はないらしい。
それらが10体並んで格納されていた。
「つまり、これを使って呪いの根源を滅ぼしたいというのね?」
スイナは感心したようで、上機嫌にスゴルドに笑いかけた。しかし、スゴルドは顔をしかめる。
「呪いの根源については俺も全く見当が付かないので、そのように断言はできん」
「じゃあ、なにをするためにこれを作ったのかしら?」
「不安要素を破壊するためだ」
「「不安要素?」」
スゴルドは一息ついて、疑問の声を上げた二人の顔を見比べる。
「お前たちは童話や伝説というものが、全く荒唐無稽の事実無根だと思っているか?」
それに対してスイナは「事実でないから童話なのでしょう?」と言った。しかし、イストは真面目な顔をして答えた。
「なにかしらの事象が後の世代によって物語に改造された、もしくは、なんらかの理由で物語にして比喩的に伝えるしか許されなかった。そのどちらかだと思っています」
スイナは首を捻って見せるが、反論はしないでいてくれるようだ。
スゴルドはイストの答えに満足そうに頷いた。
「では、『太陽を引っ張った王様』のことは知ってるよな? ラヌイジオよりもレバンジオの周辺でよく知られている童話だ」
「ええ、小さい頃から良く聞かされたわ。身の丈を越えた欲を持ってはいけないと言うことを伝えているのよね」
「しかし、あの童話とこの兵器用ドラゴンに何の関連が?」
イストは話が長くなりそうだなと思いながら発言したのだが、自分の言葉に思わずハッとした。それに気付いたようで、スゴルドは「何か気付いたようだな」とイストに答えるよう命令してきた。
「では、僭越ながら……
あの童話で王様はドラゴンを発明しました。そして、その力を持って大陸一の大国にのし上がりました。ほかにも戦争に役立ちそうな色々な発明品がありましたが、それは魔導学や工学などが発達していたことの隠喩だったのでしょう。それなのに、王様のわがままの所為で滅びてしまった。
そして、タダノィルの呪いにまつわる話について。かつてのタダノィルはレバンジオは愚か、ラヌイジオすらも従えていた大国だったと言われています。そして、それはドラゴンをはじめとする魔導学の発達によるものだったと言われています。一説には今のラヌイジオよりも進んだ技術を持っていたとも言われています。それなのに、何の前触れもなく滅びてしまった。
つまり、古代のタダノィルがあの童話の舞台となっていた王国だったと推測できます」
イストの長々とした説明にスゴルドは拍手をするが、スイナは顔を強張らせた。
「じゃあ、不安要素って、タダノィルがあの童話に出てくる発明を持ち出して戦争を仕掛けてくるとでも!?」
「半分は正解だ、スイナ」
スゴルドはあまり慌てるなとスイナをなだめながら説明していく。
「各種文献調査の結果、タダノィルには超大型のドラゴンが保管されている。だが、今のタダノィルにそれを再起動させるための技術などない。だから半分だけ正解だ」
「なるほど。このジオクエイクを使ってそれを発掘し、破壊するのですね」
「そのとおりだ。だから、この俺が覇王になってしまうなどという心配はいらんのだ。クラオジルスとヒメコ姫にもそれを理解してもらい、戦争を起こすことなく事を済ませる努力をしよう」
「流石です、スゴルド殿下」
「はーっはっはっはっ、もっと褒めろ! 称えろ! 敬うが良い!」
胸を張って高笑いするスゴルドを横目で見ながらイストはホッと一息ついた。そして、主であるスイナの横顔をちらりと見た。きっと彼女も安心しているだろうと思ったが、その表情は先ほどと同じく強張ったままだった。
戦争の心配をしなくて良くなったというのに何でそんな表情をしているのだろうか。もしや、スゴルドに娶れと言ったことを後悔しているのだろうか。
イストはそんなことを考えていたのだが、彼女の思考は完全に斜め上に行っていた。
「ねえ、影武者」
「はい、姫」
「童話に出てくる発明って、ドラゴンのほかになにがあったかしら?」
イストは少し考えを巡らし、物語の順番通りに答えていく。
「卵の黄身の大きさを測る機械が最初でしたね」
「そうね」
「次には細かいのを沢山作っていました。小さなものを見るためのメガネや、高く刎ねるための靴とか。珍しそうなのは精霊を捕まえる虫取り網とかもありましたね」
「そう。でも、もっとあったはずよ」
「確か、戦争に勝つために作った発明のひとつがドラゴンでしたけど、その他に矢をよけるお守りとおなかがふくれる飴がありました」
「その矢よけのお守りって、どんなのだっけ?」
「……水晶だったような。たしか、星空を映した水晶とか」
「ちなみにタダノィルのヒメコ姫の瞳は?」
「満点の夜空のごとき澄み渡った輝きのつぶらな瞳! ……あれ?」
二人してダラダラと冷や汗を流し始める。
「ま、まあ、何かの偶然かも知れないし……」
「そ、そうですよ。それに童話でも水晶は矢をよけるためのお守りでしたし……」
「でも、なんらかの理由で物語にして比喩的に伝えるしか許されなかった場合もあるんでしょ?」
「確かにそれは……知られたくないのだけれど伝えなければいけないものがある場合、話の焦点を少しずらして……」
今度は三人してダラダラと冷や汗を流し始める。
もちろん三人目はスゴルド。これだけ汗を掻けばデトックス効果で顔のゴツゴツもボツボツも平らになったり赤鼻が普通の鼻になったりして少しはブサイクも直るんじゃないかと思わせるほどに冷や汗ダラダラ。
三人の意気が沈みまくったそのとき、大地を巨大な揺れが襲った。
「きゃぁぁぁっ!」
「姫!」
イストはスイナを抱えて素早くジオクエイクから離れる。スゴルドも二人に続くように格納庫の外へと移動した。
「ぬぅっ……地震か!」
三人で辺りの様子を見回す。
格納庫は無事のようだが、城に目をやれば所々の壁が崩れているところがある。それほどに大きな揺れ。王城と比べて作りが粗雑である街の被害はさらに酷いものとなるだろう。
「スイナ! イスト! すまんが、俺は被害状況をまとめなければならん」
「わかったわ。ワタクシたちは大人しく城の中にいるわね」
「了解しました」
「うむ。では……ジオクエイィィィィクゥゥゥゥッ!!」
スゴルドは長刀をもった右手を天に掲げ、先ほどのドラゴンの名前を大声で叫んだ。すると、大きな咆哮が響き渡り、10体のジオクエイクがゆったりした動きで格納庫から出てきた。
彼らはスゴルドの前に横一列に並んだ。その迫力は、格納されていたときとは雲泥の差であった。
「うむ。良い面構えだ。お前たちの初任務は戦闘ではなく、瓦礫の撤去、人命救助だ」
スゴルドの言葉に低く唸って返事をする。特に不満はないらしい。兵器用として作られた彼らであるのにそのような任務に素直に従うのは、スゴルドという男が持つ才能とオーラによるものだろう。
しかし、一番右側にいるジオクエイクだけは返事をしなく、妙に落ち着きなく周りを見回している。
「どうした一号。長兄であるお前がその様子では、弟たちに示しが付かんのではないか?」
「グルルル……」
スゴルドの言葉に一号と呼ばれたジオクエイクは謝罪するように喉を鳴らすが、それでも彼は落ち着くことがなかった。
イストも城に向かっていた足を止めてその様子を見ていた。
あれだけ統率の取れていたジオクエイクたちであるのに、その第一号だけがおかしなそぶりを見せている。スゴルドほどの男が自分の夢を叶えるために作り上げ、訓練したドラゴンたちだ。それのリーダー格らしい第一号が落ち着きなくそわそわしているというのはただごとではない。彼だけ、何かを感じているのだ。
たとえば、先ほどの地震が何か邪悪なものによるものだと、直感で理解したのではないだろうか。その邪悪なものとは、先ほど三人で心配した不安要素であることに違いない。
イストが先ほどの冷や汗と同じものをかき始めたとき、再び地面が揺れた。しかも今度は、雷鳴のような音まで辺り一帯にこだまする。
イストはスイナの元へ走り、彼女の安全を確保しながらスゴルドの様子を見ていた。
「ぬぅぅぅぅっ!! なんだこの三千世界の重箱の隅を突くような轟音はぁっ!!」
いつもの調子で仰々しく情景説明をしているが、その顔には全く余裕がなくなっていた。
さらにイストはジオクエイク一号を見る。彼の弟たちがスゴルド同様に余裕のない雰囲気を醸し出している中、彼だけは真っ直ぐ一点だけを見つめていた。もちろんイストはそんな彼の視線の先を追った。
視線の先にあるのは城だった。もちろん、スゴルドが政治の舞台として活躍するだろうラヌイジオの王城だ。灰色の石を積み重ねた、美しくはないが重厚で堅牢そうな武人好みの城だ。大きさも周辺国と比較にならないほどに巨大。
しかし、その巨大な城に影が落ちた。
やがてその影は城を通り越してイストたちにまで到達した。
イストだけはその影の主を見ていたのだが、ようやくスイナとスゴルドも影を認識し、ゆっくりとした動作で影の主に目を向ける。
「う……そ……?」
「……なんなのだ、アレは!?」
城よりも背丈のある、ゲオデルエンシスをモデルとした黒い外殻のドラゴンが地面から生えてきたのだった。
そんなバケモノが口を――
――開く。
連載再開……時間が掛かりました。