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~前話のあらすじ~
流石にタダノィルに関する出来事には王も王妃も引いた。特に王がネチネチと嫌みったらしく話をしてくる。イストは戦争が起きれば財政難でレバンジオがなくなると脅し、スイナと共にラヌイジオへ釈明に行くようにし向けた。
レバンジオからラヌイジオに行くには、ソムルカに乗った場合は約1日かかる。イストとスイナがソムルカに乗っている間に、彼らが知らぬところで起こった出来事について話をしよう。
たとえば、タダノィルに置き去りにされたクラオジルスの話などはどうだろうか。
彼は今、森の中を走っていた。
何かに追われているのではない。その表情は明るく、楽しそう。
「待てよー♪」
「私を捕まえてくださいまし~♪」
彼は追われているのではなく追っていた。
瞳に星空が内蔵されていると言われているヒメコ・ナイヴ・タダノィルを追いかけていた。
声だけを聞くのであれば逢瀬を楽しむ男女が追い駆けっこをしていると誰もが思うだろう。だが、その他の音を聞くのであれば首をかしげてしまうだろう。
二人を取り巻くのは、ダンッ、や、ドシッ、という地面や木々をを力強く蹴り付ける音であり、それによってもたらされる高速移動による風を切る音だった。
「待て待てー♪」
「嫌ですぅ~♪」
考えても見て欲しい。あの精霊憑きであるイスト相手にしか本気になれなかったクラオジルスが顔を輝かせているのだ。己の才を幾分なく発揮してヒメコを追っているからこそ、彼はとても良い表情になれるのである。
つまり、ヒメコもまた、イストやクラオジルス同様に人の域を超えた存在であると言うことだ。
ヒメコは大樹を見つけるとその幹を真っ直ぐに駆け上がっていく。枝に移ればその先端向けて駆け出すが、今の彼女の重みでは枝が曲がることはない。
彼女は先端の新芽を蹴り、空に舞い上がる。
「ほ~ら、私は空も飛んじゃいますよぉ~♪」
「ボクだって飛べるさー。キミが行くところならば、どこまでもついて行けるよ」
彼女は浮かれているのだろう。自分をこれほどまで追いかけてくれる男がいると言うことに。
「……ッポ」
「ハハハッ!」
人の域を超えた者たち。イストもそれであり、クラオジルスもそれだ。両者とも常人にはない不思議な感性を持っている。前者はマゾでスカトロ趣味であるというのに国を持ちたいなどと支配欲も見せつけてくる。後者は怠惰で快楽主義者であるというのに苦しみが待つ強者との邂逅を求めている。
では、また新たに物語に登場した人の域を超えた者であるヒメコはどうなのだろうか。
頼るべき母を幼い内になくし、父親が外からの血筋だと言うことで親族は非協力的で、周辺国は敵国のみ。人に理解されないほどの才を持って生まれてしまった彼女は何を望むか。
イストのように他人から教えられた夢を自分の夢と思い込み、それに向かって邁進するのがよいのか。それとも、クラオジルスのようにすべてを諦めたかのように受け入れ、刹那的な快楽を欲するのがよいのか。
彼女が外聞通りの絵に描いたような美しいお姫様であれば、イストやクラオジルスのような生き方も良いだろう。しかし、いつ滅ぼされてもおかしくない小国の姫の心が、国内にも味方がいない姫の心が、いつまでも美しいままであるはずもない。
空を舞うヒメコは遠くを見つめる。その視線の先には、森が切り開かれた小高い丘があった。
「何を見ているんだい、ヒメコ」
「……クラオジルス様」
二人は見つめ合う。その視線には熱が含まれていた。
どちらかとも知れずに二人の手はつながれ、身体が引き寄せられ、空という身を縛るものが存在しない場所で互いの身を縛る。
ヒメコの心は汚れてしまった。だが、汚れきったと誰が言えようか。幼いときに失った母の姿が記憶の中で美しいままであるように、その美しい母が残した言葉も美しいままに残っている。
「クラオジルス様は私の白馬の王子様なの~」
「フフッ……ボクには馬に乗る趣味はないんだけどね」
「もぉ、そんなこと言わずに私の話をお聞きになって。
お母様が言っていましたの……」
ヒメコと同じような立場にあった彼女の母。その短い一生の中で出会えた愛する夫。その出会いのすばらしさを娘に伝えないはずがない。あの親バカとなったサンナクの優しさが妻に向いていなかったはずがない。だから母は娘に言葉を託した。
「『綺麗なお姫様には白馬の王子様が迎えに来てくれるのよ』って」
「……ヒメコ」
「どう? 私は綺麗?」
「ああ、もちろんさ」
「ウフフ……だったら貴方は私の白馬の王子様なの~♪」
少女のように純粋な心もある。
そう、そんな心もある。
だが、汚れてしまった心もある。
「クラオジルス様、そろそろ地面におりますわよ~」
「そうだね」
二人が降り立ったのは先ほどの丘。森の中だというのに、そこだけ木が一本もない人の手が加えられている場所。
クラオジルスはそれに気付いて尋ねてみる。
「この丘はなんなんだい?」
「先祖代々のお墓ですぅ~」
「じゃあ、ボクのことをご先祖様に紹介してくれるってことかな?」
「それもありますがぁ、それより大事な用事がありましてぇ~」
そう言うとヒメコはクラオジルスの腕をグイグイと引っ張りながら丘を降りていく。
そして右手を、竜核をはめたブレスレットのある右腕を高く持ち上げる。すると、ゴゴゴ、という岩が擦れ合うような音を立てながら地面の一部に入り口が出現していく。クラオジルスはその技術が今の魔導学よりも数段進んでいるものだと瞬時に感じ取った。
「クラオジルス様は、周りを敵国に囲まれている私を救いたいとお思いになったから、タダノィルに来てくださったのですよね?」
「え?」
クラオジルスは聞き直した。予想をしていなかった言葉であったことと、墓場の入り口動作音によって余計に聞き取りづらくなっていたのが、ヒメコはそれが気に入らなかったようで目に力を入れてもう一度聞いてくる。
「クラオジルス様は、私を救うために来てくださった白馬の王子様なのですよね?」
彼女の目には先ほどのような純粋さはなく、その目に浮かび上がる輝きは、先ほどのような星空の輝きと言うより、闇夜に浮かぶ鬼火の群れのようだった。だからクラオジルスはバカ王子の仮面を被って応える。
「はっはっはっ……ヒメコの味方をするために来たに決まっているじゃないか」
「もちろん知っていま~す。だからこそここに招待したのですから」
クラオジルスは恐るべき才を持って生まれた人間である。それ故にほかの人間の本質を見抜き出すことも得意だ。だからわかる、この目の前にいる少女は幼い頃の純粋さを残しながらも心を汚してしまった可哀想な人なのだと。そして、その人が自分を心の底から求めているのだと。
これほどまでに自分の力を求め、自分の存在を認めてくれる人はいなかった。いや、つい先ほどイストが同じようにしてくれたか。自分たちは王になり、互いの国を競い合わせる関係になると。
そのときの熱をもう一度感じられるのではないかと思うと、彼はヒメコの手を強く握りしめた。
「……クラオジルス様」
「行こう、ヒメコ。キミの望むところならどこまでもついていくよ」
クラオジルスの真っ直ぐな瞳がヒメコの心を揺れ動かし、彼女の目にはまた星空の輝きが戻ってきた。
「はい、わかりました」
一歩、墓に足を踏み入れると、クラオジルスの身にさらに予想外のことが起きた。床が勝手に動き出して徐々に地中深くに沈んでいったのだ。ぼんやりと光を放つ壁がなければ恐怖でどうにかなってしまうような動きだった。
彼はあまりの驚きのため、一体どれほど高度に進んだ魔導学技術によって作られた墓なのだろうかと考えるしかできなかった。しかし本当ならば、これがただの墓であるという考えが間違いだと疑うべきだったのだ。
「ではご案内します。我らタダノィルに伝わる守護巨神〝暗黒地竜ガルルア・ランメイス〟像まで~♪」
「……へ?」
でもやはり、どこかが汚れていた。
「目指せ、邪神復活! 私たちのラブラブピースフルパワーで!」
「いや、邪神はピースじゃないよ」
「世界に私と貴方で治める国がある……それが平和の真の姿なのですぅ」
今風の表現で言うところの「ハイライトのない瞳」ではなく、その瞳には狂気はなかった。あまりにも純粋に、そう思いこんでいるだけだった。
「私のことを爪弾きにしたり、周りの国々が睨みをきかせてくることのない、私と貴方だけの国……」
幼さの残る顔が、ニコッ、と笑うことでさらに幼く見える。だからクラオジルスはついつい彼女の頭の上に手を置いてしまう。
「違うよ、ヒメコ」
「え……?」
「世界にボクとキミで治める国があると平和なんじゃない」
「な、なにを言い出すのですか、クラオジルス様!?」
急なことにヒメコの瞳は焦点が定まらなくなった。だが、すぐにそれも収まる。
「世界がボクとキミとで治められると平和になるんだ」
クラオジルスはヒメコを力の限り抱きしめる。ヒメコはそれに痛みを感じつつも、それすら快感と感じるほどに幸せのまっただ中にいた。
そんな幸せ時間が終わるのは、床が動くのをやめるとき。
クラオジルスは抱きしめるをのやめ、目の前の石の扉がゆっくりと開いていくのを見ていた。
「ここがガルルア・ランメイス像の間で~す♪」
上機嫌なヒメコがドアの向こうに足を踏み入れると、周りの壁が放っていた淡い光が、一斉に力強く輝きだした。
クラオジルスはそれに眩みながらも前に進む。やがて光になれた彼の目に飛び込んできたのは黒い岩だった。
岩の表面はツルリと綺麗に磨き上げられていたが、かなり湾曲しているので鏡のように人の顔を写すことはなかった。そんな曲がりくねった表面をした黒い岩は、巨大な柱のように頭上に向かって伸びていた。
この物体は何なのだと思いながら、クラオジルスは徐々に視線を上げていく。しかし、壁の光は上に行けば行くほど薄暗くなり、黒い岩によって形作られたものの全容を伺うことはできない。
わからないものを知りたければ、わかる人に聞けばよい。
クラオジルスはヒメコの肩を軽く叩き、声をかけた。
「ねぇ……この黒いのって何なのか説明してくれる?」
だが、返答はない。
「二系統の血を確認しました。起動が承認されました」
返答はないが、おかしな発言はあった。
「ヒメコ?」
「これより〝際害種〟〝地響きのクエジェド〟〝ガルルア・ランメイス〟の起動を行います。危ないので、黄色い線までお下がり下さい」
「黄色い線って……これ?」
とりあえず素直に従い、足下の黄色い線の後ろまで下がってみる。
「全照明が点灯します。健康のため、あまり上を見ないようにしてください」
「わ、わかった」
次の注文に返事をしたところで、バッ、という何かの切り替わる音と共にすべての壁が白く染めたかのように輝く。音に反応して思わず見てしまったクラオジルスは「うおっ、眩しっ」とか「目がー、目がー」と喚いている。
その所為で、先ほど見上げていた黒く光沢を放つ拗くれた柱が二つに割れたり、その断面から銀色に輝く円柱やワイヤー、歯車などが飛び出てきて、それらがガシャーン、ドッシーン、ギュリリリリリグオン、シュウィィィィン、ピカーン、ヒュウウウウダンとそれこそ男の子が好みそうな効果音を立てて格好良く変形したり組み上がったりして二足歩行の巨人になるところを見過ごした。しかも、変形合体後の咆哮するシーンも音声でのみお楽しみだったという。残念。
「す、すごい音が聞こえたけれど、なにが起こった――ってぇぇぇぇっ!? なにこの鉄の巨人!?」
「ガルルア・ランメイスの起動を無事に終了しました。この度は『愛と信頼の技術で未来へつなぐ、ギガンティック・アーティファクト社』の再起動プログラムをご利用いただき誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
ヒメコは営業スマイルを浮かべると膝から崩れるようにして床に倒れた。
「ちょ、ちょっと、ヒメコ!?」
「……うぅん」
クラオジルスが抱き起こすと、小さく呻きながら目をゆっくりと開けた。まるで目を覚ましたかのような行動。
「おはよぅございまふ~」
「寝てたの!?」
「はい~♪ 心地よい夢を見ていましたわ。クラオジルス様と一緒に暗黒地竜ガルルア・ランメイスに乗り、大陸のすべてを蹂躙している夢です~♪」
寝起きからして黒い。
しかし、クラオジルスはそれを彼女の個性として認め始めたのでなんてことなく、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべて、例の巨人を指さした。
「暗黒地竜というか、鉄の巨人ができちゃったよ」
ヒメコはクラオジルスに抱きかかえられながら徐々に覚醒し、彼の指さすものを見つめるとその星空のごとく輝く瞳をさらに輝かせた。
「きゃぁあああっ♪ 大成功ですぅ♪」
「え? これで成功なのかな?」
「もちろんはいです♪ 暗黒地竜ガルルア・ランメイスは絶滅してしまったゲオデルエンシスというザウルスがモデルの古代ドラゴンなんですよ~。すごいんですよ~、強いんですよ~、おっかないんですよ~」
クラオジルスは改めてそのガルルア・ランメイスを見上げる。黒い甲冑に身を固めた騎士のようで、それでいて人間とは違う胴と首の長い、上半身にウエイトのバランスが占めているような姿勢。それが一般的な兵器用ドラゴンのように10mぐらいしかなければ、今の彼のような感想は持たないだろう。
「これ、何と戦うために作られたんだ?」
足下から見上げているので首から上、つまり頭や顔が一切見えないのだが、軽く見積もっても150mはある巨体。人間の成人男性の身長を170cmだとすれば、約90倍の背丈。とすれば、体重は約8,000倍。
少なくとも人間を相手にするために作られたドラゴンではないだろう。だからといって攻城兵器としても巨大すぎるような気もするが……などと考えたが答えは出なかった。
その間に、ヒメコが自分への問いだと思ったのか律儀に応えてきた。
「愛し合う私とぉクラオジルス様の前途にぃ立ちふさがる障害と闘うためだと断言できますけど?」
律儀だが、非常に偏った答えである。
でもまあよい、クラオジルスはそう思うことにした。
先ほどヒメコに言った言葉を現実のものにしてあげることも可能だろうし、なにしろ自分がこれを持ち出したときに、イストがどんな対処法を見つけてくれるのかが楽しみだった。
「ようし……やる気が出てきたぞーっ!」
チートな最強装備を手に入れてからやる気を出すなど、スロースタートにもほどがあるだろが、これが本当の彼なのだ。
ガルルア・ランメイス。最初から二足歩行のドラゴンにするか迷いましたが、変形合体機構によって二足歩行ドラゴンとして起動することにしました。もちろん、その変形シーンが見れないというギャグのためだけに。もちろん、ヒメコのアナウンスもネタです。