4-2
~前話のあらすじ~
ふと気付いた。レバンジオの王と王妃は現在留守だった。それをしってチョーシこいだスイナは暴れていたが、その途中で王と王妃が帰ってきてしまった。詰んだ?
イストとスイナは謁見の間で、王妃であるリテヒから謁見とはほど遠い説教を受けていた。
ちなみに、王であるデギナサルスは自分の妻の恐ろしさに身を縮ませ、王座の後ろに隠れてしまっている。
落ち着いた物腰で王座と同等に豪奢な椅子に座っているリテヒ。彼女は年齢を40を越えたために顔に皺が増えてきていて、美しさにはかげりが見えてきたが、それでも品位は何も損なわれていなかった。彼女の凜とした、ある意味勇ましいと言っても良いほどの視線と姿勢は、彼女が人の上に立つ存在であることを見る者すべてに認識させていた。
そんな彼女が、薄い唇を動かして自分の娘の名を呼んだ。
「……スイナ」
「は、はいっ、お母様」
「何度も教えて差し上げているように同時精霊行使による攻撃は――」
リテヒは、スクッ、と椅子から立ち上がり、ゆっくりと二人に歩み寄る。二人は跪いているためにリテヒの様子を伺うことができなく、「はぁ……」と応えてみることにした。
それが正解か不正解か。
「もっと精度を上げてから使いなさい」
不思議な言葉を投げかけられたと感じたスイナは顔を上げ。そして顔を恐怖で引きつらせた。
「お、お母様!?」
「それができなければ威力の向上も望めないでしょうし、なにより制御の失敗の可能性も高くなります」
右手に炎、左手に冷風。同時精霊行使をしている王妃様にとって、答えの正否はあまり重要ではないご様子。「応え」でも同様だろう。
「母の教え、とくと受け入れなさい」
「ええぇぇぇぇっ!?」
この親あってのスイナであるようだ。
リテヒが両手を祈るように組み合わせると、スイナがやるよりも数段上の輝きが放たれる。精霊の強さも段違いだ。
「……神と悪魔」
力を込められた言葉が発せられると、さらに輝きが増す。
危険だ。そう判断したイストの行動は早かった。迫り来るリテヒの攻撃とスイナの間に身体を滑り込ませた。
眼前に迫る破壊の光。
それはイストの鼻を潰し、頬を砕き、歯を折り、頭蓋に衝撃を与えながら彼を吹き飛ばす。
生命を蹂躙する力に対して彼が取った行動はひとつ。
「ぱるぱれーぱっ!」
ギャグ時の被ダメ音声を発し、この攻撃自体をギャグ化することだった。ギャグであれば食らっても瞬時再生が可能。魂を刈られたとしても、「死ぬかと思いましたよ」の一言ですませることができる。
その場合は生きながら苦痛を感じるのだが、イストは極度の素晴らしいマゾなので、望むところである。
「……イストさん、見事な身代わりです」
「お褒めにあずかり光栄です、王妃」
リテヒはイストのことを、身体を張って主を守る騎士という意味で褒め称えた。
これにて場は一瞬だけ〝静〟の状態になる。
そんなときに出てくるのは王座の後ろに隠れていたデギナサルスであった。
少し垂れ目の、自信のない貧相な顔が特徴の彼だが、その特徴に王としての威厳が全くないのは悲しいことだ。しかし、その貧相な顔のおかげで、他国からも「苦労している王だなぁ」というイメージがあって、自国民より他国民に親しみを持たれていたりする。さすがは、「出て来なさ過ぎるのデギナサルス」とはよく言ったものだ。
「と、とにかく、クラオジルスの姿が見えないことを説明するがよい」
がんばって発言したのだが、恐ろしい妻が質問する。
「なぜクラオジルスがいないことにそれほど固執するのですか? また勝手に城を抜け出して街で遊んでいるかも知れないというのに」
「そ、それは……両親が帰ってくる日ぐらいは城に残り、出迎えてくれてもよいとは思わんのか?」
「あの子がそんな風ではないのはアナタもよくわかってるはずです。この傾いた国を背負わなければならない重圧を、あの子一人に押しつけようとするアナタの邪な思いが、あの子をああしてしまったのをお忘れですか?」
「国が傾いているのは私一人の所為ではないであろう!」
「立て直せないのは王であるアナタの責任だと思いますが?」
「貴族議会の連中が私の発案に対して反対するから改革が遅れているだけである!」
「クラオジルスのイタズラに緻密さを負けているアナタの発案など、誰も納得しません」
「だからこそあやつに王位を継いで欲しいという私の考えは間違いではなかろう?」
延々と愚痴を言い合う二人を、イストとスイナはピンポンの玉を目で追うようにして見つめていた。
さて、どうしようかとイストが思っていると、スイナが彼の腕を掴んで首を振った。
これは自分が言うから黙っておけと命令しているのだろう。イストは素直に従うことにしたが、どうやったら彼女をフォローできるか考えがまとまらない。デギナサルスはともかく、リテヒは厄介だ。また、先ほどと同じような対応では、説教の無限ループに陥ることになり、早めにラヌイジオに行きたいらしいスイナの願いを叶えることはできない。
考えるには考えたが結局答えが出ぬままスイナが口を開いた。
「実は……お兄様は……」
夫婦で愚痴を言い合っていた二人は、突然神妙な声で話しかけた娘に注目する。そして、語られていく中身によって顔を強張らせていく。
表情を引き締めるリテヒと違い、デギナサルスなどは顔面蒼白となり、手の爪を噛むどころか指をかじっている。いや、開いた顎をはめ直そうとしているのかもしれない。
「それなので、ワタクシと影武者はこれからラヌイジオへ向かい、今回の騒動についての釈明をしたいと思うのです」
そこまで言うとスイナは深々と跪いた。
「どうか、不在のお兄様に代わりましてワタクシと影武者を遣わすことに許可をいただきたいのです」
最初に返事をしたのはデギナサルス。
「そ、そうか! 謝罪に言ってくれるのだな!」
一拍の沈黙もない発言。それ故軽率、それ故稚拙。専制ではないものの一国の王であるという自覚の抜けた言葉であった。
「謝罪ではありません。釈明に行くのです」
だから、スイナは真っ向から立ち向かう。
「ワタクシはお兄様の行いをなかったことにすべき愚行だとは思っておりません。だから、ラヌイジオに誤解されないために釈明しにいくのです」
「だがな、スイナ……お前は知らないだろうが、タダノィルは呪われた国であるのだ」
「そのことはすでに聞いています」
「なればこそ、今回の騒動はなかったことにしなければならぬのだ。ラヌイジオと同盟関係にあるすべての隣国は、奴らと国交することなく月日を重ねることが望まれるのだ」
デギナサルスの言うことは間違っていない。
だが、ただそれだけ。間違っていないだけであり、自国をより良くしようとか、他国を助けようとかそう言う考えは一切ない。だから、貴族議会に王の器にあらずと烙印を押されているのだ。それを自覚しているのは一歩譲って自分の身の丈を知る人間として評価できるかも知れないが、身の丈を知っているが、それを活かしていないから結局は愚者である。
イストは二人が互いの考えを言い合っているのを聞きつつ、黙ったままのリテヒをチラリと見た。
彼女は口を噤んだままだった。自分は王妃であるものの、レバンジオでは結婚した女は政治に参加できない。彼女はそれを知っているから口を噤む。
だが、政治に口を挟むことはなくとも、異国に置き去りにされて人質のようになっている息子を思いやる言葉は言ってもよいはず。それでも黙っているには理由がある。
彼女は頭の良い人間である。貴族議会議長のテクタイトと真正面からやり合える数少ない貴族だ。そんな彼女ならば、テクタイトが掴んでいた情報を知っていてもおかしくない。たとえば、ラヌイジオの第一王位継承者であるスゴルドが戦争を起こしたがっていて、その最初の目標がタダノィルかもしれないという情報などである。それを今、自分が口にしたらどうなるだろうか。
リテヒは今、口を噤んだままイストの目を見つめていた。彼は小さく頷いた。
彼が口にするべきことはリテヒが持っている情報の代弁だけでな。デギナサルスが心の奥で考えている利得も代弁しなければならない。だからまずは、デギナサルスの心を自分に傾けるために、こう言うのが正しい。
「王よ、タダノィルと友好関係を築いていくのは、レバンジオが存続することにとって非常に重要なことです」
「……影武者イストよ、それはどういうことだ?」
デギナサルスは睨み付けるようにイストを見つめ返してきた。自分の息子よりも貴族議会に認められていたり、妻や娘が信用しているイストのことを色々と嫌っているので、そのような行為は仕方がない。
イストは何も感じていないよとふてぶてしく応答していく。
「ラヌイジオの第一王位継承者であられるスゴルド殿はその能力に見合った野心深い方で、彼が王位に就いた場合はすぐにでも戦争が起こると噂されています」
「そんなことは私も知っている。私も、というより、政治をしている人間ならば皆が知っている噂である」
「左様ですか。では、スゴルド殿は最初にどこと戦争したいと思っているのか、それも噂でお聞きになったことはございますか?」
「む……?」
デギナサルスは顔色を悪くした。感情がすぐに顔に出るのは、人の上に立つ者としては非常に不都合だなと、イストは思った。
「ああ、安心して結構です。レバンジオを攻め滅ぼそうとは思っていないようですから」
「う、うむ」
本当に読みやすい。古くから同盟関係にある国と戦争を起こすなど、いくらスゴルドが野心的であったとしてもやらないに決まっている。もちろん、最初にやらないと言うだけで、最終的にはやってくるだろうが。
「スゴルド殿はタダノィルを攻めたいらしいです」
「なっ! バカなっ!?」
「呪いがあるからこそ、それを自分の物として支配したいのでしょう。そもそも、ラヌイジオと同盟関係のない国はその多くが遠い国々です。まず手始めに襲うのは、できるだけ近い方が良いと思いませんか?」
「……では、レバンジオがその呪いを被らないために、タダノィルとの戦争を回避させようとするべきだというのか? 呪いの前にラヌイジオに攻め滅ぼされるとは考えなかったのか?」
食いついた。
呪いというよくわからぬものに心が捕らわれているとは、やはり愚者。
「王よ、レバンジオにとって今、最も恐れなければならないのは、呪いでもラヌイジオでもありません」
「なんだと?」
「財政難を恐れるべきです」
「……は?」
デギナサルスは少し呆けた表情になった。彼の隣にいるリテヒは満足そうに唇と目元をゆるめた。
「王子がタダノィルへ遊びに行けたように、レバンジオからタダノィルへの交通の便は非常によいのです。王族や貴族が交流を嫌っていたとしても、民衆はそれを理解せずに交流を持っているから仕方がないでしょう。王都同士が近い国同士なのですからね」
「そ、それが財政難とどのように関わるのだ?」
「それだけ交通の便が良ければ、タダノィルと戦争状態になった場合、レバンジオは前線基地となるのは明白」
「……あっ!」
流石の愚者も気付いたようだが、ここで相手に言葉を待つ必要はない。
「兵力を戦地に送れるならば問題はありませんが、兵力に乏しい我が国にラヌイジオが求めるものは、金と労働力です」
「うぅむ……」
「タダノィルとの戦争は一日で終わるでしょうが、準備期間やその後に行われるであろう他国との戦争を考えれば、相当の負担を強いられることになります。王の進めようとしている改革が頓挫してしまっている以上、戦費を国家予算からひねり出すのは容易ではなく、レバンジオは傾いてしまいます」
顔を俯かせて頭を抱えるデギナサルス。愚者に相応しい姿。
「それが私の考える未来。レバンジオを滅ぼすのはタダノィルの呪いでもなく、ラヌイジオに攻められることでもない。ただの、財政難による国の崩壊です」
こうしてイストとスイナはラヌイジオへ釈明に向かうことになった。
ふと気付いた。この小説はギャグ小説なのではなく、肝心なところでギャグになる小説なのだ。