3-6
~前話のあらすじ~
城に着いた途端にやる気がガス欠したクラオジルス。イストはそんなクラオジルスに対して、ヒメコのおっぱいが大きいことを説明してやる気を取り戻させた。テンションハイになった二人はものすごい速度で城を駆け回ったが、ものすごい速度のスイナの拳の前に破れた。
イストにクラオジルスを捕らえに行かせたのはスイナである。イストはその命令を忠実に遂行し、対象物を無事に怪我もなく連れてきた。それなのに、命令をした主は彼を精霊行使した巨大拳で殴り飛ばした。
それはなぜか。
答えは簡単。殴るのが好きだからである。
大した意味はない。
ただ、イストを殴るのが好きだから殴っただけなのだ。
そんなホクホク顔のスイナが二人を案内している。侍女もなく、兵士の姿もない。どうやらスイナはサンナクから信頼されたようだ。
「ここよ」
「……謁見の間ではないのですね?」
「ええ」
「我が妹よ、では、ここは何なのかな?」
スイナは二人に小さく笑うと、返答せずにドアを開けた。部屋を見れば答えがわかると言いたいのだろうか。
ドアの向こうは、大きく重そうな木のテーブルが置かれた厳かな部屋だった。
「会議室よ」
部屋には4人の人間がいた。この城の主であるサンナク。その娘であるヒメコ。二人を守る兵士が一人。そして、見たことのない美少年が一人。
「僕に任せてください。戦争に巻き込まれないよう、交渉を進めていきます!」
どうやら王を説得しているらしいその少年は、かなりの童顔のようだった。顎はあまり長くなく、どちらかと言えば丸顔で、目も大きくてくりくりとして可愛らしい。頭髪はサラサラとしたストレートで、長さは耳に掛かるぐらいのいわゆる坊ちゃん刈り。服装はなかなか上質な生地を使っているもののようだが、なんとなく今時の流行と比べるとゆったりとし過ぎたデザインに思われる。
「サンナク王、ただいま戻りましたわ」
「やっと来てくれたんだねー。ワシ、超感激!」
スイナの言葉でようやくこちらの存在に気付いたサンナクであったが、相変わらずウザ怖い。
「思ったよりも早かったね。待ちくたびれたよ」
サンナクと対称的な顔をしている例の美少年も声をかけてきた。どうやらイストたちを待っていたようだ。
「イストくんも無事にクラオジルスを連れてきてくれたことだし、話を進めようじゃないか」
キラキラと目を輝かせる美少年だが、話を振られている二人は頭の上にハテナマークを浮かび上がらせてしまっている。なぜ自分の名前を知っているのだろうとか、なぜフランクに話しかけてくるのだろうかと不思議がっているのだ。
思い切って、イストは聞くことにした。
「失礼ですが、貴方はどこのどなたでしょうか?」
すると美少年は驚いた顔をして、だが、すぐに笑顔になって答えた。
「いったい何を言っているのさ。キミ達の幼なじみ、チャシリス・ギータ・ポッチャーじゃないか」
「「ウソつけぇっ!」」
同じ顔をした二人が同時にツッコミを入れる。しかし、チャシリスを名乗った美少年は首をかしげ、首を巡らしながら自分の身体を確認した。
「スイナに絞られてちょっと痩せたかも知れないけれど、そんなに変わってないと思うんだけどなぁ」
仮にこの美少年をチャシリスとしてみよう。そもそも1時間足らずで痩せることはそうそうないし、本人はちょっとしか痩せていないと言うが、痩せ方も尋常ではない。
だから、確認のために名前を呼んでみることにした。
「キミは本当にポッチャリし過ぎのチャリシスなのか?」
「違うよ! チャシリスだよっ!」
「おおぉっ」
「いつものツッコミが返ってきましたよ、王子」
「本人で間違いないようだね」
見事な確認方法だった。
「相変わらず二人とも僕の名前をワザと間違って……そんなことをして楽しいの?」
しかしながら、いつもと違うのはチャシリスが目に涙を浮かべていることだった。いや、これまでも涙を浮かべていたのかも知れないが、その顔面の多くを支配する肉によって涙が見えなかったのだろう。でも、デブが泣くのと美少年が泣くのは威力が違う。
とりあえず二人は間違ったことを詫び、会議のテーブルに着くことにした。
ちなみに、どうやってチャシリスがあそこまで痩せたのか、そのスイナの絞り方は怖くて聞けなかった二人であった。
会議は順調に進んでいく。
やはり対外交渉の機会の少ないタダノィルは交渉能力が低く、チャシリスのような真正面から情を持って話をする姿に好感しか抱かなかったようだ。そのため、イストもタダノィルの不利益にならないような配慮を考えながら、今後も国交正常化に向けて協議を続けていこうと呼びかけることにした。
「ラヌイジオとも、我々レバンジオ王国を仲介役にして交渉をすると良いでしょう。現在の王であるエゼンケド殿は徳の高い方です。タダノィルが豊かな国へ変わっていくことを応援してくれるでしょう」
そうやってイストが締めくくると、サンナクは突然大きな声を出した。
「ワシ、超感動したもんねー♪」
テーブルの向かいにいるサンナクは下を向くことなく、肩を振るわせながら涙を流していた。言葉は相変わらずキモいほど軽いが、その表情は心の底からの感動を表していた。
「サンナク王……まだ完全に話が決まったわけではありません。我らは良くともラヌイジオはまだどうとも言えないのが現状でして……」
イストは軽く微笑みながら説明をするが、サンナクは椅子から立ち上がって近づいてきて、彼の両手を握って上下に振り回した。
「だいじょぶだいじょぶ! 王子殿みたいなのが側いてくれれば、ワシ、超安心!」
「いえ、私は――」
イストは言いかけて止めた。
最初に謁見の間に案内されたとき、彼はクラオジルスになりきって交渉するようにスイナに命令され、その決心をした。その直後にソムルカが城門に衝突してしまい、本物のクラオジルスを連れてこなくてはならなくなったが、最初の命令が失効したわけではない。やる気を得たのか怪しいクラオジルスに任せるよりも、自分がこのままウソを突き通して話をまとめた方がよいのではないか。
「うん? どうかしたのか、王子殿?」
「いえ、なんでもありません」
こうやって相手が取り違えていてくれれば安心だ。
「そうかそうか、だいじょぶか。じゃあ、そんな疲れてしまうほどにがんばってくれた王子にはプレゼントをやろう。どうだ、ワシって太っ腹?」
「ありがたき幸せ」
サンナクからの申し出に恭しく頭を下げながら、チラリとスイナを見ると頷き返された。そのまま素直に受け取れと言うことだ。
「して、なにをいただけるのでしょうか?」
「ワシの宝物だよー♪」
そう言うとサンナクはイストの手を放し、自分のもといた席に直行。隣に座って笑顔を振りまいていたヒメコを脇に抱えて来て、イストの目の前に付きだした。
「ヒメコちゃんをお嫁さんにあげるよーん♪」
「ええっ!? ちょっ!?」
イストは狼狽して周りの顔を見る。もちろん、全員が彼と同じ表情をしているはずなのだが、一人だけ違った。
「そんな急に言われても……」
と言いつつ、ヒメコは頬を赤らめて、いやんいやん、と首を振っている。
「そうですよね、ヒメコ姫!」
「――了解としか言えませんわ、私の白馬の王子様……ッポ」
「おいぃぃぃぃっ!」
イストは別にヒメコに好かれるのを拒否しているのではない。大きなおっぱいは大好きだ。
だが、それ以降が問題になる。自分は今、クラオジルスの替え玉として交渉をしている。つまり、今の自分が返事をしたことは、クラオジルスが返事をしたことになり、サンナク王からの申し入れを受けると言うことは、クラオジルスがヒメコと婚約すると言うことになり、つまりは……
「影武者ぁぁぁぁっ!」
スイナが色々な理由で怒るのである。
とりあえず、なんだか色々と失敗したっぽい。
スイナも大声を出して少しスッキリしたようで、ハッとして周りをきょろきょろ見回し始めた。そして、謝る。
「……コホン。
申し訳ありません、サンナク王。貴方が今話している相手は、我が兄の影武者でございます」
突然の告白に、タダノィルのたった二人の王族は目を点にしてイストとクラオジルスを交互に見比べた。
しばらくそれを続けた後、サンナクが気の抜けた声で感想を言ってくる。
「この目がキリリッとした理知的な好青年が影武者で――」
ヒメコがクラオジルスに微笑みかけながら明るい声で感想を言ってくる。
「――この死んだ魚の目をしているのが、本物の王子様なのですわね」
二人の感想にスイナは青筋を浮かべつつ、できるだけ笑顔で返事をした。
「……はい、不本意ながら、兄は死んだ魚の目をした方です」
「はっはっはっ……そんなに褒めるな、我が妹よ」
「別に褒めてはいませんわ。……ハァ」
久々のバカ王子の仮面である。
「それで、えっとぉ……このキリッとした目つきのカッコイイ方が影武者さん?」
「キリリッ!」
「口で言うなぁぁっ!」
「こすもっ!」
久々のバカなM男である。こちらは仮面でなく本性だ。
サンナクはそのやりとりを見ながら何かを考えつつ「ふむぅー」とむくれた。ヒメコは心配そうに寄り添う。
「どうされましたか、お父様?」
「ちょっと残念だなーってね」
「そうですわね」
「気に入ったとはいえ、偽物は良くないと思うんだよね、ワシは」
「そうですわよね、偽物はやっぱり良くありませんわ」
と言いつつ、二人の視線はイストでもクラオジルスでもなかった。二人の視線の先にはスイナが。
「な、なんでワタクシを見るのですかっ!」
「いやー」
「だってぇ~」
正確には、スイナの全身ではなく、頭でもなく、顔でもなく、首でもなく、その下にある胸を見ていた。
「しかも、なぜ胸を見るのですかっ!」
「「揺れ方が怪しいだも~ん」」
「なるほど、偽チチだったのですねっ! キリリッ!」
「即復活してガン見するな影武者ぁぁぁぁっ!!」
「ぺがさすっ!」
「影武者殿っ!?」
「影武者さんっ!?」
「復活です。キリリッ!」
「「おおーっ!」」
「死にたいようね……天国と――」
「ちょっ……姫」
「――地獄っ!」
「ふぁんたじっ!」
騒ぐ四人と遠くから見守る二人。
二人とはもちろんクラオジルスとチャシリスであり、二人とも冷や汗をダラダラとかいていた。
「はっはっはっ……」
「なにこのカオス、こわい」
で、このあと結局、ヒメコはクラオジルスを気に入ってしまい、婚約はないとしても仲良くなりたいと言ってきて、それらの結果を報告するためにイスト、スイナ、チャリシスの三人は一度帰国するのだった。
だが、彼らは理解していなかった。
ヒメコがどうして残念な王子を選んだのか、その真意を何も理解していなかったのだった。
ふぅ・・・第三章終了。
また、少し更新を休みます。
チャシリスが痩せちゃったとか、大したことじゃありません。もう、出番ないですから。