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~前話のあらすじ~
イストとスイナがサンナク王とヒメコ姫と謁見しているとき、突然に大きな揺れが城を襲ってきた。その正体に予想が付いている二人は、素早く行動を開始した。
城から飛び出たところで轟音の正体を見た。
「城門が破壊されている……」
イストとスイナが城を走っている途中で一緒になった城の兵士が、惨状を見て呆然と呟いていた。
先ほどくぐった城門が単なる瓦礫の山になっていた。まだ土煙が巻き上がっているのですべての被害状況がわかるわけではないが、うめき声が聞こえることから怪我人がいるのは確実だ。最悪、死者もいるだろう。
イストは、チッ、と舌を鳴らす。
この状況ではラヌイジオとの関係悪化以前に、タダノィルと戦争状態になってしまうのではと考えた。つまり、この状況を作ったのは自国であるレバンジオであるということだ。
城門とは戦争の時に城を守るための防御装置であり、それを短時間に破壊できるのは攻城兵器と呼ばれる大きくて動きが雑な兵器だ。かつては多くの人間が丸太を担いで突っ込んだり、投石機で石を命中させたりしていたのだが、現在、その多くはドラゴンに取って代わられている。
ここまで言えばわかるだろう。この惨状を作ったのは、クラオジルスとチャシリスが乗ってきた移動用ドラゴンのソムルカだということだ。おおかた、操縦を失敗して暴走し、とてもよい加速をした状態で城門に激突してしまったのだろうが、やってしまったことは奇襲攻撃でしかない。
「まったく……お兄様はなにをしているのかしら!」
スイナにもことの重大さが理解できたようで、珍しく兄に対して悪態をついていた。
徐々に晴れていく土煙。その向こうに見覚えのあるドラゴンが横たわっていた。紡錘形の胴体には人が乗るためのキャビンが付いており、長い首と長い尾を持ち、大木のような太い足が四本生えている。それがソムルカと呼ばれる、ブラキア属をモデルにしたドラゴンだ。
「レェェェッ!」
不意に横から大きな鳴き声が聞こえた。振り向いたスイナは安心したように微笑む。
「ヤラオ! お前は無事だったのね!」
「エゥ!」
城に入るときに別れていた愛馬ならぬ愛ザウルスのヤラオとの感動の対面だ。しかし、イストはその様子をチラリと一瞥するだけでソムルカへ近づいていった。
彼は考える。スイナはクラオジルスやチャシリスが操縦ミスしたことによる暴走だと、ごく普通の考えをした。だから、クラオジルスを責めるような言葉を発した。だが、イストはそうではないと考える。
そもそも、ドラゴンというものは兵器であるが、同時にザウルスの竜核を素材にして作り上げた人工生命でもある。そのためにザウルス同様に意志を持ち合わせている。
今でこそ騎士とは貴族の階級でしかないが、かつては、馬を所有し、それを戦いの時にも乗りこなせるほどの技能を持っている優秀な兵士のことを尊敬の念を込めて〝騎士〟と呼んだ。同様に、今ではドラゴンを操る熟練した技能を持つ兵士たちを〝竜使い〟と呼んでいる。尊敬されるほどに技術を必要とするのだ。
だから、ソムルカの暴走はよくあることなのか?
その答えは、否。
ソムルカは貴族が安全安心に乗れるように開発されたドラゴンである。戦争用のドラゴンと違ってはっきりとした自我を持ち合わせていない分、あまり技量がなくとも制御できるようになっている。
では、なぜこのソムルカは暴走してしまったのか。
イストは横倒しになっているソムルカに登り、キャビンを覗き込み、ドラゴンの主を呼ぶ。
「チャシリス様ぁーっ!」
だが、返事はない。イストは首をかしげ、右手の親指と人差し指で作った直角を自分の顎に当て、「ん!? 間違ったかな?」と小さく呟いた。
そして大きく息を吸い、気を取り直してもう一度呼んでみる。
「チャリシス様ぁーっ!」
「僕はチャシリスだぁーっ!」
なにやら丸い木人形が、自分の名前を叫びながらキャビンから飛び出てきた。
「元気そうで何よりです」
「今、僕の名前を間違ったでしょ!?」
相変わらずいつものツッコミである。そろそろみんなが飽きていることを自覚して欲しい。
「わざとです。本名より悪口の方が大きなリアクションが帰ってくると判断しました。間違いなどしませんよ。俺は天才だ!」
「それに僕のどこが元気なの!?」
よく見てみると、木人形はいつもより赤かった。いつもは赤いところと言えば頬ぐらいしかないのだが、今はそれを含めて表面積の9割ほどが赤い。戦隊モノのリーダーにでもなりたいのだろうか。
「死んでいなければ、すべてが元気だと思います」
「それはキミの基準だろ! 普通は出血が多ければ元気じゃないんだよ!」
少なくともチャシリスも元気である。やはり血ではなくてペンキなのだろう。どうしてもリーダーになりたいようだ。
「それじゃあ、『うらわば』とか言ってさっさと逝けばいいじゃないですか」
「それはキミが言うべき台詞だろっ! ……って、少しずつクラオジルスに似てきているね、イストくん」
「お褒めにあずかり光栄です」
騒いでギャグしたところで、二人とも落ち着いたようである。チャシリスも身体の赤い部分が少し減ったように思える。全身の2割は普通の色に戻ってきた。あと3分もすれば元通りになるに違いない。食い気に走るなら赤より黄色が似合うし。
チャシリスが元気を取り戻したことにイストは安堵したが、大事なことを確認するので表情を引き締め直した。
「このソムルカの暴走は王子によるもので間違いないですね?」
「う……そのとおりだよ」
イストが辿り着いた答えを、チャシリスは正解だと言ってくれた。
制御しやすいドラゴンを暴走させるには、ワザと暴走させればいいだけだ。制御しやすいのだから、暴走状態にすることも、それなりに技術をもった人間ならば可能だ。そういう人間とは、たとえば精霊使いのように竜核に影響を与えられるような特殊能力者だったりする。
「では、もう一つお聞きします」
「僕に答えられることならば何でも聞いてよ」
「王子は暴走させた後にソムルカから脱出した。間違いないですね?」
「そのとおりだよ。街道沿いにあった綺麗な湖のところで精霊行使したあと、すぐにキャビンの窓から飛び立ったかと思うと、急にソムルカが暴れたんだ」
「では、以上のことを姫に伝えてきます」
「ええっ? スイナも来ているの!?」
こちらから伝えた情報でチャシリスがおびえているが、イストはキャビンから離れた。そのまま横倒しになっているソムルカや瓦礫の山を降りていき、ヤラオを撫でているスイナの元へ戻った。
「報告します」
「なにが原因だったの?」
「王子が精霊行使したことにより、意図的に暴走させたようです」
「チャシリスが言っていたのね。でも、それって信用できる?」
「はい、十分に。そのようなことがない限り、あのソムルカが暴走するなんてないと、私は予想していました」
イストは報告を終えたところでスイナの表情を探ろうとすると、目が合ってしまった。彼女は少し疲れた様子でため息をつくと、小さく笑ってこう言った。
「影武者。お前がお兄様を捕まえてきて」
チャシリス登場。またもやポッチャリしすぎのチャリシス発言がでました。でも、そんな彼も、登場回数は残すところあと一回だけという。
むぅ……ペースが維持できない。