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~全話のあらすじ~
侍女長のアハナが派手に登場して、貴族のモリャックが地味に登場して、クラオジルスとチャシリスがタダノィルへ向かっていることを知った二人。その展開にそれぞれ怒る部分があるようで、なんだか吠えながら終わりました。
「あっ!」
クラオジルスを追うための準備をしていると、スイナが素っ頓狂な声を上げた。
「どうかなさいましたか、姫?」
「お兄様の部屋を捜索していないわ」
「もう、その必要はありませんからね」
イストはなんだそんなことかと思って軽く返事をしたが、スイナには重要なことだったようだ。彼女がクラオジルスの部屋を捜索しようと決心したことに由来する。
「必要はまだある! 恥ずかしいポエムを探さないと!」
「いや、それはたまたま見つかるかも知れないと言うことで……」
「黙れ、影武者。ワタクシはお兄様のそのようなものを見たことがない。二人きりの兄妹であるというのに、なぜワタクシがお兄様のポエムを詠むことができないのだろうか。いいや、読むことが当然なのよ!」
誰に向かっていっているのだろうか、このお姫様は。
「と言うわけでお兄様の部屋へ行くわよ」
「はぁ……私はいっこうに構いませんが……」
「そうよね!」
「ですが、王子はヒメコ姫とニャンニャンし始めるかも知れませんよ?」
「さっ、城の外に出る準備を続けるわよ、影武者」
搦め手は未だに有効である。
「御意。では、アハナ殿」
「はいはい。姫様、こちらをお召しになって下さい」
「わかった。では、影武者は騎乗用のザウルスを用意しておくように」
「はっ!」
礼儀正しく挨拶した後、彼はザウルスの飼育小屋へと直行するのだった。
なぜドラゴンではなくザウルスを使用するのかというと、ドラゴンというものは一応は物資を陸送するための道具だという認識があるのだが、どちらかというと兵器としての認識が強い。そんなものを国交のない国に向けて動かしてしまっては――
なに? イストはスイナの着替えを覗かなくていいのかと……その辺は心配いらない。彼はすでに布石を打っている。覗きをして機嫌を損ねられ、いつものご褒美をもらえなくなるのは精神的にきついので、ご褒美とまでは行かずとも怒りを込めた鉄拳をもらい安くするための布石を打ったのだ。
――話はドラゴンに戻る。
できるだけ穏和に事を運びたい場合はザウルスで移動する。これはこの大陸においては常識的なことであった。だが、チャシリスはなにを考えたのか騎乗性能に特化した〝ソムルカ〟というドラゴンを持ち出してしまった。イストの予想では王子が持ち出せと言ったのだろうが、かなり危険なことだった。
彼はこれからのことを考える。
今後の展開で一番良いのは、クラオジルスたちがタダノィルに到着する前に合流し、彼らを説得することだ。説得が無理ならば力ずくで連れ戻さなくてはならないのが難点である。例の自警団を動かせればことはすんなりと進むのだが、テクタイトが絡んでいる以上はそれをスムーズに運用できる可能性は低い。
次に望まれる展開は、クラオジルスたちと合流してそのままタダノィルに到着することだ。さきほどモリャックが持ってきたチャシリスの置き手紙によれば、チャシリスが国交回復したいと願い、自分だけでは相手を説得できないと思い、クラオジルスを巻き込んだらしい。それならば、タダノィルに到着してある程度交渉を進めた段階でクラオジルスを自国に戻せばいい。スイナが意図するのはこの展開である。
あまり良くない展開は、とりあえずラヌイジオとの同盟関係が崩れなければいいということだ。そのためには、クラオジルスがタダノィルのヒメコ姫と婚約でも何でもしていい。テクタイトはそれを望んでいる節があるので、これに落ち着く可能性が高い。それに、チャシリスがどうやってクラオジルスをそそのかしたのかも、たぶんヒメコ姫をダシにしたものだと予想される。そしてきっと、クラオジルスもこの展開を望むだろう。
最悪でも第3の展開にしなくてはならない。第4の展開はラヌイジオとの同盟破棄であり、レバンジオの歴史に幕を下ろすことに直結する。
それら3つの展開にもっていくことに重要な要素は、クラオジルスたちと合流し、交渉の場に同席することだ。バカ王子を演じているクラオジルスはまだしも、真っ直ぐすぎるチャシリスに交渉役は重すぎる。ブラコンであるスイナの存在はどうでもいいが、イストは絶対にいなくてはならない。
「……交渉相手はバカではないのだからな」
イストは引き締まった表情のまま呟く。
今、彼の手によって轢かれてきたザウルスは、スイナが可愛がっているヤラオと名付けられたザウルスである。2.5mほどの体高と、4mを僅かに越える全長を持つ騎乗用ではかなり立派な体格のザウルスである。
ちなみに、頭部に生えた1対の角が特徴のゾヘル目に分類される陸生ザウルスであり、その中でも穏和な性格をしているオクシス科で、乗り心地は悪くても抜群の足の速さを誇るレウテロープ属である。動物学者に言わせれば、首から上はインパラで、肩から下はレイヨウの緑色の鱗肌の生物だと評するだろう。そんな見た目は食性にも現れ、ウシやウマ同様に草を食べていれば世話をしなくて良いので財布にも優しい。
イストはヤラオを連れてきながら、クラオジルスのミドルネームを与えられながら、彼の望みを阻害するために使われるとは皮肉なことだと考えていた。
「お前はなにを望む?」
「レェェ」
聞いて後悔する。
「そうだな。姫が望むように事が運ぶことを望むに決まってるよな」
「エゥ!」
彼はヤラオが寄せてきた顔を、がしがし、と思いっきり撫でてやる。気持ちよかったのか、今度は全身を寄せてくるので後退しながらまた撫でてやった。
「あら、仲が良いのね」
「姫、準備ができたのですね」
イストはスイナの声が聞こえたのでそちらに振り返った。顔にはとても良い笑顔。艶やかで、頬が赤くなって、まるで殴られたときと同じような表情だった。
そう、彼は自分が置いた布石の効果が現れていると思ったのだった。だが……
「なんですか……その格好は!」
「変よね、スリットが入って足を露出するロングスカートなんか」
どうやら、布石というのは、アハナにマンダリンガウン、つまりはチャイニーズなドレスを渡していたことらしい。だが、望む展開にはならなかったようで、顔色は一気にクールダウン。
「変なのはその点ではなくて……」
「だから、下にズボンを穿いたのよ」
台無しである。
「それがおかしいのです! そもそもスリットが入っていたのは騎乗時の――」
イストも悔しいようでマンダリンガウンの由来から教えていこうとしたとき、彼の動きは止まった。
「そもそも、乗馬用のズボンを穿けばいいということじゃなくて?」
スイナが右手で左側のスリットを持ち、右側へ引っ張ったのだ。
もちろんスカートの下にズボンは穿いていたのだが、それは乗馬用のものであり、足にぴったりと張り付くようなものである。なので、普段は見ることができないスイナの太ももの形と、それより上の部分のおおよそのシルエットまで見えたのである。
肌の白いスイナが白い乗馬用ズボンを穿いたのだ。破壊力はいかほどのものか想像してみるといい。イストが口を噤んだ理由がよくわかるだろう。
そして彼はサムズアップ。
「姫、早く出発しましょう」
「もちろんよ。それじゃあ、ワタクシは後ろに乗るから、影武者がヤラオの手綱を取ること。いいわね?」
後ろにスイナが乗るということは、前のイストの腰に手を回すということである。そして、乗り心地が悪いけど速度がよく出るヤラオなのだから、振り落とされまいと腰に回した手に力が入り……
「はいっ! よろこんでっ!」
どこぞの居酒屋で聞くかけ声のような返事をするイストは、満面の笑みで先にヤラオの背に乗った。そして地面で待つスイナに手をさしのべる。
だが、そこにスイナはいなかった。
「それじゃあ、ヤラオ、頼むわよ」
「エウッ!」
風の精霊行使で浮き上がり、軽々と乗ったらしい。
「ほら、影武者、早くなさい」
手をぶらぶらとさせていたイストは、渋々とヤラオを操り始めた。まあ、腰に手を回してもらって胸が当たってくればそれでいいやとか思っているに違いない。
「さて、影武者」
「なんでしょうか、姫」
腰に手が回されたことを確認してからヤラオを走らせる。最初はスローペースでいく。
「ワタクシの望みは憎きチャシリスが操るドラゴンに追いつき、彼の者の毒牙からお兄様を救い出すことよ」
「心得ています」
なぜ今更そんなことを確認しているのだろうかと思いつつも、イストは素直に返事をしていた。
「いい? 追いつかなければいけないのよ」
「もちろんです」
不意に腰に回された手が強くしまっていく。ヤラオはまだ速度を上げていないというのになぜ。イストは少し混乱しながらも、ヤラオを操らなくてはならないので、後ろを振り返ることができないでいた。
しばらくすると、スイナがぼそりと小さく呟いた。
「追いつけなかったらどうしよう……」
その声はいつもの上から目線のものではなく、小さくか弱い、まるで普通の少女のものだった。
イストはその声を聞いて、心のどこかが疼いた。踏みつけられそうで踏みつけられなかったときに感じる、あのもどかしさのような。それでいて、冗談を言ってからかいすぎたときに感じる、あの罪悪感のような。また、忠義を尽くしたことによって褒められたときの高揚感のような。
Mであり、自分より年下の人間と関わりがなかった彼ならではの困惑だ。
普通の人は、彼が今感じている感覚をこう呼ぶ。
庇護欲、と。
「大丈夫です、姫」
「え?」
だが、彼がそれに対応できないと言うことではない。彼は天才なのである。
「誰がソムルカよりヤラオを遅いと決めたのです」
彼の瞳は真っ直ぐ前を見ている。
「貴族の移動用ドラゴンのソムルカは、乗り心地と防御力重視で設計されたものです」
「……うん」
「それにモデルとなったザウルスはジャグリア目ブラキア科ブラキア属。それほど速くはありません」
「……うん」
集中力が高まっている時の表情だ。彼がクラオジルスと瓜二つでありながら、親しい人ならば誰も間違うことのない理由。それは、彼とクラオジルスでは目が違うのだ。
「対するヤラオが属するレウテロープ属は、地上移動では最速を誇るザウルスです。必ず――」
真っ直ぐ前を見つめる澄んだ目。
それが、本物と影武者を見分ける特徴。
「――追いつきますっ!」
彼の言葉に満足したスイナは、彼の背に顔を埋めた。その表情がどんなだったか、知る人はいない。
とりあえず、第2章終わりました。
現在時刻は4/27の23:03。
なんとか毎日更新できました。
ふぅ・・・明後日の更新は無理でしょうねぇ