2-4
~前書き~
このままだとバカ王子がタダノィルのお姫様(巨乳美少女)とニャンニャンしちゃうと言ってみたら、スイナがそれを阻止しようとがんばってくれることになりました。
イストとスイナは勉強部屋から出てきて歩き出した。
「まずは――」
「――情報収集ね」
息がぴったりである。
イストがスイナの歩幅に合わせているので、歩みも同じく、右、左、右とリズミカルにシンクロしている。
「タダノィルに到着して王子がいないという事態になると、私たちの自爆にもなりかねないので、一度王子の部屋から証拠になりそうなものを探し出しましょう」
「お兄様の部屋に勝手に侵入するというの!?」
1シーンで2回も殴られた幸せなイストは、かなり冷静に事態に当たろうとしたのだが、スイナは彼を睨み付ける。
「そんなことが許されると思うのか、お前は!」
「で、ですが、今は緊急事態ですし……」
「だからと言って……!」
とうわけで、イストは搦め手を使う。
「ふむ……冷静に考えたら、たしかにそうですね」
「ええ、わかってくれた?」
「王子のプライベートを暴こうなど、私はどうかしていたようです」
「うんうん!」
「王子の恥ずかしいポエムとか見つけてしまったら、色々と問題ですからね」
「え……お兄様の秘密ポエム!?」
「それに、脱ぎっぱなしの服とかが散乱しているところを見てしまい、それを他人に話してしまった日には、王子の名誉を傷つけますし」
「え……お兄様の着用済み恥ずかしい下着!?」
イストは、ちらりとスイナの表情を見る。そこには顔を赤くして鼻息を荒くしているブラコンがいた。ブラコン姫とかそういう次元でなく、もう、正真正銘に「ブラコン」という表現がちょうどいいぐらいの表情だった。
「そのようなわけで、とりあえず侍女たちから王子の今日のスケジュールを聞いておこうと――」
「そんなことしている暇はないわ!」
搦め手、なんとも簡単に決まった。
「はい?」
「今は非常時よ。お兄様もわかってくれるわ」
「では、王子の部屋へ?」
「ええ、もちろん! お兄様の各種恥ずかしいものをコンプリートしなくては!」
SのスイナがMのイストにとてもよく操縦されている。
本来ならば、社会的地位においても性格の面でもスイナが操縦するのが妥当なのだが、このイストという男、残念な設定が多いが、本当は天才なのである。よく見知っている人物を自分の都合の良い方向へ動かすことなど容易だったりする。
……まあ、今のところはあまり使用していないようだが。
「ウオォォッ!」
ちなみに、今回もあまり意味がなかったようだ。
「この声は――」
「――もしや、情報を持ってくるやもしれません」
二人の後方から巨大な足跡が響いてくる。
足運びからすると人間同様の二足歩行生物。だが、重量は明らかに人の域を超えている。騎士の所有する戦馬よりもさらに重く、肉牛が走る地響きに近いが、それにしては固い床を叩く蹄の音がしない。では、熊か。いや、そもそも馬も牛も熊も四足歩行。二足歩行で巨体を有する生物といえば、人知の範囲では数種類しかいない。
二人は振り返る。廊下の端から迫ってくるその巨体。色は黒。
それが、迫ってきている。
それのシルエットは、魔導学者に言わせれば、ザウルス界陸竜綱ゾヘル目ショマシラ科ゴルゴング属。ザウルスには固有体が多い為に種名が存在しないので、「これだ」と示すことができない。だから、生物学者に言わせてみるといい。彼らはきっと、霊長類を真似たザウルスだと評するだろう。
つまり――
「そう、まさにゴリラ! むしろ、キングコング!」
「だれがゴリラかぁっ!」
その黒い巨体の生き物は、図太い声で叫びながらモップを振るってきた。目標はイスト。彼は黒い巨大生物が声を発したことに驚き、回避行動にためらいを生じた。
廊下に響く打音。
モップはイストに完全に直撃。
「ふぇいれいっ!」
彼は床に打ち据えられ……というか、そういう緊張状態のシーンではなかったりする。被ダメ音声もおかしいし。
「影武者……声に出すとは愚かな」
「……姫様もイストと同じようなこと思っていたりしますか?」
「そ、そんなことあるわけないじゃない、アハナ」
「ですよねー♪」
引きつって冷や汗を垂らすスイナと、彼女の足下で久々に流血ダウンしているイストの側に立っているのは侍女長のアハナだった。先ほどの咆哮のような声は、スイナを見つけた歓喜の声だったと本人の弁。クラオジルスにそそのかされて城から一緒に出て行ってしまったのだと思ったのだとか。
「ワタクシがお兄様と? そのようなことあるわけ……なるほど、そう言う手があったのね」
「「オイィッ!」」
どうやら妹は兄の所為でボケ方面の能力に開眼したようだ。
「おや、回復が早いのねぇ」
アハナは自分の横に断ってツッコミを入れていたイストを訝しげな視線で見る。
「それはアハナ殿が手を抜いてくれたからだと思いますよ」
「あらやだ、気付いていた? オホホホ……」
対して、イストは歯が輝くのではないかと思うほどのとても良い笑顔で返答する。もちろん、彼がM男だから可能なことである。ゴ(本人の意志により規制)ラと見間違えるほどのアハナに殴られても、それはそれで気持ちいいらしい。
ちなみにアハナは単なる侍女長、つまりは平民であり、イストは騎士、つまりは貴族である。それにもかかわらず彼女は彼にため口で、彼は彼女に敬語だ。もっとも彼女は、イタズラして回る王子をとっつかまえ、頭をその大きな手で包むようにして軽く2~3回シェイクして気絶させるほどの人間である。そのような蛮行が許されているのだから、騎士であるイストに対する行為は、なにを今更だ。
スイナはツッコミから自分を取り戻して立て直していた。それがようやく終わり、アハナに話しかける。
「それで、アハナ侍女長」
「はい、姫様?」
「お兄様が城から外に出ているというのは事実なのかしら?」
「はい。状況から見ればそうとしか考えられませんねぇ」
「行き先に関しては……お前は知らないのでしょう?」
「もちろんです。知っていたなら姫様に教えます」
二人の会話を聞きながら、イストは新たな足音が近づいてくるのを感じた。
「今度は……普通の人間サイズのようだ」
「アタシはバケモノサイズかいっ!」
アハナから軽いツッコミを受けつつ、イストはその人物の顔を見て驚いた。
「姫ぇー! イストくーん!」
「モリャック様!?」
中肉中背で、艶やかな茶色の髪とひげを伸ばした中年男性。顔つきは穏やかとは言えないが、かといって野心的だったりいやらしいわけでもない。その服装は貴族としては非常に平均的な質の布地と装飾。髪やひげが長いこと以外は特徴的でない貴族、それがモリャック・カリュー・ポッチャー、つまりはチャシリスの父親であった。
「何かあったのか?」
駆け寄ってきて息を切らせているモリャックに、スイナは王族として威厳のある話し方で対応した。
「はぁ……はぁ……実は、息子の机の上にこんなものが……」
彼がそう言って差し出してきたのは一枚の便箋。彼女はそれを受け取り、素早く目を通す。徐々に便箋を持つ手に力が込められていき、端に皺が寄っていった。
そろそろ読み終えてもいい頃だろうと誰もが思ったのだが、彼女は肩をプルプルと震わせて俯いていた。
「……姫?」
心配したイストは便箋を彼女の後ろから覗き込むようにして読み始める。
そして出てくる単語。「タダノィル王国」。「国交を回復」。そして、「クラオジルス王子と一緒」。
さらに読み進めようとしたその瞬間、彼女から風の精霊行使による暴風が吹き荒れて後ろに飛ばされる。なんとか無事に着地した彼は、彼女が禍々しく歯を見せて笑い、同時に怒りに目を釣り上げる姿を見た。
周りに吹き荒れる暴風は、火の精霊行使による力も含んで熱風となる。すでにその空気は精霊の力によって怪しげな色を持つようになり、赤いつむじ風のようになっていた。
「クックックッ……わかったわよ、影武者」
「姫ッ!?」
彼女は彼に振り向いた。怒りをその身に受けることを喜ぶ彼でさえ驚くのだから、今の彼女が普通でないことがよくわかる。
明らかに怒っている。誰の目から見ても怒っている。
「敵はチャシリスかぁぁぁぁっ!」
敵と見なされた人物の父親が「ちょっ!」とか言っているが気にしない。次の瞬間に熱風で吹き飛ばしたからだ。このぐらいの犠牲はよくあることだと自己完結しているので、なにも気にしない。
そんな彼女からの熱風によって、イストの足下に便箋が飛んできた。
「なるほど……」
すべて読み終えたところで、彼は便箋を握りつぶした。
「これが貴方のやり方なのですか」
彼は、スイナとは別の類の怒りを覚えていた。
「テクタイト議長……!」
あれ? テクタイトが悪役っぽい?
もともと、「胃が痛くて可哀想」という人物設定から名前を取った「テクタイト・イガ・イソー」ですが、なんだかシリアス要素含んだら悪役っぽくなってきたw