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なぐられて影武者  作者: 十五郎
第2章 いつもと違う日
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2-2

~前話のあらすじ~

貴族院議長であるテクタイトは、イストを王子の替え玉として育て上げ、自分がそれを裏から糸を引こうと考えていた。徐々にその野望に飲み込まれながらも、イストは自らの夢とスイナの笑顔を守るために、必死に抗おうと決意するのだった。

※若干、美化しています。

 王城に備わっている図書室。その一角でクラオジルスは物憂げな表情で本を眺めていた。

 本のタイトルは『悪魔に愛されすぎた姫』。醜い悪魔に見初められた姫を、勇敢な王子が助け出すという子供向けの童話だ。物語のパターンとして救出に成功するハッピーエンドタイプと、救出に失敗して王子も姫も殺されてしまうバッドエンドの2種類がある。

 一般的に原典は後者だとされているが、今クラオジルスが眺めているのは前者、つまり、王子と姫が結婚してハッピーエンドを迎えるという、本当に子供向けの方だった。


「はぁ……」


 そんな童話を見るほどに暇している、と言うわけではないようだ。

 いや、違うか。

 クラオジルスは自分が生まれたこの国に辟易としていた。将来自分が王となって修めるであろうこの国を、面倒な存在だと思っていた。

 彼は王子の身分であるが、自分のことはこの童話の中で言えば姫だと思っている。

 かつてレバンジオを支えた歴史ある貴族が今では道楽に走っていたり、その所為で父親がいつもせっぱ詰まった表情で自分に八つ当たりしてきたり、遊びほうけていられるほど国の財政は豊かでなかったり、同盟国の王子は戦争はじめようと息巻いていたり、幼なじみの貴族は太っていて暑苦しいかったり、朝ご飯のパンはやけに固かったり、湿気が多いので髪型がいまいちおかしかったり、今日は大嫌いな歴史の授業が多かったり、そう言った悪魔のような存在によって城に押し込められているのが自分であると思っている。


「この前は楽しかったなぁ……」


 本を閉じて回想に耽る。

 たまの気晴らしとして城の外に逃げだした。〝メイドさん〟なるものにハマっているという道楽貴族の家に遊びに行ってみた。妹とそれに従う自分の影武者が追いかけてきた。久々に影武者が本気になっていたので自分も本気になった。鬼ごっこをやった。たい焼きがおいしかった。追いかけてきた二人にいたずらをしたら、やりすぎてしまったようで影武者が怒った。そしておかしな投網によって捕まってしまった。

 回想から現実に戻ってくる。

 妹が悲しい顔をしたのはやりすぎたかも知れないが、ああいった全力で相手をしてくれる相手がいることは非常に嬉しい。自分の周りにいるのは上から高圧的に押さえつけてくる奴か、媚びへつらってくる奴ばかりだから、ああやって真正面から向き合ってくれるのはとても貴重で、やはり楽しかった。


「また、やりたいなぁ……」


 だが、そうそう何度も繰り返すわけにはいかない。自分は王族であり、あまり気は乗らないが、将来はこの国の象徴として政治を行っていかなければならない。この国には自分が城から逃げだしたことに対して寛容な平民が多く、自分のことを一人の人間として受け入れてくれている。そのような民たちを困惑させるような王にはなりたくない。


「はぁ……」


 ということはやはり自分は囚われの姫なのだろうと思う。童話『悪魔に愛されすぎた姫』のバッドエンドのような状態にしてはいけなく、自分は城にとどまるべきである。

 だから、ため息。

 暇が理由でなく、諦めが理由のため息。

 童話の本を棚に戻し、代わりに周辺国の情報をまとめた資料を持ってくる。

 同盟国であるラヌイジオのスゴルド王子が戦争をやりたがっているとは前述した。クラオジルスはスゴルドの考えを理解できなかったが、仮にも同盟国であるラヌイジオと歩を違うことはあってはならないと理解している。

 ラヌイジオは大国であるにもかかわらずに、遙か昔に血縁関係であったという理由だけで、レバンジオのような小国と同盟を結んでくれているのだ。レバンジオの領土など、ラヌイジオの自治単位〝県〟のひとつと同じぐらいでしかなく、いつでも攻め滅ぼせるというのにだ。

 では、そんなラヌイジオのスゴルド王子がどこを攻めたがっているか。クラオジルスはそれを予想しようとしていた。しかし、ひとつの例外を除いて、残念なことにレバンジオの周辺国はラヌイジオの同盟国であった。もちろん例外とは、呪われた国タダノィル。

 遠くへの戦争は国の財政に負担をかけるので、クラオジルスとしては遠慮して欲しい。まさかスゴルドもそのように考えているとは思えないが、できればタダノィルが近くていい。しかし、タダノィルは呪われている。

 そもそも、呪いと呼ばれた多重災害は未だに起こりえるのだろうか。もしや、スゴルドはその解決方法を手に入れていて、タダノィルを本気で攻めようとでも思っているのだろうか。

 色々と考えを巡らせながら、彼はタダノィルを紹介しているページを開く。


「現国王サンナク・シテ・タダノィルが治める専制君主制の王国か。今時珍しいね」


 レバンジオも、今の話の中心となっているラヌイジオも貴族議会制である。ただ、ラヌイジオは王族が治める領地が巨大過ぎるので、王族に権力が集中している。

 もし、王族をないがしろにした政治を行うと王族の領民から不満が出て、王族はそれを解消するために貴族と戦争する可能性がある。レバンジオの王族同様に優秀な精霊使いの血族であるラヌイジオの王族と戦って勝てる自信はない。勝てない戦争はしない方がよいので、貴族は王族に権限を集中させている。自分の領民から不満が出ても王族の所為にすればいいし。

 クラオジルスはページをめくっていく。

 流石にこんな公表されている資料には呪いについて何も書かれていない。だが、それが関わっているかも知れない記述は見つけた。


「そうか。王妃は先代王妃同様に若くして死亡しているのか」


 そのため、王族の血を守るのも大変なようだ。現国王の子供は一人しかいない。しかも、女。また、王族に名を連ねる人物たちもほとんどが短命のようで、現国王は先代国王の娘と結婚した他国の王族らしい。


「いやぁ。本当に呪いみたいで怖いね」


 彼は資料を閉じた。

 飽きたわけではない。ドタドタと大きな音を立てて近づいてくる人物がいるから、一度資料から目を離すだけだ。自分が貸し切っているはずの図書室に入り込んでくるのだから、なにか急な話があるのだろう。

 しかも、この大きく重そうな足音はよく知っている。

 とりあえずはバカ王子の仮面を被ってから音の方に振り向く。


「クラオジルスぅー!」


 丸い顔と丸い腹をした童顔の男が現れた。


「はっはっはっ……やぁ、チャリシス」


「僕の名前はチャシリス……って、もしかしてイストくん!?」


 幼なじみの名前を軽く間違ってやると、それに対して面白く反応してくれる。


「はっはっはっ……いや、ボクは本物だよ、チャシリス」


「だから僕の名前は……いい、もういい。キミたちは兄弟揃って酷いな」


「はっはっはっ……スイナはいい子だからね。兄であるボクの真似をしたいのだろう」


「元凶はキミなの!?」


「はっはっはっ……今更気付くなんて、やっぱりデブはトロいね」


「デブじゃくて、ポッチャリ系だってばよっ!」


「はっはっはっ……自己催眠とはやるね」


「『我、最強なり』でも『我が一撃は無敵なり』でもなんでもいいよ! そんなことより――」


「はっはっはっ……とりあえず、話を聞いてあげようかな」


「……釈然としないけど、うん、よろしく」


 いじられることになれているらしいチャシリスは、何事もなかったかのように頼み事をしてきた。

 いや、むしろ先ほどよりも熱意が感じられる瞳でクラオジルスを見つめている。

 ゴクリという、唾を呑む音。

 ニチャという、口を開く音。

 そして、発声。


「僕と一緒にこの国から出て欲しい」


「はっはっはっ……えっ!?」


 突然の告白に困惑するクラオジルスの頭の中では、「ガチホモ乙」という謎の言葉がこだましていた。



一般的には変態要素である「ホモ」がここで出てきた。

……いや、ただの誤解だとすぐに和解するのですが。

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