3
玄関前には、赤いSUV車が私たちを待ってた。車の傍には、昨夜血まみれの彼をお姫様抱っこした担架役の人。高良亮平と名乗ったその人が車をだしてくれるらしい。
高良さんは私の顔を見るなり頭を下げた。
「昨日はうちのが迷惑をかけてすまなかった。
こちらとしては君があれを保護してくれてとても助かったんだ。
あのままだとあれの命の保証はなかったから。本当にありがとう」
高良さんの対応に困って龍与さんをみると、龍与さんも困ったように笑った。
「見知った顔の方があなたも安心すると思って運転手役に任命したけれど逆効果だったみたいね。ほら高良、運転手は運転してちょうだい」
高良さんが運転席に乗り込むと龍与さんは当然のように助手席に乗った。私たちもおとなしく後部座席に乗り込む。
龍与さんは慣れた様子で高良さんにサングラスを差し出し、高良さんも普通に受け取る。二人の間に流れる空気感は間違いなく長く一緒にいる男女のもので。
私は答え合わせをするように優美子さんを見ると、優美子さんがうふふと笑った。その笑顔に納得して、心から優美子さんがついてきてくれてよかったと思った。
三十分ほど車を走らせると私の暮らしているアパートに着く。アパートの前には大手清掃会社の作業着を着た人たちが私たちの到着を待っていた。
目が合った人に会釈をすると、その人はゆっくりと近づいてくる。
そういえば私の部屋は今、殺人事件があったと言われても納得するくらい血まみれだ。龍与さんが手配してくれた業者だから大丈夫だとは思うけど、通報されないかしら。
作業着のその人は私に名刺を差し出した。大手清掃会社主任とある。
「本日の清掃責任者を承りました五十嵐と申します」
五十嵐さんは私の顔色を見て、爽やかに笑った。
「小春日様より部屋の惨状は伺っております。我々清掃会社もそういうことには慣れておりますのでご心配なく」
なるほど。特殊清掃とかあるし、血吹雪や血まみれは慣れていると。
なんかやだな。
「ちなみにアパートの管理会社の方にも連絡しておりますのでご心配なく。小春日様の所と不動産関係は切っても切れませんからね」
「あら、うちは切っても良いけどね」
「きつい冗談はやめてください」
龍与さんと五十嵐さんの軽口の応酬に、なるほど?と思う。
清掃会社も、不動産関係も龍与さんの会社と切っても切れない関係があるらしい。
表には出ない、裏の話。
龍与さんがこほんと咳払いした。
「さて五十嵐くん。この子は一般のお嬢さんなんだからあまり話しすぎないで仕事に取り掛かってちょうだい」
龍与さんの言葉に五十嵐さんが首を傾げる。
「え、あの部屋の住人なんでしょう?」
「ええ。でもウチの仕事とは関わりのない一般のお嬢さんよ」
「あの部屋の住人なのに?」
あの、私はどんな部屋に住んでいるんでしょうか。
龍与さんに預けていた鍵を受け取って玄関に差し込む。
あれ?
「鍵、開いてましたけど」
開錠するつもりが施錠してしまった。
「ええ、そうですね」
ニコニコと微笑むだけの五十嵐さん。私を待つ必要あった?鍵が開いていたなら入れたはず。嫌だけど。
「開錠はできたんですが玄関が開かなかったんですよ」
どうゆうこと?開かないわけないじゃん。
「昨日から不思議なことばかりでしょう?これもその不思議の一つよ」
龍与さんに耳打ちされた。
…まあいいか。納得いかないけど、知らない人が知らないうちに部屋に入るよりはいい。
私は玄関扉を開けた。
むわりと生臭い匂いが部屋に充満している。最悪だ。
「えっと、もう入れるのでお願いいたします」
「はい、作業員も入ってもよろしいですか」
もちろん良いですよ。っていうか入らなければお掃除できないでしょう。
ただ、変な気持ちを持ってる人がいたら嫌だな。まあプロだからそんな人はいないだろうけど。
「ああ、匂いがひどいですね。こちらをどうぞ。掃除に入る前に、貴重品をお手元に、触られたくないもの、開けられたくないものにこちらで封印を」
とマスクとテープを渡された。
うん、下着とか入ったチェストとかはノータッチでお願いします。
マスクをすると匂いが幾分か気にならなくなった。
内扉を開けると、五十嵐さんがウケた。
「これはひどいですね!殺人現場も真っ青ですよ。ああ、ラグはだめですね。がんばれば落ちますけどどうしますか」
「いえ、捨ててください」
即答する。改めてみるとラグは悲惨な状態だった。綺麗になってもなんかやだ。
「うわー壁にも飛び散ってる。凶器は鈍器ですか?派手ですね」
鈍器では殴ってませんが、素手で頭をたたきました。龍与さんが。
貴重品を鞄に入れて、さらに着替えを大きめの鞄に詰め込む。
少なくとも今日明日はお世話になるから着替えは必要だしね。
しかし、すごい匂い。スーツとかに匂いが付いたら嫌だな。てか、部屋中の布製品取っ払って洗いたいな。
「ああ、クローゼットに収納されているスーツ類や匂い移りが心配なものはこちらでクリーニングしてもよろしいですか?」
「ありがとうございます!助かります」
見透かしたようにクリーニングの提案をしてくれた五十嵐さんが神様に見えた。
チェストをテープで封印して部屋を出る。新鮮な空気が美味しい。
入れ替わるように私の部屋に作業員が入っていく。匂いが近所迷惑になるのを危惧してだろうか、あの臭い部屋なのに窓を開けていない。
一緒に出てきた五十嵐さんに、お願いします、と鍵を預けたところで、部屋の中から男性の悲鳴が聞こえた。ああ、あの部屋の惨状だもんね、そりゃ叫んじゃうわ。
五十嵐さんの顔が笑顔で固定された。うるさくするのは御法度か。ご近所さんの迷惑になるからね。
「お騒がせして申し訳ありません。では、確かに承りました。完了は明日、引き渡しは明後日でお願いします、何かありましたら、小春日様へ連絡を仕上げます」
随分かかるなあ、と思う。顔に出てしまったらしく、五十嵐さんが苦笑した。
「血の汚れですから。落ちづらいし、壁紙はクリーニングで落ちなければ取り替えになります。それに不衛生でしょう?汚れが残って蟲などが沸いてもいけないので、明日消毒液と防虫剤の散布を行います。薬剤が落ち着くのを待って引き渡しとなるので、お時間をいただくんですよ」
なるほど、そうだよね。虫が沸いたら私では処理できない。
五十嵐さんが、礼をして部屋へ入っていく。早足に見えるのはなんでかな。素早い人だな。
一緒に五十嵐さんを見送った龍与さんは、私を振り返って車へ戻りましょうかと言った。
連休初日のショッピングモールは混雑していた。
人混みが苦手らしい優美子さんを気遣って、視線を投げるが、彼女はウキウキと楽しそうにしていた。
「ショッピング久しぶり!まずは家具店よね。私、あのお店って入ったことないの。龍与さんとのお買い物はお高い場所ばかりだから」
「いいものをみる目を養わなきゃ、安物買いの銭失いになるでしょ」
「でも安くてもいいものもあるでしょ!」
「そういうのを見極めるのにいいものをみるんでしょう」
と、二人は親子喧嘩のような会話をしながら歩く。高良さんが、そんな二人を微笑ましげに見つめていた。お父さんか。
優美子さんはさすがに人目を引いた。すれ違ったカップルの男性が優美子さんを見て「うわ、かわいい」と呟き、隣の女性をどんびかせている。なるほど?
龍与さんが高良さんと並ぶ。自然と私と優美子さんが並んで歩く。
あれ可愛い、あの服可愛いなどはしゃいでいてふと気がつくと龍与さんたちの姿が見えない。あれ、はぐれた?と優美子さんをみると、彼女は大丈夫、と言った。
「悪いな、目立ちたくないんだ。たっさん、目立つからな」
とても近くで声をかけられて肩がはねる。今まで全然見えなかったのに、すぐ近くに高良さんと龍与さんがいた。
「ちょっと高良、その子は一般のお嬢さんなんだからあまり驚かせないでくれる?
「ああ、そういえばそうだな。あの部屋を作った堅気のお嬢さんだった。こっち側の匂いがするから忘れそうになるな」
こっち側の匂いとは。
あの部屋とは。
なんとなく面白くない。
「いいなあ。認識阻害の方法、何回聞いても私習得できないのよね」
優美子さんのぼやきが聞こえる。うん、私にはわからない話だ。わからないったらわからない。私はそっち側の匂いはしないんだ。…変なもの見えたら怖いじゃないか。
家具店に着くと、優美子さんは雑貨の方へ流れた。私はラグを見繕う。あ、あのラグ可愛い。オレンジ色のやつ。でも、あの色だと、カーテンとかベッドカバーとかとは色があわないなあ、なんて悩んでいると、龍与さんが
「あら、このラグ?それなら、カーテンはこれ、ベッドカバーはこれ…かしら合っている?」
と悩んでいた商品のカードを取った。
「ええ?あの、カーテンとかは汚れていなくて!」
「わからないわよ。血がついてるかもしれないし、布製品は匂いが移りやすいからね、買い換えた方がいいわよ。座椅子と、ああ、ローテーブルにもついてるかもしれないわね」
「座椅子に、ロー…うちの家具全部買い替える気ですか」
「いいわよ。言ったじゃない。お礼にお詫びだって。大体これ全部買ったって当初の予算より安いんだもの。あ、ちょっと優美子、あなたの分は買ってあげないわよ」
わかってますよ、と手にいっぱい発注カードを持った優美子さんが、つん、と横を向いた。
家具店での買い物を終えて帰ろうとすると、優美子さんが、もう少しお店をみたいという。
「それなら、お嬢さん付き合ってやってくれ。俺とたっさんは荷物を一旦置いてくるわ」
「部屋へ運んでくれるなら、私も行った方がいいですよね」
「大丈夫よ、一旦、寮に運ぶだけだから。というか、大半が優美子の荷物だしね」
なんのために高良を連れてきたと思っているの、と龍与さんが微笑む。
「運転手兼荷運び役で連れてきてるんだから、仕事をさせてあげて?」
高良さんも苦笑しつつうなづき、人通りをみている優美子さんをみた。
「優美子に付き合ってくれた方が助かる。いつもはたっさんと買い物にいくんだけど、たっさんはせっかちだからな。ゆっくり買い物を楽しませてあげてくれ」
「聞こえてるわよ。悪かったわねせっかちで」
と龍与さんがペシリと高良さんの二の腕を叩いた。
龍与さんと高良さんが荷物満載のカートを押して進む。たいして遠くなっていないのに、目立つ二人の姿が、ふっと消えた。もう、見つけることはできなかった。
「さて、買いましょう!高良さんから軍資金もいただいております。龍与さんからは、この、ブラックカード!」
と優美子さんが、キラーン、とクレジットカードを見せる。危ないなあ、早く仕舞いなよ。
「あのね、あの匂いで服がダメになっていたら困るから、何通りか服を買いなさいって。あなたに服を買わせることに成功したら、私も買ってもいいって。だから、遠慮せずに買って?」
「…ありがたいけれど、優美子さん結構現金ね?」
「現金っていうか、使えるものは使うだけよ?」
人によっては好き嫌いが分かれるだろうが、私はこういう感じも好きだ。確かに使えるものは使わないと。
優美子さんとは服の趣味も似通っていて、欲しいと思う服屋の趣味も一致していたので、すごく楽しく買い物ができた。通勤にも使えるワンピースとブラウス、スカートも買ってもらう。
ワンピースは優美子さんと色違いのおそろだ。
ついでに買っちゃえと唆されて靴も買ってしまった。
双子コーデだ。
一緒に着る機会があったら格差に泣くであろう、危険なものだ。
ちなみに予算の出所は高良さんからの軍資金だ。
ありがたく全額使い切った。やり切った。




