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思し召し  作者: 紀野 須
2/11

1ー2 第四課

拾った男の子が勤める会社の、その時のお話

時は少しだけ遡る。


山間の温泉街跡地に造られた建物が龍与や高良が勤める法人だった。敷地内には社員寮と関連施設があり、山間に不釣り合いな四角いビルが暗闇に浮かんでいた。


建物の内部、第四課のプレートがある部屋の中は緊迫していた。


FEー5エリアへ調査へ行った三人が戻ってこない。


最近、立て続けに起きているFEー5での小さな事件や事故の原因を調べるため、第四課三係の二名と一係一名が調査に向かったのは夕暮れが近い時間。


予定では安全を考えて、1時間ほどで戻る予定だったが、すでに帰社時間を大きく過ぎている。


FEー5での事件事故は夕方の時間に多く発生している。一件一件は大したことのない事件だ。


自転車に乗っていて前をよくみていなかった。

高層階から物を落としてしまった。

なんとなくムラムラして触ってしまった。

むしゃくしゃしてやった。


ほんの少しの不注意や出来心が起こした事件が多発しているのだ。


小さな悪意や不注意を増幅させるものがいるかもしれない。


ソレを放っておくと大きな事件が起こったり、最悪人が死ぬ。


FEー5は繁華街だ。酔客も多く、しかもモノの中には酒好きも多い。集まりやすい。


集まったモノが作用して大きな事件事故を引き起こす。そうなる前に原因を突き止めて、原因を消すのが仕事だ。


今回はその事前調査だった。出来心や不注意に作用しているモノがいるかいないかを探るだけの予備調査。


調査員は三係の安代係長と伊調田主事一係から瀬越主事の三名。事案が小規模なことからナニカが関わっていても三名で十分対応できる。危険度は低いはずだった。


事務所では、第四課長の久万里が苛立ちを隠そうともせずにFEー5の防犯カメラにアクセスしていた。


危険度は低いはずなのに、三名は帰還予定時間を大幅にすぎても帰ってこなければ、連絡もない。会社支給の携帯電話は電波が届かない旨をくり返す。


繁華街ゆえ多く設置されている防犯カメラにも三人の姿はない。

すでに捜索のための人員は向かっている。すでに現場についているだろう。

FEー5はさほど広いエリアではない。それにもかかわらず、発見の連絡はない。

異常事態だった。


「よりにもよって、伊調田か」

奥歯を噛み締めるような独白が机の上に落ちる。


調査員の一人、伊調田 浩(いちょうだ おおい)は優秀だが、爆弾のような人物だ。


伊調田が第四課長に配属になったとき、部長から直々に注意があった。


「絶対に前線へだすな」と。


その言葉に従って、戦闘のない調査係に配属したのに、安全なはずの調査に出て戻らない。


ぎりぎりと奥歯を噛み締める。


伊調田どころか安代も瀬越も画面越しにすら姿がない。


三連休前の夜の繁華街。それなのに、人通りが全くないカメラが一台ある。


久万里はすぐに現場に向かった課員に電話をかけた。


「FEー5エリア、キの3の防犯カメラだが人気がない。状況は?」

「キの3…居酒屋が軒を連ねてるとこですね。いや、めちゃ人がいますよ。ん?あれ、なんか、結界っぽいのがある…。干渉できませんが、安代係長…?」


多分そこにいる。


久万里が立ち上がって現場に向かおうとした時、第四課に色彩の暴力を身に纏った女が顔を見せた。


久万里は気づかれないように小さく舌打ちをする。昨年まで上司だった、小春日龍与(こかすが たつよ)第二課長だ。


「久万里課長行方不明者が出たと聞いたけれど…伊調田が行方不明だと」


艶やかな彼女の声はいつ聞いても恐ろしい。


コツコツとヒールの音が近づいてきて、紫とも赤ともつかない唇が、脳をふるわす言葉を発する。


「ええ。今、何者かが張ったと思われる結界を発見して、干渉できないか現場にいくところです」

「作ったナニかは探れそう?」

「安代係長の気配が強いようです」

「安代係長が行ってるのね。万が一の戦闘は」

「瀬越をつけています。伊調田は安代の補助に」

「何か、不測の事態に巻き込まれたのね」

その時、久万里の電話が震えた。現場からだった。


「瀬越くん、発見しました、意識あり、背中に裂創、会話は可能。しかし、自力での歩行は困難です。傷は邪気が濃いです」


続け様に課内の電話が鳴る。


「安代係長確保!意識はありませんが結界維持のためと思われます。目視では特に外傷は確認できませんが、死臭がこびりついています」


しかし、伊調田発見の三報は続かない。


「結界の解除が確認されました。伊調田いません」

「FEー5エリア、キの3、有害物、残穢ともに確認できません」

「了解した。安代と瀬越はすぐに医療課へ引き渡してくれ。残ったものは引き続き伊調田の捜索を頼む」

「久万里くん、瀬越くんから話は聞けるかしら」

小春日から課長の面が外れた。あるのは、家族を心配する母親の顔。


伊調田は小春日の息子のような存在だ。幼くして施設に預けられた伊調田を、小春日は心を砕いて育てた。自分の体質に怯えて殻に閉じこもる伊調田を大切に厳しく育て上げたと聞いている。


久万里は自分を落ち着かせるように息を深く吸い込んで、長く吐き出す。

そう、まずは状況を把握しなくては。


意識がある瀬越から電話で聞き取りをする。


瀬越によると、ソレは音もなく背後から忍び寄り、瀬越の背を切り裂いたという。


敵意も、殺気も、気配すらなく。

「犬がじゃれついて間違って噛んでしまった時のような、あ、間違っちゃった、って感じの気配を感じたんです」


敵意がない。ソレはこの界隈では厄介なことこの上ないものだ。そういうものは無邪気に人を殺す。


「まだ、実態はありません。悪意にも染まっていなかった」


瀬越の言葉にゾッとする。そんなモノが伊調田の味を知ったら。


「伊調田は?」

「逃げてくれたと思います。安代係長も全力で庇ってたし、(おおい)もちゃんとわかってて。俺はアレを食い止めるだけで精一杯で、そのうち力負けしてしまって。気がついたら、浩はいなかった」


「ちゃんと、隠れていればいい」

小春日の祈りにも似た呟きを耳が拾う。


「ありがとう、久万里くん。伊調田の捜索に私も行ってもいいかしら。高良も現場近くで飲んでたらしくて、一緒に探しているらしいの」


小春日が嫣然と微笑むが、その目は不安に揺れていた。


久万里のプライドが頭をもたげる。


「うちの不始末に第一課長と第二課長を巻き込むわけには行きません」

「いいえ、あなたの不始末ではないわ。不測の事態が、想像を大きく外れただけ。今日は予備調査で、調査員の伊調田を向かわせた。正しいわ。普段なら調査員二名で済むところを、万が一を考えて、戦えるものを一人つけた。あなたの采配は完璧よ」


小春日の声が一段、落ちる。


「それに、私も高良も課長としていくわけではないわ」


車の手配をしてくる、と小春日がヒールの音も高く事務所を出ていく。


久万里は息を深く吐く。最近まで上司だった小春日に、マルっと飲まれてしまったけれど、久万里には久万里の責任がある。


デスクに座り直して、もう一度抜けがないか監視カメラを除く。視えざるモノが視える目で。


無事でいてくれよ、という言葉は音にならずに喉に落ちた。


あの、艶やかな女が泣くのは、見たくない。




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