1-4)フィーリング重視は、逃げじゃない──本能・感覚の正当性
「この人、なんかいいな」
理由は説明できないけど、気になる。会いたくなる。無駄にLINEを読み返してしまう。——そんな感覚、ありませんか? でも婚活の場では、そんな「理由のない好き」がどこか軽く見られがちです。
「気分で決めるのは危険だよ」
「ちゃんと将来設計しないと」
「もっと堅実にいかなきゃ」
と、周囲の声も自分の頭の声も、ついそんなことを言ってきます。
友人からは「まだ会って3回目でしょ?その程度で判断するのは早すぎない?」と言われたり、親からは「その人の家族構成はどうなの?親と同居してない?」と条件面ばかり心配されたり。婚活サイトのコラムを読めば読むほど、「理性的な選択が大事」という文字が踊ります。
だから私たちはつい、"理屈で選ばなきゃいけない"と思ってしまう。学歴は? 職業は? 身長は? 貯金は? 好きかどうかより、「条件を満たしているか」のチェックに意識が向いてしまう。Excel表でパートナー候補を比較してしまう自分がいる。「B+さんは条件面でA-さんに劣るから、次に進めるのはA-さんだな」なんて、恋愛感情とは無縁の思考に陥ってしまう。
でも、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいんです。そもそも、フィーリングで惹かれるって、そんなにダメなことなのでしょうか?
【本能と理性のバランス】
人間には「考える脳(大脳新皮質)」の前に、「感じる脳(大脳辺縁系)」が発達していました。何万年も前から、私たちは"理屈"より先に"本能"で相手を選んできた。進化の過程で身につけた「この人といると安全」「この人の遺伝子と自分の遺伝子は相性がいい」という無意識の判断は、言葉で説明できるものではありません。
たとえば、においや声のトーン、目線の動き、距離感や肌ざわり——これらはすべて、恋愛やパートナー選びにおける無意識の判断材料です。Aさんと話すとなぜか緊張して言葉に詰まるのに、Bさんといると不思議と自然体でいられる。Cさんは条件面では申し分ないはずなのに、なぜか腕を組まれただけで違和感がある。こうした体感は、言葉では説明しにくいけれど、実は私たちの選択に大きな影響を与えているのです。
「なんか惹かれる」「なぜかわからないけど、この人のそばにいたい」っていう感覚には、理屈を超えた"生き物としての相性"のシグナルが詰まっています。それを「気のせい」や「勢い」で片付けてしまうのは、もったいない。
【「フィーリング重視」は思考停止ではない】
もちろん、「直感」や「フィーリング」は、完璧な判断材料ではありません。若い頃を思い出してみてください。「この人となら一生一緒にいられる!」と思った相手と、実際にどれくらい長続きしましたか?感覚だけで突っ走って後悔した経験も、多くの人が持っているはずです。
でもだからといって、感覚を頼りにすることが「逃げ」や「幼稚さ」の証明になるわけではない。「フィーリング重視」と「思考停止」は、まったく別のことです。「なんか好きだから」とすべての警告サインを無視するのは危険ですが、「条件は完璧だから」と違和感を押し殺すのも同じくらい危険です。
むしろ、感覚に従うということは——「自分の中にある、まだ言葉にならない"好き"をちゃんと受け止めてあげること」です。そこに目をつぶって、「条件が整ってるから」という理由だけで相手を選ぶほうが、実はよっぽど"逃げ"だったりします。
【「条件」の罠にはまらない】
私の友人のMさんは、「理想の条件」を満たした相手と付き合っていました。医師で、身長180センチ、趣味も価値観も合い、旅行好きで料理も上手。親も大喜び。でも1年経っても、心がざわつく瞬間がなく、「本当にこのままでいいのかな」と悩んでいました。一方、別の友人のKさんは、「親に反対されるかも」と思いながらも、「なぜか気になって仕方ない」相手と結婚。確かに親との確執はあったけれど、5年経った今でも「あの人と一緒でよかった」と心から思えているそうです。
条件は、誰かがつくった"正しさ"のテンプレートです。
「誰に見せても恥ずかしくない彼氏」
「親が安心する相手」
「将来のことを考えたらベストなスペック」
——それ、ほんとにあなたの"好き"ですか?
恋愛において「条件」が重要なのは確かです。価値観の共有、経済的安定、家族観の一致——これらは長い人生を共に歩くために無視できない要素です。でも、それらはあくまで「土台」であって、「全て」ではありません。土台がいくら堅固でも、その上に「心が震える瞬間」「心地よい沈黙」「安心して眠れる感覚」という家が建っていなければ、そこに住む意味があるでしょうか?
【本能の正直さを信じる】
本能や感覚って、ある意味とても"誠実"です。うまく言葉にできないけど、違和感がある。あるいは、理由はないけど惹かれる——それって、ちゃんとあなた自身の中にある選球眼なんです。
生物学的にも、人間の無意識は膨大な情報を処理しています。目に見えないわずかな表情の変化、言葉と矛盾するボディランゲージ、相手の微妙な反応パターン——こうした複雑な情報を総合して、私たちの「感覚」は「この人は信頼できる」「この人とは相性がいい」という判断を導き出しているのです。
感覚に頼る恋愛は、確かに不確かです。「なんか好き」だけじゃ、未来のことまでは見えないかもしれない。100%の保証はない。でも、そもそも恋愛に100%の保証はあるのでしょうか? 「完璧な条件」で選んだ相手との関係が必ず上手くいくという保証も、どこにもないのです。
むしろ、そんな風に "わかんないけど、信じてみたい"と思える感情に従える人は、恋愛にちゃんと責任を持てる人でもあると思います。なぜなら、「フィーリングで選んだ」と認めるということは、「自分の選択に対して責任を持つ」ということだからです。「条件が良かったから選んだのに、うまくいかなかった」と外部に責任を押し付けることができないのです。
【言葉にならない「好き」の価値】
私たちは恋愛に、「確かな理由」や「完璧なスペック」を求めすぎてるのかもしれません。「この人が好きな理由を3つ言ってみて」と聞かれたとき、「年収が高いから」「見た目がタイプだから」「趣味が合うから」という答えは確かに明確です。でも、「うーん、なんだろう…言葉にできないけど、一緒にいると安心するというか…」という曖昧な答えのほうが、実は本質に近いことも多いのです。
「理由のない好き」を、「軽い」「根拠がない」と片付けてしまうのは簡単です。でも本当は、誰にも説明できないけど、どうしても惹かれてしまう感覚のほうが、ずっと強くて、ずっと長く続くものだったりします。それは、表面的な「条件」では測れない、もっと深いところで響き合う何かがあるからではないでしょうか。
【感覚を頼りに、ブレない自分になる】
だから、「好き」の理由が説明できなくても、大丈夫。「フィーリングで選ぶなんて軽い」なんて言葉に、怯えなくていい。感覚で選ぶことは、逃げじゃない。むしろ、自分とちゃんと向き合うということです。
大切なのは、感覚だけに頼るのでも、条件だけを見るのでもなく、両方のバランスを取ること。「この人、なんかいいな」と感じたら、その感覚を無視せず、でもその上で「なぜそう感じるのか」を少しずつ言語化してみる。
「一緒にいると自然と笑顔になれる」
「話していて時間を忘れる」
「ちょっとしたことでも共有したくなる」
——そうやって、感覚と言葉をつなげていくことで、あなたの「選び方」はもっと確かなものになっていきます。
あなたの"なんとなく"は、ちゃんと意味がある。そして、その意味は必ずしも今すぐに言葉にならなくていい。わからなくても、信じてみる勇気。それが、本当の意味での「自分軸」なのかもしれません。
だからこそ、その声にもう少し、耳を澄ませてみてください。あなたの体が、心が、静かに伝えようとしているメッセージに。




