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9話 取り消したい発言


 社内にはまだ人はまばらで、席についているのは早起き組。残業の翌日もこうするのは大変だけど、電話も鳴らないこの時間が好きだ。


 私はパソコンが立ち上がるのを待つ間、書類棚の向こう側に見える総務部の島に目をやった。サンドイッチを片手にあくびをしている課長を意味もなく眺めていると、あの全体会議での出来事が浮かんだ。


 昨日のエリ先輩は、初めて見る顔の連続だった。小さなミスをきっかけに、あそこまで自分を責めてうなだれるなんて。いつも完璧に整っていた髪は乱れ、どう見られているかを気にする余裕もないほどに落ち込んでいた。


 あんなに人間らしい先輩を見るのは、初めてだ。あの垂れ下がった眉が、こんなこと思っていい場面じゃないのに、正直──かわいいと思ってしまった。


 しかし、私は非常に後悔している。なぜ私は昨日、「ついていく」などと言ってしまったのだろうか。毎日のように怒鳴られるなんて、よく考えたら普通に嫌だ。彼の沈んだ空気にあてられて、勢い余って口走った”忠誠宣言”とも呼べる決意が、自らの胃をきりきりと締め付けている。


 どうしよう、さっそく今日から『地獄でもいいと言ったよな』とさらに厳しく指導されることになったら。


 絶対にそうだ。きっと今まで以上のスパルタ教育を受けて、私もああ言った手前逃げることも許されず、それこそ深い深い谷へと突き落とされてしまうんだ。あの後会社に戻った後、妙に静かな先輩から叱責されることはなかったけど、あんなの一日限りの大ボーナスだろう。本当にラッキーだった。まぐれ、棚ぼた、当たりくじ…………


 そうして私が10分ほど死んだ魚の目をしている内に、社内に人が増えてきた。フロア全体で挨拶や雑談が飛び交い、活気が満ちていく。


 エリ先輩もそろそろ出社してくるはずだから、慌ただしくなる前にやるべきことがある。さすがに二度目はないだろう。昨日の一連のハプニングの原因となったUSBの中身を整理するべく頭を切り替えた時、私の座るデスクに一番近い場所のドアが開いた。


 威圧感を放つネイビーカラーのスーツ、カーペットが敷いてあるにも関わらず、ゴツゴツと鈍い音を鳴らすつやつやの茶色い革靴を目の端で捉えた私は、椅子に浅く座りなおした。エリ先輩だ。


 先輩は一歩足を踏み入れると、一度だけ大きな声で挨拶した。彼の声は、低いながらも引き締まっていてよく通る。その堂々たる声量ゆえ、この広いフロアの誰よりも多く挨拶を返される。私も、いつものように挨拶しようとした。


「おはようござ──」


「芦尾!」


 突然の爆音に、私はびくりと跳ねた。社内の空気も止まり、周囲の視線が一斉にこちらに向けられる。彼の直後に入ってきて、首から下げたICカードを機械にかざしていた所長までもが、分かりやすく飛び上がって彼を見上げた。


 元気だね、とへらへら笑う所長に、薄く、笑ったとも言えない程度に口を引き結んだあと、私を見て口角を下げた。


 それみたことか。なにも変わってないじゃない!


 ばくんばくんと恐怖で高鳴る心臓。フル回転する頭。まったりとした朝のひとときはこうして突然終わった。昨日の会議の報告書におかしなところでもあった?誤字脱字?名古屋の佐久間さんの発表内容、ちゃんと覚えてなくて自信なかったけど……やっぱりダメだったか。


 さっそくスパルタ教育開始。立ち上がって身構えた私の前に、エリ先輩が真っ直ぐ歩いてきた。しかし、彼は私にしか聞こえないような声で、小さく言った。





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