8話 ふたつのブラックコーヒー
「……本当に、全員ですか」
私は手の中の缶コーヒーを握りしめた。
「エリ先輩って、見る目ないんですね」
「なんだと?」
「私が他の営業所に配属されたかったって言うと思ってる」
「……そうだろ。態度に出てるからな」
「そうです」
「!」
目を見開いた先輩を、背筋を伸ばして負けじと睨み返す。
「私だって優しい上司に恵まれたかった。もっと褒められたいです。でも……ついていきますよ。たとえ地獄の谷でも」
そして、プルタブを起こして一気に飲み干した。
「……」
「……苦いよぅ…」
口に広がる大人の味にこらえきれず、私は思い切り顔をしかめた。
「すごい顔になってるぞ。ブラック嫌いなのか?」
「大っ嫌いです。でも、美味しかった!」
「なぜだ?前の会社はパワハラで辞めたんだろう」
「ええ。だからこそ思うんです。先輩は漆黒だって言われてますけど、私からしたら薄めた墨汁程度でしかないって」
「いやに誇らしげだな」
「……それに、先輩のこと、尊敬していますから」
私は駅の方角へ、体を向けた。疲れるような会議の後だというのに、不思議と心は軽い。
「だから、エリ先輩。一緒にオフィスへ帰りましょう。まだ仕事は残ってるんですよ!」
笑顔で振り向くと、先輩は電柱からようやく体を離した。
「………帰りの分のチャージはしてるんだろうな」
「忘れました!すみません!」
「お前な……」
謝りながら逃げるように歩き出した私に、先輩はそれ以上何も言わずにゆっくりと追いついて並んだ。




