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恋は襟を正してから〜鬼上司の不器用な愛〜  作者: プリオネ
第四章 寂しさを越えて
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46話 もう逃げはしない

 振り向けない。


「……営業に行くから、ですか?」


 私はこの瞬間まで、部下として振舞った。


 でも、その瞬間──強い力で引き寄せられ、後ろから先輩の腕に包み込まれた。


「……そんなわけないだろ」


 エリ先輩は、私をきつく抱きしめた。その低い声は今までで一番近くで聞こえ、彼の鼓動が、背中に伝わる。


 もう我慢ができない。ずっと思っていたことを、ずっと見て見ぬふりしてきたこの気持ちを、伝えたくなった。彼の腕に手を添え、絞り出すように声を出した。


「私、先輩のことが……」


「ダメだっ!!」


 突然の大声に、私の肩はびくりと張り詰め、カラスが一斉に飛び立つ羽の音が聞こえた。


「……真後ろで怒鳴らないでくださいよ」


「俺が言うから、黙ってろ」


「はい」


 私はつい吹き出してしまった。先輩ってば、本当に声が大きいんだから……


 先輩が息を吸う音が聞こえる。呼吸の震えが耳に届き、私は先輩の腕をぎゅっと掴んだ。


「……俺は、芦尾がいなくなるのが、辛い。それはここまで育ててきた部下だからと言いたいところだが、もう、そんな言葉に逃げるのはやめだ」


「……はい」


「今となっては異動は止められないが、このまま見送ることもできそうにない。最後まで上司でいられない俺を、許してくれ」


 先輩の腕に力が入る。


 私はこくりと頷いた。私も今度こそ、まっすぐに受け止めることができる。


「好きだ、芦尾」

 

 先輩の声が体中に染み込んでいく。


 聞きたかったけれど、聞かない方がいいと思っていた言葉。


 この先も一緒に仕事をするために、このままでいようと、何度も思った。


 でも、この脈打つ胸がその答えだ。私も仮面を外す時が、きたようだ。


「エリ先輩。私も────」


 最後までは言い切らせてもらえなかった。

 

 突然向きをまわされて、すぐに先輩の顔が近づいた。


 先輩の腕の中で、私は目を閉じた。





「……後で楠本さんに謝らなきゃ」


 恥ずかしさから、すぐに会話を始めた。


「あいつは分かってるだろ。俺のところにも連絡来てたから」


先輩は、私ではなく目下に広がる景色に視線を投げている。


「ふふ、楠本さんには敵わないですね」


 笑うと、むすっとした顔になった。


「……異動先が埼玉だったら許さないからな」


「それは私が決められることじゃないので許してくださいよ」


「楠本には絶対にやらないぞ」


エリ先輩の、楠本さんに対する一方的なライバル心のようなものがおかしくて、私は笑顔になる。


「ですから、私は大じょ……」


 軽く笑いながら言おうとすると──もう一度抱き寄せられ、今度は体が反り返るほど深くキスをされた。


「俺が大丈夫じゃないんだ」


「ん……」


 柵に押し付け、せきを切ったように私を求める。


「芦尾、好きだ、好きだ……!」


全身を包み込み、密着していてもまだ足りないと私を掻き抱く。まるで、ここから見える街のどこかにいる楠本さんに、見せつけているみたいだ。


先輩に怒られた今までのどんな場面よりも、心臓が激しく高鳴る。私は身を委ね、何度も唇を重ねた。


「芦尾。俺の……俺の恋人になってくれるか?」


エリ先輩は、今度は私から目を逸らさなかった。


初めて聞く彼の真っ直ぐな言葉が、熱い眼差しが、私の胸を満たす。


だから私も、言わずにはいられない。


聞いていただけますか?ずっと、思っていました。


厳しいけれどついていきたくなる背中が、


過去に向き合い、変わろうとする決意が、


言葉より行動で示してくれる、その姿が。


「はい。エリ先輩……大好きです」


 目を閉じた私に、再び口づける。唇を離した時、彼は聞こえないくらいに小さく「ありがとう」と、言った。










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