45話 最後の挨拶
黄色や赤に染まった紅葉の滑り台に、影が広がっていく。
「ゆっくりできる時間もあっという間だな」
エリ先輩の言葉に、私は頷いた。明日の朝には、この社員旅行も終わりだ。バスに数時間揺られる程度の距離だけど、日常から切り離された時間はまるで、異国の地にでも来たようだった。
「先輩はここでも結局、仕事仕事、でしたけどね」
くすっと笑うと、先輩の口角もつられるように少しだけ上がった。
「悪かったな、連れまわして」
「いえ、楽しかったです」
口にしてから、自覚する。
ああ、私は、楽しかったんだ。
今日だけじゃない。これまでの営業同行の日々が。厳しい先輩の背中を追いかけた、毎日が。
「異動先は、いつ分かるんだ?」
「所長は、旅行が終わった頃には決まるって言ってました」
「そうか。場所によっては引っ越しも必要だろ?早く言って欲しいな」
「ですね。一応、お部屋は整理を始めています。はぁ、どこの営業所になるんでしょう。不安です」
関東圏内とはいえ、営業所は5つくらいある。これからの事を考えると、胃が重い。
「……まぁ、全問正解したんだ。どこに行っても、お前ならうまくやれるさ」
夕焼けに染まっていた街が、少しずつ暗くなっていく。
「エリ先輩」
「なんだ」
「短い間でしたが、お世話になりました」
頭を下げるべきなんだろうけど、私は先輩の目を見ることができなくて、景色を眺める姿勢そのままで言った。
「……まったくだ。せっかく苦労して育てたのに、戦力になる前にいなくなるとはな……」
「私、寂しいです」
「……お前が言うなよ」
「そうでした。私が先輩の悪口思いっきり書いちゃったから、こんなことになったんでした」
あははと笑い飛ばすと、先輩は私を蔑んだ目で見下ろした。
「異動先の社員が心配だ」
「大丈夫ですって。エリ先輩ほどうるさ……手厳しい方はいないらしいですから」
「鬼で悪かったな」
「嘘です。先輩は私の、尊敬する上司です。あんなこと書かなきゃよかった……」
喉がぐっと詰まる。でも、私がここで涙を流すなんて間違っている。だから、唇を強く噛んで、こらえた。
「……芦尾」
「はい……あ」
ふいにスマートフォンが鳴る。見ると、楠本さんからのメッセージだった。
「急ぎか?」
「……楠本さんからです」
「楠本……」
エリ先輩の声色が変わる。
「はい。あ、もうすぐ飲み会の時間なのに、集合場所に私がいないから連絡くださったんだ」
飲み会のことなんて、すっかり忘れていた。
忘れていたかった。
「行くのか?」
「行くって昨日、言ってしまったので……先輩は?先輩も行きましょうよ」
「……」
地図アプリを開いて、現在地を確認する。駅には、15分ほど歩けば着きそうだ。上って来た階段の方へ、重い一歩を踏み出した。
「先輩とお話できてよかったです。素敵な場所も教えてくださって、ありがとうござい……」
「行くな」
背中から、声がかかる。その切羽詰まったような声に、私の時間は止まった。




