43話 シフォンケーキは甘いのに
「少し休んでいくか」
「?」
先輩が見ている方向にあったのは、一見すると普通の古民家だった。しかし、玄関先に看板が立てかけてある。チョークで丁寧な字で『本日のケーキ』と、メニューがいくつか書き記されていた。
先輩は迷いなく、重そうな引き戸を滑らせた。私も慌てて後に続き、中へ入る。
そこは、昔ながらの喫茶店だった。お客さんは少ないけど、革張りのソファーや木のテーブルにはあたたかみがあり、ひと目で居心地の良さを感じさせる雰囲気をしている。
物腰の柔らかい老婦人に案内され、2人で席についた。
「あの、どうして……」
「ここのキャラメルコーヒーが美味いらしい。ケーキも頼むか?」
「えっ、あっ、はい」
先輩は私の質問を最後まで聞かず、メニューを差し出した。すぐに店員さんが来たため、私は流され、メニュー表の一番上に印字されている文字だけのシフォンケーキを頼む。
「どこにいたんだ?俺が電話をするまでは」
「はい。あの……里中さんと一緒に向こうの通りを歩いていました。見たいところがあるって言ってたので」
先輩のブラックコーヒーが、上品な花柄のカップに入れられて運ばれてくる。それをカチャリと持ち上げ、静かに口元に運んだ。
「そうか。悪いことをしたな」
「いえ、私は平気です」
「お前じゃない。里中さんにだ」
「……仕事なら、仕方ないです」
老婦人の店員さんがキャラメルコーヒーとシフォンケーキも持ってきてくれた。テーブルに並んだふたつのメニューは、私が最初に行きたかった行列が出来る写真映えするようなスイーツショップのそれとはまったく違うけれど、一口食べると味で勝負している一品であることがすぐに分かった。
「美味いか?」
「はい。どっちも本格的で、美味しいです」
「良かったな。この辺りはキャラメルコーヒーが置いてある店は少なくてな。俺は行き当たりばったりは嫌いなんだ、時間の無駄だろ。だからちゃんと昨日調べ……」
そこまで言って、先輩は口をつぐんだ。
「調べてくださったんですか?」
「……まぁ、仕事させるだけじゃ割りに合わないだろ」
窓の外に目をやる先輩に、私は言う。
「では、大きなプラスになっちゃいますね」
ふわふわのシフォンケーキをもう一口頬張り、キャラメルコーヒーを飲む。
「うまそうに食うな」
この前の居酒屋でもそうだったけど、先輩は私と一緒のタイミングで食べてくれない。必ず私が料理を口に運ぶ瞬間を見届けるから、食リポでも求められているかのようで緊張してしまう。
「はいっ、幸せです!」
私には豊富な語彙力で味の感想を伝えることは出来ないから、思ったことをそのまま言った。ジュースとか、料理とか、先輩はいつも私を喜ばせようとしてくれる。だから私も、私が喜ぶところを見て喜ぶ先輩が見たかった。
でも、先輩は私をじっと見つめた後──A4サイズの紙が入りそうな鞄から、何やら資料を取り出した。
「よく聞けよ」
「はい?」
「新卒採用を行う企業が応募情報の一元管理と、入社手続きまでを効率化したい場合に最も適した、うちのソフト名は?」
「どうしたんですか?」
「早く答えろ。芦尾が異動先に迷惑をかけないように、ここで最後の教育を始める」
エリ先輩は、足を組んだ。
「ええ……っ!?」
「心配するな。全問正解したら奢ってやる」
先輩の気迫にこれは冗談ではないと悟り、フォークを皿に置く。
幸せなコーヒータイムが、一気に緊張感に包まれた。




