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36話 白い光差し込む午後


 私は一瞬、自分が何を言われているのか分からなかった。


「……異動?私が……?」


「僕も、とても悲しいよ。けれど、決定事項だ」


 所長の悲しげな瞳が、事実であることを物語っていた。


 そんな、嘘だ。重い鞄を肩にかけるエリ先輩の背中が浮かぶ。里中さんの耳に揺れる、上品なピアスが浮かぶ。


「ど……どうしてですか。今回の通報が原因ですか?」


「それはないよ。君じゃないか、異動を希望したのは」


「そんなはずは!!………」


 大声で否定したその時、ある一枚の書類を思い出し、全身の血の気が引いた。


 もしかしたら。


 あれは、全体会議の前ぐらいだったと思う。人事から、社員満足度調査のようなシートが配られた。その日はちょうど、いつもより長く怒られた後だった。だから、エリ先輩への不満をここぞとばかりと入力して、提出したのだった。


もっとのびのび働ける環境がいい──もはやただの愚痴のようになってしまったけど、所長や人事からの音沙汰もないし、流されたものだと思ってすっかり忘れていた。


 あの憂さ晴らしがまさか、異動希望と受け取られていたなんて──。


 すうっと体中が冷えていくのを感じた。どう考えても、自分が悪い。


「取り消すことは……できませんか?」


 震える声で言ってみるも、所長は首を横に振るだけだった。


「うちの会社は、社員の声を大事にしている。異動の希望が通りやすいんだよ。決定する前に君の意向を確認しなかったのは申し訳ないが、他部署との調整の都合もあってね」


 最悪だ……自業自得ではないか。


「異動先は……」


「関東の営業所のどこかにはなると思うけど。もうしばらくしたら、また話をするから。所の皆にも明日ぐらいには発表しよう」


 その後所長は引き継ぎに必要なことを説明し、席を立ち、会議室を後にした。私は呆然として、太陽の光を反射してうっとおしい程に白く輝くテーブルに目を落とした。





***




「梨子ちゃん、評価どうだった?」


「……えっ?すみません、何ですか?」


 里中さんが向いの席のパソコンからひょこっと顔を出して、にこにこと話しかけてきてくれたのに、私はうまく笑えなかった。


「……?まさか悪かった?そんなことないでしょう?」


「あ、はい、評価はAでした」


「でしょ?頑張ってたんだから当然よ。獄谷君も心配がなくなったし、本当に良かったよね」


「はい……」


「あとは旅行を思い切り楽しむだけね。あそこ、ドラマのロケ地にもなっている所なの。もう最高!SNS見たらね……」


 手が空いているらしく、電話が鳴るまで楽しそうに喋ってくれた。でも私は彼女の話を、膜の向こうから聞いているような、ふわふわした感覚で受け止めていた。


 エリ先輩が営業から戻ってくるのは、18時を過ぎてからだろう。


 彼の人並み以上の努力は、無事にこれからも続いていくことになった。


 里中さんがどれだけ忙しくても定時にはきっちり仕事を終わらせて帰宅し、恋愛ドラマを楽しむことも、この先も続いていくはずだ。


 他の営業さんも、所長も、変わらず慌ただしい毎日を、仲間として支え合いながら過ごしていく。



 そんな第一営業所の日常から、もうすぐ私だけがいなくなる。







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