33話 何に突き動かされるの
カフェでは話し声が周囲に聞こえないように奥の二人席を選んだ。白川さんは迷わずソファ側の席を選び、どっかりと座り込んだ。私が持ってきたコーヒーには目もくれず、足を組んでスマートフォンをいじっている。
私のアイスコーヒーにはミルクと砂糖をつけてもらっているのに、緊張していて入れるのを忘れ、苦いまま飲み込んだ。
「白川さんって、声がすごく可愛いですよね。こっちのフロアまで電話の声が聞こえてくることがあって、癒されているんですよ」
私は白川さんのご機嫌を取ろうと下手に出たが、彼女はピシャリと言い放った。
「そういうのいいから。本題入って」
「ぐっ……分かりました。では、単刀直入に言います」
いよいよ始まる。手の汗がにじむのを感じながら、私はゆっくりと口を開いた。
「最近、エ…獄谷さんと、何か……ありませんでしたか?」
「……なんで?」
「実はですね。獄谷さん、匿名でパワハラ告発されたのです。でも、目撃者がいない。ここ最近で彼と2人きりになるタイミングがあったのは、私が調べた限りではあなただけでした。ですから白川さんがもし、何か嫌なことを言われたのだったら、話を伺いたくて」
呼吸をするのも忘れて一気に伝える。白川さんは顎を上げ、冷たい目で答えた。
「私は通報していないですからね」
「……そこを問い詰めるつもりはありません。でも、打ち合わせはしたのですよね?」
「……なんであなたが詮索してくるの?やれって言われた?」
白川さんの甘く高い声が、今はトゲのように私に刺さる。
「いいえ。獄谷さんは、受け入れています。所長も人事も、処分の方向で進めているのです。だから、私が動いています」
「受け入れているならいいじゃん?認めたんでしょ」
「私には、そうは思えないのです」
「そう?通報されそうじゃないですか、よく怒鳴っている声が、うちの部署まで聞こえてくるし」
「……確かに、そうです。でも、彼は変わったんです」
「本当に変わったか、分からないじゃん。あの感じだったら勢いで人格否定しててもおかしくないでしょ?」
!い、今……
心臓がばくばくと鳴る。はやる気持ちを抑えて、言葉を考えながら口にする。
「……彼は、確かに厳しいです。時に、度が過ぎるほど。ホワイト企業と言われているのに、うちだけ漆黒とまで噂されるほどです。でも、彼は私が傷つくようなことは言ったことがありません」
私の様子に気付かず、白川さんは畳みかけるように声を張った。
「他の人には?言ってるかもしれないじゃん。営業であることを鼻にかけてるんだよ」
「分かりません。ですが私には、そんなことを思っているように見えない。彼は周りとの関わりが苦手で、積極的に交流しない人ですが、他部署への敬意を欠かさない方です。悪口を言っているところを聞いたこともありません。だから、そんなことするはずないって思うんです」
「でもやってない証拠ないんでしょう」
「ないです。でも、やった証拠もない。それなのに、獄谷さんは何も主張しないんです。通報内容が本当かすら分からないまま、処分を受け入れようとしている。私には、それがどうしても納得できないんです。私は、営業として活躍するあの人に、これからもついていきたい」
白川さんは私の目を、じっと見つめた。
「白川さん。月曜日には、獄谷さんの処分が決まってしまいます。もし、誤解だったかもしれないと、思えるところがあるなら……もう一度、先輩にチャンスをいただけないでしょうか」
最後の方は、声を震わせてしまった。私はテーブルに顔がつきそうになるほど頭を下げ、ぎゅっと目を瞑る。
「……だから、私が通報したんじゃないから、知りません」
「分かりました……すみません、お付き合いいただきありがとうございました」
白川さんは立ち上がり、私に問いかけた。
「芦尾さんは、獄谷さんが好きなんですか?好きだからそんなに、必死になってるんですか?」
「えっ?」
鼓動が一気に跳ね上がる。
好き?
私が、エリ先輩を?
顔が熱くなるのを、止められない。口をぱくぱくと動かして何も言えなくなる私の目を、白川さんは覗き込もうとした。思わず逸らしたくなり──ぐっと、耐える。
「………そういうことじゃないです。信頼している私の指導係だから、役に立ちたい。それだけです」
「……だる」
白川さんはそのまま、カフェを出て行った。




