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31話 真実は美しい声で


 金曜日。通報のことを調べたいのに、今日に限って忙しい。電話は鳴りやまず、何度も印刷機と席を往復し、タスクをこなす内に時間があっという間に過ぎていった。

 

 エリ先輩は自分の席で何かの資料を作っている。昨日はしばらく海を眺めた後、駅まで送り届けてくれた。言いたいことがたくさんあるのに、あれ以上の話はできなかった。


 今だってまだ、業務連絡以外の話はできていない。焦る気持ちとは裏腹に、今日という日はあまりにいつも通りに終わろうとしていた。


 現実から目を背けるように集中し続けていたから、目に疲れがたまっていた。ようやく落ち着いた頃には、あと30分で終業時刻になるところだった。


 トイレへと席を立ち、個室に入ってドアを閉めたとき、両隣から出てきた人たちが会話する賑やかな声が聞こえてきた。


「……でさー、あの客からまた電話が来たの!ひと通りクレーム言ってきたと思ったら、声はかわいいくせにって。お前文句言うか口説くかどっちかにしろよ!って話だよね」


「またその人?でも姫香って本当に声も可愛いから、お客さんの気持ち分かるかも」


「嫌だよ、こんな声。仕事だから愛想よくしてるだけなのにすぐ告白されるから、面倒くさいよ」


 水道の水が流れる音に混じって、楽しそうな会話が壁越しに聞こえてくる。私は息を止めて、その声に聞き入った。


 この可愛らしい声は────白川さん!


 向こうから、会話をしながらチャックを開ける音と、カチャカチャとした音が聞こえ始めた。きっと、メイク直しをしているのだろう。


 白川さんがもし通報していたとしたら、パワハラ被害で悩んでいるはず。


でも、辞めたくなる程に落ち込んでいるようにはとても見えない。無理に明るく振舞っているだけ?それとも通報したのは、白川さんではなかった?


「あんまりお客さんを期待させちゃだめだよ。姫香、好きな人いるんでしょ?」


 気が付くと私は個室のドアに耳をつけていた。同僚の言葉に白川さんは、明るく、そして実に無邪気に返した。


「あー、いた。でも、振られた」


「えっ、断られちゃったの?というか、もう告白してたの?」


「そう。前は不愛想だったんだけど、最近優しい感じがしてきたから、イケる、って」


「さすが。でも姫香を断ったんだね。不思議」


「やっぱそう思う?イケメンだからって調子乗ってるよ。だから、ちょっと…やり返した」


「あはは、何をしたの……」


 その後の会話はハンドドライヤーの轟音に遮られ、音が止んだ頃には2人の気配もなくなっていた。 


 私はドアにもたれかかり、浅い呼吸を繰り返した。心臓の音が、大きく響いている。


振られた仕返しにしたことというのは。その、相手とは────。







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