27話 孤独な調査
会社に戻り、私なりに調べてみたものの、共有のスケジュール表にはこれといってエリ先輩の気になる予定は登録されていなかった。
分かっているのは、通報者自身が被害者で、辞めたくなるほど心を痛めているということ、問題の言動があったのは最近ということ、人格否定をされたということのみっつだけ。通報した人と先輩の間に何があったのか、知りたい。
翌朝、里中さんは通報の事実を知り、答えにくそうに目を伏せた。
「私は獄谷君の下で辞めていった人たちを一番近くで見てきたから。あの子たちが、泣いてるところを……。梨子ちゃんには申し訳ないけど、私は思ってしまうの。彼が変わったのは、梨子ちゃんの前だけなんじゃないかって」
俯く彼女の綺麗な髪の隙間で、しずく型のピアスが揺れる。里中さんが味方になってくれると思っていた私は、大きなショックを受けた。変わったのは、私にだけ──
「……そうじゃないって信じています」
「信じたい気持ちも分かるけれどね」
彼女が何を言いたいのか分かる。私は、なにも言えなかった。
***
「所長……あの件ですが。目撃者はいるんですか?誰かが強い口調で怒られていた、とか……」
私は所長に書類を差し出す流れで、小さく尋ねた。所長は印鑑を押し付けながら、下を見たまま答える。
「……君のことならみんな、見てるよ」
「そ、そうですか……」
所長には確か、娘さんがいたはずだ。優しい人なのに人事との板挟みで、疲弊しているのだろう。もう終わりにしたいという気持ちが、痛いほど伝わってくる。
でも、私は通報してないのだから、目撃者はいないということだ。ということは、該当行為は始業前か残業中、会議中あたりだろう。
エリ先輩は、日中はほとんど一人で外回り。社内にいるときは大抵会議か、デスクワークだ。朝や残業中は私が隣の席にいるから、もし何かあったなら私が目撃していたはず。
でも、見ていない。となると、何かの会議中の出来事なんだと思う。
エリ先輩と話をしたいけど、朝礼が終わるなり出発してしまった。そこで私は、オフィスでできることから始めることにした。
仕事をしながら、向こうの本社フロアを見渡す。あの人が立ち上がるのを、見計らう。
お客さんからの問い合わせ電話を切った直後、狙いの人が動いた。私もさっと席を立ち、彼に合わせて廊下に出る。
お手洗いから出てきたところを、人目につかない場所で後ろから呼び止めた。
「小林さん、すみません」
「はい……芦尾さん?」
振り返ったその人──システム部の小林さんは、普段滅多に話さない私から声を掛けられて、黒縁メガネの奥で不思議そうにまばたきをした。
「ちょっと、相談が」
私は、エリ先輩の通報の一件を説明し、会議室の使用ログを見せてもらえないか相談した。
小林さんは、すぐには頷いてくれなかった。頭をかき、首をひねる。
「うーん。そもそも、証拠を提出するべきなのは通報した側では?」
小林さんの言い分はもっともだ。情報を開示するのには、それなりの理由が必要なんだろう。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「それが獄谷さん、人事にも所長にも信用されていなくて。しかも、やっていない自信もないそうなんです。だから、やっていない証拠を出すしかないのです。お願いします」
小林さんは悩んだ様子を見せたが、頭を下げ続けていると、やがて眼鏡を上げて静かに言った。
「……確かに彼は、誤解されやすい。でも以前、うちにシステムのことも深く理解したいと勉強に来てくれたことがあった。芦尾さん……特別ですよ」
小林さんに無理を言ってログを出してもらうと、ここ1週間のうちひとつだけ、2名で予約が入っている日があった。
予約したのは、カスタマーサポート課の白川姫香さんだった。




