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26話 味方になる覚悟

 足取り重く席に戻ると、エリ先輩の鞄がなくなっていた。


「あれ、エリ先輩は……」


「それが今さっき、黙って帰っちゃった。ねぇ、何があったの?」


 里中さんはデスクの上を整理しながら、私を伺うように上目で見上げた。その優しい目を見て、涙がこみあげてくる。


「里中さん、どうしよう……エリ先輩が……エリ先輩が……!!」


「梨子ちゃん……?」


 里中さんは立ち上がり、私の席までまわってきた。理由も分からないのに、背中をさすってくれる。

 後から戻ってきた所長が、顔を拭う私を横目で見ている。


 ダメだ。泣いてる場合じゃない。歯を食いしばって無理やり涙を止めて、鞄を漁る。


「……すみません。ちょっと、席を外します」


 私は汗をかき始めて鞄の底を濡らしていたブラックコーヒーの缶を握りしめて、オフィスフロアを飛び出した。




***



 エレベーターは待ちきれなくて、階段を使った。

 会社を出てすぐのところを歩いている先輩を見つけて、ほっとして駆け寄る。


「エリ先輩!」


 振り返った先輩の前まで走って、胸を押さえて息を整えた。


「なんだ。言いたいことは所長に言え」


 彼の声は、ついさっきお店で笑っていたとは思えないほどに冷たい。やっぱり、誤解している。


「待ってください……はぁ……私は、通報していないですからね」


 エリ先輩は顔を背けた。


「気を遣う必要はない。当然の権利だ。取り下げろとは言わない」


「ですから、私じゃないんですって」


「……俺は変わろうと思った。でも、お前がどう受け取るかとは、別の問題だ。伝わらなかったのは、俺の責任だ」


 そう言って、駅の方へ足を出した。きっとまた一人で抱えるつもりなのだろう。

 でも、そうはさせない。


「いいえ、伝わっています」


 私は先輩の前にまわりこむ。そして、強く握りしめてぬるくなってしまったブラックコーヒーを差し出した。


「……」


「ついていくって言ったじゃないですか。私は、先輩がパワハラなんてしていないって信じていますよ。先輩は、私を信じてくれないんですか?」


 先輩は私の顔をしばらく見たあと、手を伸ばした。


「お前が来る前に2人、辞めさせていてもか?」


「はい。先輩は、襟を正したはずです」


 缶のフタを開け、中身をじっと見つめる。


「……芦尾は本当に生意気だ」


「そうです。生意気な私が、今更先輩のことを通報すると思いますか?」


「……思わないな」


 そして、ふっと笑って、口に当てた。


「…誰が通報したか、心当たりもないですか?」


「……ああ。だが正直、自信がない。俺の言動をパワハラと受け取った人がいたなら、甘んじて受け入れるつもりだ。とはいえ見当もつかないというのは、本当だ」


「……分かりました。では、私は会社に戻りますね」


 頭を下げて背を向けた私に、先輩の声がかかる。


「まだ帰らないのか?」


「……はい。やらなきゃいけないことがありますから」


 先輩が諦めているなら、私がやるしかないじゃない。 




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