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25話 通報


「里中さん……エリ先輩どこ行ったんですか?」


 3人分の飲み物を片手で抱えてオフィスに戻ってきたが、デスクには里中さんの姿しかなく、先に戻っているはずの先輩の姿が見当たらなかった。先輩のデスクにはさっきまで肩にかけていた重い鞄が無造作に置かれているから、オフィスの中にいることは間違いないのに、数分待っても席に戻ってこなかった。


「それがね、帰ってくるなり所長に呼ばれて、いま会議室にいるの」


 里中さんはキーボードを叩く手を止めずに言った。


「会議室……もう今日の報告ですかね」


「うーん…なんだか、深刻そうだった。何か聞いてる?」


「いえ、お店では何も……」


「どこか寄ってきたの?」


「あっ」


 手を止めてこちらを見てにやりと笑う里中さん。しまった、と目を瞑って下を向く私。


「なるほどね、じゃあこれは、成約の報酬ってことね」


 里中さんはアサイージュースのチルドカップにストローを刺した。


「ち、違います!」


「社内恋愛はバレたら異動になるから気をつけるのよ」


「里中さん!!」


「今度の社員旅行が楽しみね」


「里中さんってば……!」


 体が一気に熱くなる。里中さんは、椅子に寄りかかりながら美味しそうに飲んだ。




***




 すっかり日が落ちた頃、エリ先輩は会議室から所長とともに戻ってきた。少しばかりピリついた二人の雰囲気に、胸騒ぎを覚える。


 先輩の顔はお店で見せてくれた柔らかい表情が嘘のように消えていた。出会った頃のような冷たい目をしていて、近寄らせない雰囲気をまとっている。


 先輩、今日の反省会はどうしますか?そんなことも聞けないまま書類の山を片づけていると、背後から声がかかった。


「芦尾さん」


「はいっ。あ、所長……」


「ちょっといい?」


「わ、私ですか?」


 心臓がバクバクと脈打つ。何かしたっけ。エリ先輩と入れ替わって会議室へ連行される私を、里中さんが心配そうに見つめる。


 大きな観葉植物とホワイトボードがひとつ置かれた無機質な会議室の、大きなテーブルの中央に座るよう指示を受け、私は震えながら椅子を引いた。所長はその向かいに座り、息をひとつ吐くと、手を組んで静かに切り出した。


「いきなりだけど、本題から入るね。人事に、匿名で告発があったんだと。獄谷君のことだ。強い恫喝のような叱責ーーーーつまり、パワハラの」


「えっ……」


 どくん、と心臓が動いた。パワハラ?エリ先輩が?

 

 所長は、顔を曇らせた。 


「芦尾さん……黙っておくから、正直に話してくれていいからね。あれは……君かな?」


「いえ!私じゃないです!」


 反射的に答える。無意識のうちに、テーブルを叩いていた。

 

「本当かな?考えられるとしたら、君しかいない」


 探るように私の目を見る所長。責めるつもりはないのだろうけど、疑われるのも無理はない。いつも大声で怒鳴られていたのだ。私が他の人なら、まず私を思い浮かべる。だけど。


「誓って言いますが、私ではありません」


「そうか……田中君と茂木君にも聞いたが、違うと言っていた。里中さんは彼の先輩だし、そうするとうちの営業所じゃないってことか」


 所長はエリ先輩以外の営業メンバーの名前を挙げ、候補から消した。腕を組み、考え込む。


「でも、エリ先輩は、最近変わろうとしています。私に対する態度も高圧的でなくなってきました。だから、何かの間違いだと思います」


「僕もそう言ってやりたいんだけど、これでもう3回目なんだよ」


 所長は頭を抱えた。その理由は、よく分かる。


「……私が転職してくる前のことですね」


「そう。2人も辞めちゃってるからなぁ……。次はないって、口を酸っぱくして言ったつもりだったんだけどね」

「証拠はあったんですか?」


「いや、ないよ。通報用のフォームに書いてあっただけ。内容も『人格否定』と、曖昧だっただけどね、人事も僕も、またか、っていう感じなんだよ」


 私は膝の上で拳を作ってうつむいた。信じたくない。嘘だって思いたいのに、彼の過去が私を所長や人事と同じ気持ちに引っ張ろうとしてくる。

 

「エリ先輩はなんと?」


「否定はしきれないって。彼も僕も、すっかり君が通報したのかと思っていたからね」


「そ、そんな…」


 エリ先輩まで、私が音を上げたと思っているんだ。ショックで、お腹のあたりが重くなる。


「芦尾さんではないことは分かった。ただ、彼が潔白を訴えない以上、通報は事実として処理される可能性が高い。僕も惜しいんだよ、彼は優秀な人材だからね。けれど、所内全員……覚悟しておいた方がいい」


 所長はテーブルに目を落として、口を引き結んだ。


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