24話 核心
エリ先輩は私から顔を隠すようにして笑っていた。こらえようとして我慢できなくなったみたいに、目が細まり、口の端の片方を吊り上げて。私が見ていると気づいて顔を戻そうとしたけど、完全にはいつもの仏頂面にならない。初めてまともに見る笑顔に、動けなくなる。
私の頭は、真っ白になってしまった。
「いいや。ラクダは過酷な環境でもタフに生きる強い動物だ。お前にそっくりだよ。こいつを買ってやろう」
「……あ、い、いらないですよ!私はもっとこういう、ウサギとかネコとか……」
我に返り、文句を垂れながら無意識に距離をとる。目の前にきれいに並べられた、小さな動物たちの木彫りを次々と手にとって選んでいるように見せたが、まったく頭に入ってこない。
「それがいいのか?」
「はい?あ、あれ」
気が付いたら私の持つカゴの中には、色んな商品が入っていた。麦わら帽子をかぶったクマに、あくびをするカメに、椅子で眠るイヌ。いつ手にしたのか、思い出せない。
「芦尾は欲張りだ」
先輩は混乱する私からカゴを奪うと、レジへ向かった。
「え!?ちょっと待ってください、自分で買いますから」
「カードで」
私を無視して、淡々と会計を進める。お店の前で紙袋を渡されて、私は観念して財布を引っ込めた。
「ありがとうございます……」
私は袋を覗き込んだ。こんなにたくさん……。私が無意識にカゴに放り込んだ商品を全て買わせてしまった。言えない。先輩の笑顔で頭がいっぱいになっていて、何を選んだかも分からないだなんて。
「あれ?ラクダも入っています。いらないって言ったのに……しかもふたつ!」
絶妙に可愛げのないラクダの木彫りを二体、少し吹き出しながら取り出して手の平に乗せると、先輩はひとつを取ってポケットに入れた。
「ふたつもやるもんか。こっちは俺のだ。気に入ったからな」
え……
「そ、そんなこと……」
先輩の言葉に、私の心臓は、もうごまかしようがない程に鳴っていた。
「そうだな。俺が女向けの雑貨を買うこともあるもんだ。じゃ、会社戻るか」
ううん。そんなことしたら、お揃いになっちゃう。
***
会社への電車を待つ間、静かなホームで、私は今日のイベントのことを考えていた。
「今日は……すみません。私がもう少し上手く立ち回っていれば、お客さんをしっかり次へ繋げられたかもしれません」
イベントは確かに大盛況に終わったが、営業所全体の手柄とは思えなかった。
「確かにな。俺も配置や段取りをもう少し詰めるべきだった。戻ったら、全員で反省会して次回の対策を立てよう。でも、広告にはなったんじゃないか」
こんなとき、以前の先輩だったら厳しい説教タイムになっていたはずなのに、今日は冷静に振り返ってくれた。
ふと、前に並ぶ女性の腕にかけられた紙袋が目に入る。最後の最後までエリ先輩から連絡先を聞こうとしていた女性が持っていたものと同じだ。
「先輩、人気者でしたね。あはは……鼻の下伸びてなかったですか」
冗談を飛ばしたつもりが、彼は私に冷ややかな目を向けた。
「お前は嬉しかったのか?商談で客に腰を掴まれたとき」
「……いいえ」
だって、あの女性は綺麗な人だったし。
「俺も同じだ。大事なのは、誰に言われるかなんじゃないのか」
アナウンスが鳴る。まもなく電車が到着すると。線路の向こうからゴーっと音がして、徐々にホームにその音が響いていく。
里中さんの言葉を思い出す。
さっきの15分間の意味を、木彫りのラクダの意味を、知りたかった。
「……誰ならいいんですか?」
「……乗るぞ」
エリ先輩は、電車に乗り込んだ。
会話は続けなかった。その代わりにひたすら窓の外に体を向け、流れていく景色を静かに眺めた。今日のイベントをしたショッピングモールが、だんだんと離れていく。
いつの間にか、車内の冷房も弱まる季節になっていた。
駅に着いたら、会社に戻る前にコンビニへ寄ろう。そして今日のお礼に、先輩にコーヒーを買おう。漆黒のパッケージの、苦いやつを。里中さんには、ノンカロリーのアサイージュース。そして3人で、残りの仕事をやっつけよう。
でも、私たちが反省会を開くことは、できなかった。




