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23話 短い時間の中で

 最後まで、私たちのブースは大盛況だった。


 私はほとんど貢献していないけれど、立ちっぱなしというだけでどっと疲れが押し寄せる。これから後片付けか。重い腰を上げて機材をしまう準備をしていると、里中さんが近寄ってきた。


「梨子ちゃん、私、先に会社帰るね」


「え。里中さん……?」


 驚いて、目を丸くする。里中さんって、後輩に雑用を押し付けるような人だったっけ?私の態度が悪かったかな。顔を曇らせていると、彼女は手で口を覆って囁いた。


「二人きりにしてあげる。デートでもしてきちゃいなさい」


「な……何言ってるんですか!」


 里中さんは、恋愛ドラマが好きだ。私たちの関係に妄想を膨らませて、楽しんでいるのだろう。


 デートなんか……そう思いつつも彼の様子を伺うと、すでにのぼりを畳んだというのにお客さんに囲まれていた。さっき、私のパンフレットを受け取らなかった人たちだ。


「あの、さっき分からなかったことがあって…」


「今日はもうお仕事終わりですか?」


 イベント終了時間を狙ったのか、女性たちがエリ先輩に個人的な関係を期待して寄ってきているのが、ひと目で分かった。 


 里中さん。この調子じゃデートなんか無理ですよ。いや、そんなつもりはないんだけど。

 

 私はてきぱきと設営を片付けながら、耳だけはしっかりと立てていた。


「いえ、すぐ社に戻ります」


「じゃあ、連絡先聞いてもいいですか?」


「ええ、お渡しした名刺に本社の電話番号がありますので、ご不明点がありましたらそちらへお願いします」


「できればお兄さんの……」


「では」


 鞄のファスナーを閉めたとき、先輩の声が、急に近いところから聞こえてくる。 


「芦尾、15分だけな。行くぞ」


「えっ?」


 先輩は私の抱えていた荷物を取り上げ、エスカレーターの方へ歩いて行った。




***



「行く、って、どちらに?」


 ノートパソコンが2台も入った鞄を涼しい顔で肩にかけて歩くエリ先輩を、早歩きで追いかける。

 

「買い物行きたいって言ってただろ」


「えっ……いいんですか?」


 イベント前は、すぐに会社に戻るよう言われていたのに。


「どの店だ。早く言わないと、なしにするぞ」


「えっと、『木のこみち』っていう木彫りのインテリア屋さんに行ってみたくて」


「雑貨屋?……3階だな」


 先輩は店内の地図を確認し、方向転換した。ネイビーのスーツ姿の背中を見る。行ってこい、じゃなくて、一緒に行くの?


 広い施設を目的のお店へ一直線へ向かう。『木のこみち』は、ファンシーな女性向けファッション小物の店の隣に構えていた。


ぬくもりに溢れた雑貨たちは、どれも作家さんの一点もののようで、棚に丁寧に並べられた作品たちが優しいライトに照らされている。


 その、いかにも女性が好きそうなかわいらしいお店に、エリ先輩は大きな歩幅で入っていった。


七三分けのスーツ姿の背の高い仏頂面がこのお店にいるのがとても変な感じだ。まるで、何かの営業に来た人みたい。いや、営業マンなんだけど。


 私も数秒遅れて入店する。手のひらにちょこんと乗る木彫りの動物たちの、マスコットみたいな可愛さに目を奪われ、今日の疲れが一気に吹き飛ぶ。


「可愛い。これも、あれも!どれにしようかな。15分じゃ選べない…!」

 

 店を一周するだけで30分はかかりそうだ。商品だけでなくディスプレイまでじっくりと堪能していると、横から何か差し出された。


「これなんか、どうだ。可愛いぞ。芦尾にそっくりだ」


「えっ……」


 エリ先輩の言葉に目が泳ぐ。い、今、可愛いって言った?


「………ってこれラクダじゃないですかっ!しかもこれだけ、リアル寄りの!」


 エリ先輩は、この店でいちばん動物の野性味を全面に押し出した、渋い木彫りコーナーの作品を手にしていた。


そんなにさっさと選んで欲しいかな!?口をへの字にして抗議しているのに、彼は私に背を向けて別の棚の前へ歩き出した。


「あの、もう少し愛らしくデフォルメされてるものを………」


 追いかけて、顔を覗き込んだ私は、言葉を止めた。




 先輩が、笑っていた。






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