22話 もうひとつの武器
「梨子ちゃん、見て。すごいよね、獄谷君。さすがの集客力だわ」
「そうですね……これでも一切笑わないの、エリ先輩しか許されないですよ」
里中さんと私は、列を作って対応するエリ先輩を感心しながら眺めた。彼一人で場がもつから、私たち女性陣の出番がほとんどない。
今日は、会社から30分ほど電車に乗ったところにできた新しい商業施設の中で、新規事業のデモ機体験会に出店。ターゲットは女性起業家。小さなブースに長机をおき、私たち第一営業所のメンバーで新規顧客の獲得を狙っている。
エリ先輩は、こんな場でも仏頂面だ。いつもはそれでもトークスキルがあるから、商談相手である管理職のおじさんたちの心を確実に掴んでいく。でも、今日の客層はどうだろうかと心配していた。
しかし、彼にはもうひとつの武器があったことを、私は忘れていた。
女性起業家応援会というのぼりを見て通り過ぎようとした人が、エリ先輩の顔を見てふらりとブースへ入ってくる。一人、また一人と、気が付けばうちのブースだけ行列ができている。
そう。エリ先輩のもうひとつの武器──それは、外見だった。
狙って客寄せパンダにしたつもりはない。しかし、スラっとした背丈、軽く立ち上げた清潔感のある七三分け、整った眉毛と力強い切れ長の目、シャープな輪郭……改めて見ると、女性客を集めるために用意したと言っても過言ではないほどに、顔がいい。
私たちアシスタントが呼び込みをする必要はほとんどなかった。エリ先輩は女性起業家はおろか、たぶん1ミリも起業に興味がないただの通りすがりのお客さんまで吸い寄せている。営業所としては鼻が高いが、それでいいのだろうか。
お客さんに無表情ながらもソフトの仕様を説明する先輩を見ていると、ふと気付く。今日のネクタイは、あの日のそれと同じものだ。
給湯室で彼が外してみせた、紅色のネクタイ。楠本さんが暴露した、腹踊りという衝撃的な過去。からかったつもりが、見事に反撃されてしまった。
あの後先輩は一週間ぐらい目を合わせてくれなかったけれど、ワイシャツを脱ぎかけた彼の、妙に色っぽい姿を思い出して、頬が熱くなる。
「それにしても獄谷君、変わったよね」
「えっ?」
里中さんが、耳元で上品に揺れるパールのピアスを軽く触りながら言った。
「梨子ちゃんに怒鳴ってるところ、最近見ないもの。梨子ちゃんも、彼と話してるときの顔が緊張していない。仲良く見えるわよ」
「い、いや、そうですかね。いつも厳しいですよ。今日だって、せっかく新しいショッピングモールなんだから会社帰る前にお店見る時間欲しいってお願いしましたが、速攻で却下されました」
否定する必要はないのに、なぜかつい言い張ってしまう。先輩は怖いだけの人じゃないって、私だって思い始めているのに。
パンフレットを整理しながらぎこちなく笑う私に、彼女は目を細めた。
「ううん、全然違う。もしかして獄谷君、梨子ちゃんのこと好きなんじゃないの?」
「ま、まさか!!」
里中さんは小声で話していたのに、素っ頓狂な声をあげてしまった。里中さんは私を見て、喉の奥で笑う。
「真っ赤」
「やめてください、こんなところで」
里中さんにからかわれてしまい、手で顔を仰いでいると、接客中のエリ先輩と目が合った。彼の眼差しはある意味、私たちを冷静にしてくれた。なぜなら、接客中とは思えないほどすごい顔でこちらを睨みつけていたからである。
エリ先輩はお客さんの視線をモニターに誘導している隙に、こちらに向かって口パクで怒りをぶつけてきた──『何やってるんだ、早くパンフレットを渡せ!!』
ごもっともな怒りに、私たちは肩をすくめて対応にまわった。エリ先輩の商品説明を、目をうっとりさせて受けていた女性客を引き留めて、パンフレットを差し出す。
「お時間いただきありがとうございました。こちらよろしければ、パンフレットです」
「あ、いいです。さっきあの人から名刺もらったんで」
私からパンフレットを受け取ってくれた人はほとんどいなかった。
やっぱり顔で集客するのは、よくない。




