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恋は襟を正してから〜鬼上司の不器用な愛〜  作者: プリオネ
第三章 それぞれの過去
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21話 威厳の奪還

 冷蔵庫のモーター音が聞こえる。

 エリ先輩を見上げると、まだ顔を首元まで赤くさせたまま、楠本さんが帰った方向を見ている。


「……エリ先輩って、楠本さんと同期だったんですね」


 気まずさに耐えきれず、私は口を開いた。せっかくうまいこと話を逸らしたというのに、先輩は私の助け舟には乗らなかった。


「おい、俺の言い分を聞けよ」


「い、いいんですね?聞いても。楠本さんの言ってたことって、本当……なんですか?」


 エリ先輩はしばらく黙っていたが、覚悟を決めたように頷いた。


「……そうだ。でもな、理由があるんだ」


「はい、伺います。先輩の名誉のために」


 先輩は一言一言をゆっくりと確かめるように口にした。


「……俺は、会社員とは、そういう事をするものだと思っていた。あの時の会話の切れ目は、やれという合図だと思っていたんだっ……」


 未だに顔が真っ赤な先輩の必死の言い訳を、私は受け止めた。


「分かっています。エリ先輩は真面目ですから」


「……お前も話せ」


「え?」


 そこでまた、先輩は声を荒げた。


「芦尾も恥ずかしい過去を話せっ!俺を超えるような!!」


「そんな!無茶言わないでください。先輩の恥ずかしさはなかなか超えられません!!」


 つい本音が出てしまう。


「くそ、あいつ……絶対許さねぇ……」


「大丈夫ですよ。物凄く驚きましたが、私、引いていません。物っ凄く驚きましたけど」


「お前、馬鹿にしてるだろ?」


「していません。よく考えたら何事にも一生懸命なエリ先輩らしくて、親近感沸きました」


 ちゃんと本当の気持ちだ。エリ先輩の隠したい過去が、なんだか愛おしい。笑ってみせると、先輩は目を逸らした。


「うるさい……」


「……でも、ちょっとだけ、私も見てみたかったな、なーんて……」


 楠本さんに振り回される先輩があまりに面白くて、私もからかってみたくなった。でもその瞬間、先輩は黙ってこちらを見た。


「お前……」


 ぎくりとする。先輩はゆっくりと一歩、近づいてくる。まずい、言い過ぎたかも。私は後ずさりして、水道のある台に背をつける。蛇ににらまれた蛙のように動けなくなった私の前で、彼は──ネクタイをゆるめ始めた。


「え、えっ……」


「覚悟した上で言ってるんだろうな」


 いつもかっちり締まっている先輩の紅色のネクタイが、するすると離れていく。頬を赤く染めたまま、先輩の力強い視線がまっすぐに私を捉える。


「見たいんだろ。いいんだな?やるなら本気でやるぞ」


 ネクタイを腕にかけ、ワイシャツの第一ボタンに指をのせた。


 まさかここで今、腹踊りをするつもりなの!?


「待っ……!」


 ボタンがひとつ外され、わずかに開かれた襟元から肌が見えてしまい、私の心拍数は跳ね上がった。


「目を逸らすなよ」


 間違いない。先輩はワイシャツを脱ぐつもりだ。


 こんな真っ昼間から、オフィスで、2人きりの給湯室で!


 ふたつめのボタンも外され、素肌がどんどん露わになっていく。


 そして、みっつめのボタンにも指がかかり──私は、いてもたってもいられなくなった。


「ごめんなさいっ、やっぱりいいです!!」


「……」


 両手で顔を隠す私を見てフンと鼻を鳴らし、先輩は脱ぎ掛けたワイシャツを着なおした。






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