21話 威厳の奪還
冷蔵庫のモーター音が聞こえる。
エリ先輩を見上げると、まだ顔を首元まで赤くさせたまま、楠本さんが帰った方向を見ている。
「……エリ先輩って、楠本さんと同期だったんですね」
気まずさに耐えきれず、私は口を開いた。せっかくうまいこと話を逸らしたというのに、先輩は私の助け舟には乗らなかった。
「おい、俺の言い分を聞けよ」
「い、いいんですね?聞いても。楠本さんの言ってたことって、本当……なんですか?」
エリ先輩はしばらく黙っていたが、覚悟を決めたように頷いた。
「……そうだ。でもな、理由があるんだ」
「はい、伺います。先輩の名誉のために」
先輩は一言一言をゆっくりと確かめるように口にした。
「……俺は、会社員とは、そういう事をするものだと思っていた。あの時の会話の切れ目は、やれという合図だと思っていたんだっ……」
未だに顔が真っ赤な先輩の必死の言い訳を、私は受け止めた。
「分かっています。エリ先輩は真面目ですから」
「……お前も話せ」
「え?」
そこでまた、先輩は声を荒げた。
「芦尾も恥ずかしい過去を話せっ!俺を超えるような!!」
「そんな!無茶言わないでください。先輩の恥ずかしさはなかなか超えられません!!」
つい本音が出てしまう。
「くそ、あいつ……絶対許さねぇ……」
「大丈夫ですよ。物凄く驚きましたが、私、引いていません。物っ凄く驚きましたけど」
「お前、馬鹿にしてるだろ?」
「していません。よく考えたら何事にも一生懸命なエリ先輩らしくて、親近感沸きました」
ちゃんと本当の気持ちだ。エリ先輩の隠したい過去が、なんだか愛おしい。笑ってみせると、先輩は目を逸らした。
「うるさい……」
「……でも、ちょっとだけ、私も見てみたかったな、なーんて……」
楠本さんに振り回される先輩があまりに面白くて、私もからかってみたくなった。でもその瞬間、先輩は黙ってこちらを見た。
「お前……」
ぎくりとする。先輩はゆっくりと一歩、近づいてくる。まずい、言い過ぎたかも。私は後ずさりして、水道のある台に背をつける。蛇ににらまれた蛙のように動けなくなった私の前で、彼は──ネクタイをゆるめ始めた。
「え、えっ……」
「覚悟した上で言ってるんだろうな」
いつもかっちり締まっている先輩の紅色のネクタイが、するすると離れていく。頬を赤く染めたまま、先輩の力強い視線がまっすぐに私を捉える。
「見たいんだろ。いいんだな?やるなら本気でやるぞ」
ネクタイを腕にかけ、ワイシャツの第一ボタンに指をのせた。
まさかここで今、腹踊りをするつもりなの!?
「待っ……!」
ボタンがひとつ外され、わずかに開かれた襟元から肌が見えてしまい、私の心拍数は跳ね上がった。
「目を逸らすなよ」
間違いない。先輩はワイシャツを脱ぐつもりだ。
こんな真っ昼間から、オフィスで、2人きりの給湯室で!
ふたつめのボタンも外され、素肌がどんどん露わになっていく。
そして、みっつめのボタンにも指がかかり──私は、いてもたってもいられなくなった。
「ごめんなさいっ、やっぱりいいです!!」
「……」
両手で顔を隠す私を見てフンと鼻を鳴らし、先輩は脱ぎ掛けたワイシャツを着なおした。




