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恋は襟を正してから〜鬼上司の不器用な愛〜  作者: プリオネ
第三章 それぞれの過去
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18話 のどかな午後の給湯室で


「お疲れ様です。あー、疲れた」


 普段あまり聞かない声に振り返ると、薄い水色のワイシャツの袖を捲り上げた男性がふらりと入ってきた。その裾からは、日焼けしたたくましい腕が覗く。この間の全体会議で、一人だけ事務員として出席していた私の緊張を解いてくれた、埼玉のエースだ。


「楠本さん!お疲れ様です。定例会終わったんですね」


 楠本さんは私だと気付くと、パッと顔を明るくさせた。


「おう、芦尾っちか。本当だよ。座りっぱなしで腰痛ぇ」


 楠本さんは肩をまわしたり、腰に手をあてて左右に揺れながら、『ご自由にどうぞ』と書かれたかごのお菓子の個包装を開けて口へ放り込んだ。


「楠本さん、焼けましたねー」


「そうなの。フットサルの大会があってさぁ。ほら、あの暑かった日」


「日曜日ですか!命がけですね。私なんて1日中眠っていました」


 軽い雑談を交わす。仕事も忙しいのに、休日まで。楠本さんのバイタリティに感嘆の声を漏らしていると、彼はおもむろに紙袋を漁りだした。


「つーかさ、お菓子配ろうと思ったんだけど、土曜日って本社の人あんま出てないんだな!ここに置いたらいいよね?」


 デパ地下のお土産コーナーに置いていそうな、青と白のストライプが爽やかな包みを開いて、中身をかごに並べていく。


「わざわざ全員分……いつもありがとうございます」


 本社に来るときは必ず、年配の社員向けには塩せんべい、若い女子社員にはフィナンシェと、毎回選んで買ってきてくれる楠本さん。本当に、いちいち好感度の高い人だ。

 

「暑いからジュースもいくつか買っといた。冷蔵庫入れとくから、飲みたい人いたら声かけといて。芦尾っちはこれなんか、どう?」


 彼はテーブルに置いたピーチヨーグルト味のペットボトルを、私の前に滑らせた。


「わ、すみません……いただきます」


 小さく会釈して、手元に引き寄せたときだった。音を吸収するはずのフロアカーペットをゴツゴツと踏み鳴らす、なんとも無慈悲な音が聞こえてきた。その音は私たちのいる給湯室の前で止んだ。見ると、つやつやの茶色い革靴の持ち主が、楠本さんと私に刺すような視線を浴びせて立っていた。


 エリ先輩だ。

 

 な、なんか怒ってる……?その目があまりにも冷たくて、心当たりもないのに固まる私。しかし、一瞬で凍り付いた空気を溶かすように、楠本さんが笑顔で彼を迎えた。


「お、エリ。お疲れ」


 エリ先輩は楠本さんのせっかくの挨拶を無視してテーブルの前に立ち、私の手元にあるジュースに目をやった。


「……芦尾、それなんだ。お前らしくないな」


「このジュースですか?これは楠本さんにいただきました」


「……そうか」


「あ、そうだ。これから3人でメシでもどうだ?」


 屈託のない笑顔を向ける楠本さんの提案までも無視を決め込む。そして彼は、ポケットから茶色いパッケージのペットボトルを取り出し──私がたった今受け取ったピーチヨーグルトジュースを弾き倒しながら、テーブルに置いた。





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