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恋は襟を正してから〜鬼上司の不器用な愛〜  作者: プリオネ
第三章 それぞれの過去
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15話 歴戦のツワモノ


 本格的に夏が始まる。夕方だというのに太陽は容赦なく、くたびれた社会人たちを焼いていく。


 でも、今日の外回りはこの蒸し暑さが報われるような手ごたえがあった。エリ先輩の得意技、『現場おねだり』が炸裂した。つまり、初回の契約では社長に基本機能のみを勧め、現場が困り始めた頃を見計らってアフターサポートに伺い、こんな機能もありますよと手を差し伸べる──先月仕込んでいた売上の種が、オプション契約希望という芽を出したのだ。


 最近は、私にも小さな役割が与えられている。先輩の目くばせを合図に、私がパンフレットを渡す。さらに、エリ先輩が苦手な雑談も「頼めるか」と言われるようになった。以前は「余計な口を挟むな」だったのに。それだけではあるけど、先輩の役に立てた気になれて、嬉しい。


 あとは会社に帰るだけ。ジャケットを腕にかけて手で顔を仰いでいると、先輩が立ち止まった。


「コンビニ寄るぞ。今日の分がまだだったからな」


 エアコンのきいた天国をまっすぐに歩き、慣れた手つきで私の好物『ロングカフェ ひといきキャラメル味』を手に取る。会計を済ませてそのまま、私の手に渡してきた。


お礼を伝えると、先輩は私が一口飲むのを待ってから、駅へ向かって歩き出した。


 あれからエリ先輩は、本当に毎日私に飲み物を差し入れてくれるようになった。遠慮したときもあったけれど、先輩が引かないため、ありがたく受け取ることにしている。おかげでこのブラウンのパッケージを見ると、先輩の顔が浮かぶようになってしまった。

 

 先輩……


 今日は暑いから、できれば隣のレモンスカッシュがよかったって言ったら怒るかな。



***



「……さっきは大丈夫だったか」

 

 先輩は自分用に買った水を飲みながら、今日のお客さんのことを振り返った。


「ああ……あれですか」


 コンビニに立ち寄る前のことだ。商談が終わり、先輩に続いて応接室を出ようとしたとき──お客さんの一人が、私に耳打ちした。


『次は上司とじゃなくて、君だけで来てくれたらオプション追加しちゃうかも』


 腰に手をまわされて固まったとき、エリ先輩が振り返った。さっと手を離した社長に、優しく、しかしはっきりと言った。


『お見送りはこちらで結構です。本日はありがとうございました』


 頭を深く下げながら私の背中を押して、先に歩かせたのだった。

 

「あれぐらいは平気です。でも、ありがとうございました」


 へらへらと笑う私を、先輩は呆れたように見下ろす。


「芦尾は肝が据わっているな」


「だって、前職が前職ですから」


 えへん、と胸を張る私を、先輩はまじまじと見る。


「お前は前職を語るとき、いつも歴戦のツワモノみたいな顔になるな」


「あはは……いい例えです」


 エリ先輩の目には私が兵士に映っているのかと、笑ったときだった。






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