15話 歴戦のツワモノ
本格的に夏が始まる。夕方だというのに太陽は容赦なく、くたびれた社会人たちを焼いていく。
でも、今日の外回りはこの蒸し暑さが報われるような手ごたえがあった。エリ先輩の得意技、『現場おねだり』が炸裂した。つまり、初回の契約では社長に基本機能のみを勧め、現場が困り始めた頃を見計らってアフターサポートに伺い、こんな機能もありますよと手を差し伸べる──先月仕込んでいた売上の種が、オプション契約希望という芽を出したのだ。
最近は、私にも小さな役割が与えられている。先輩の目くばせを合図に、私がパンフレットを渡す。さらに、エリ先輩が苦手な雑談も「頼めるか」と言われるようになった。以前は「余計な口を挟むな」だったのに。それだけではあるけど、先輩の役に立てた気になれて、嬉しい。
あとは会社に帰るだけ。ジャケットを腕にかけて手で顔を仰いでいると、先輩が立ち止まった。
「コンビニ寄るぞ。今日の分がまだだったからな」
エアコンのきいた天国をまっすぐに歩き、慣れた手つきで私の好物『ロングカフェ ひといきキャラメル味』を手に取る。会計を済ませてそのまま、私の手に渡してきた。
お礼を伝えると、先輩は私が一口飲むのを待ってから、駅へ向かって歩き出した。
あれからエリ先輩は、本当に毎日私に飲み物を差し入れてくれるようになった。遠慮したときもあったけれど、先輩が引かないため、ありがたく受け取ることにしている。おかげでこのブラウンのパッケージを見ると、先輩の顔が浮かぶようになってしまった。
先輩……
今日は暑いから、できれば隣のレモンスカッシュがよかったって言ったら怒るかな。
***
「……さっきは大丈夫だったか」
先輩は自分用に買った水を飲みながら、今日のお客さんのことを振り返った。
「ああ……あれですか」
コンビニに立ち寄る前のことだ。商談が終わり、先輩に続いて応接室を出ようとしたとき──お客さんの一人が、私に耳打ちした。
『次は上司とじゃなくて、君だけで来てくれたらオプション追加しちゃうかも』
腰に手をまわされて固まったとき、エリ先輩が振り返った。さっと手を離した社長に、優しく、しかしはっきりと言った。
『お見送りはこちらで結構です。本日はありがとうございました』
頭を深く下げながら私の背中を押して、先に歩かせたのだった。
「あれぐらいは平気です。でも、ありがとうございました」
へらへらと笑う私を、先輩は呆れたように見下ろす。
「芦尾は肝が据わっているな」
「だって、前職が前職ですから」
えへん、と胸を張る私を、先輩はまじまじと見る。
「お前は前職を語るとき、いつも歴戦のツワモノみたいな顔になるな」
「あはは……いい例えです」
エリ先輩の目には私が兵士に映っているのかと、笑ったときだった。




