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13話 静かな夜

 駅の北口周辺に広がる飲み屋街に向かって、エリ先輩はずんずんと歩く。私は親ガモについて泳ぐ子ガモのように、彼を見失わないように足をせわしなく動かした。


 4人掛けのテーブル席に向かい合わせに座る。所内の懇親会で何度か一緒に飲んだことはあるけど、二人というのは初めてだった。


 お酒の席でのふるまいというものは、特に営業職として叩き込まれている。後輩としてうまく立ち回らなきゃ、そう思ってメニューを取ろうとしたとき、先輩の手が先に伸びてきた。


「選べ」


 いつもは一番下が注文を聞いてまわれとうるさいのに。飲み会の時と全く違う先輩の態度に戸惑う。なんだかエスコートされている気分だ。広げられたメニュー表を、慌てて眺める。


「ええと、ええと。あ、これ美味しそうです。オレンジ杏仁サワー」


「……今ので分かったぞ。芦尾は、苦味や酸味と甘みの中間ではなく、両方感じ取れる味が好みなんだな」


 先輩の言葉に、ハッとする。


「そうかも……!確かに、どっちの味覚も刺激してくれる味が好きかもしれません。先輩、さすが!」


「お前の好きな料理を当ててやる。見てろ」


 そう言って店員さんを呼ぶと、先輩は私のオレンジ杏仁サワーと自分のハイボールに加えて、手際よく注文を重ねていった。


「あと、手羽先の甘辛焼き。長芋の明太バター、カマンベールチーズとはちみつのピザ。お願いします」


 注文を終え、メニュー表をパタリと閉じた先輩に、私は称賛の拍手を送った。


「……凄い!全部私好みです!!何ですかその特技。今度の接待でも披露してくださいよ」


 醤油と砂糖の絡まったソース。塩気とはちみつの甘み。どれも私が選んでいたであろう一品だ。あまりにも的確に好みを当てられて、もはや笑いがこみあげてくる。でも、先輩は私の目を見て真顔で言った。


「これでリベンジできたか?」


「えっ?あっ……はい、おみそれしました」


 ……もしかしていちごミルクのこと、気にしていたのかな。


 ほどなくして届けられたドリンクを持って、乾杯する。大衆居酒屋のざわめきの中、今日という一日を乗り越えた、残業常連組の静かな打ち上げが始まった。




「いやぁ、今日も忙しかったですねーー…………」


 それぐらいしか共通の話題が思いつかない私には精一杯の導入だ。その忙しさを助長させた先輩に向かって言っていい言葉だったのか、口にしてから焦り出したものの、先輩はハイボールをあおって肯定した。


「そうだな。月末なのに早く確認してもらえて助かった」


「あ、ありがとうございます……でも私、FAXの番号に電話しちゃったりして、変な音が流れてきて焦りました」


 今日はやたらと褒められる。慣れていない私はどう返したらいいか分からなくて、つい失敗談に舵をきってしまう。


「俺も今日は失敗だらけだった」


「エリ先輩が?」


 どっと笑い声が起こる隣の宴会席を一瞥しながら、先輩は頷いた。


「ああ、今日は全滅だった。名刺すら渡せなかった」


「そ、そうなんですか……そんな日もありますよ」


 軽々しく励ましてはいけない気もするけど、私にはそれしか言う事ができなかった。


「芦尾がいれば、社長に会えたのかって考えていた」


「私ですか?私なんて、先輩のおまけみたいなものですよ」


「お前には愛嬌がある。積極的に人と関われるからな。俺にはできん。芦尾はやはり営業向きだ」


 思わぬ言葉に、そわそわしてしまう。そんな風に思ってくれていたんだ。


「先輩はたくさんの武器をお持ちです。結果も出しています」


「違うんだ」


「?」


 先輩は、手元のグラスを見つめた。





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