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12話 好きなもの

「あれは……どうだった。うまかったか」


「……あ!いちごミルクですか」


 私は半分ほど中身の減った紙パックを手にとった。


「ありがとうございました。おいしかったです。まさかエリ先輩から差し入れをいただけるなんて……」


「甘いのが好きなんだろ」


「え?」


「楠本に話してただろう。昨日はブラックをやって悪かったな」


 私は昨日のことを思い返した。確かに言った気がする。会議前に楠本さんからカフェラテを貰ったとき、「甘いのが好き」だと。あれ、聞いていたんだ。


「い、いえ、とんでもないです!昨日も嬉しかったです」


「………じゃあ、明日もそれでいいな」


 エリ先輩は、リストから目を離して私を見た。切れ長の目に捉えられ、私は思わず目を逸らしてしまう。ほんの少しだけ、優しい目をしてる気がしたから。


「あっ、明日もだなんて、そんな」


「毎日買ってやる」


 なんで?


「そ、それは……」


「嫌なのか?」


「嫌じゃないです。ただ…………」


「なんだ」


 私は動揺のあまり、至極どうでもいいことを口走った。


「……ブラックコーヒーが苦手なのはそうなんですけど、実は甘すぎるのも苦手なんですよね」


 そう言うと先輩の目は一瞬で、いつもの猟犬のような鋭い瞳に戻った。もしかして、やってしまった?


「……………………お前はワガママだな!」


「すみません!!」


 背中を丸め、ぎゅっと目をつぶって謝る私。先輩のご厚意に、なんてことを。


 でも、それ以上の言葉はなかった。おそるおそる顔を上げると、先輩はリストに目を戻していた。


「……だったら、何が好きなんだ。言え、商品名まで正確に」


「……ロ、『ロングカフェ』の……ひといきキャラメル味です……」


 尋問に正直に答えると、先輩はカッと目を開いてまた声を荒げた。


「キャラメルだと……?キャラメルも甘いだろっ!」


「すみません!!ロングカフェのコーヒーは苦味と甘味のバランスが良くって好きなんですっ!」


 私の言い分を、先輩はイライラしながら聞いていた。


「……分かりづらいな。本当にそれでいいんだな?」


「はい……」


 私、なんで怒られてるの?涙目になりながら首を縦に振った。やっぱりすごく怖い。怖いんだけど、なんだか………


 意図がつかめず、私は先輩の表情を探るように顔を覗き込んだ。先輩はパソコンを操作し始めて、また黙ってしまった。話はこれでおしまいだろうか。でも私は、どうしてもこのままで終わる気分になれなかった。


「エリ先輩は、何がお好きなんですか…?」


「……俺の好みを知ってどうする」


 それはこっちのセリフだ。


「いえ、なんとなく……私も先輩のこと知れたらいいなぁ、と……」


 そうしたら、一緒に仕事をする相手として、もっと仲良くできる気がして。先輩は数秒の沈黙ののち、口を開いた。


「俺は、海が好きだ」


 …………海?なぜ急に?飲み物の話してたつもりなんだけど……


「あの、海水を飲むのがお好きってことでしょうか…?」


「……お前本気で言ってるのか?そんなわけないだろ。行くのが好きなんだよ」


 怪訝そうな目を向けられる。いや、私は悪くない。


「で、ですよね。海……いいですよね。どちらの海に?」


「毎回適当に調べて、車で向かうんだ。できるだけ遠い場所がいい」


「へぇ……!ドライブですか。今の時期は風が気持ちよさそうですね。海の家のメニューも違ったりして、色々回るのも楽しそう」


「鍵ノ先海岸の焼き鳥はうまい」


 ぽつりと、まるで独り言のように言った先輩が、パソコンの電源を落として立ち上がりながら続けた。


「……なんか腹減ってきたな。行くか」


「えっ、海にですか!?」


 思わず声を上げた私に、わずかに眉を動かして答える。


「だから、そんなわけあるか。そこの居酒屋だ」


「あ、ですよね……」


 びっくりした。さっきから話が嚙み合わない。


 でも、居酒屋?先輩が私を誘った?混乱がおさまらない私に、先輩が問い返してきた。


「海、行きたいのか?」


「い、いえっ!別に、そういう意味じゃ……!」


 恥ずかしい。私が変に期待しているみたいになってしまった。慌てて否定する私の横で先輩はカバンを取り、ドアに向かって歩き出す。 そして背を向けたまま、低い声で言った。


「また今度な」


「…………えっ」


 そうして、ドアの向こうへ出ていってしまった。


 先に居酒屋に出発してしまったのに、私はしばらく動けなかった。









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