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命があること、失うこと。

その境目はひどく曖昧だ。


医師が死亡診断を下すまで、その人は生きていたことになる。


呼吸が止まって、心臓が止まって、脳が活動を停止して。

それを医師が確認したら、それが医学的な死ということ。


でも、たった今まで息をしていた状態と、息を引き取った状態に、見た目では何か大きな違いがある訳じゃない。

横たわるその人の鼓動が完全に止まっているのか、また動き出すのか、それは簡単には判断できない。

ただ眠っているのか、永遠に目覚めないのか、その境目は簡単には見分けられない。


それは多分、死を迎えた本人もそうなんじゃないかと思っている。


眠っている間に見る全ての夢を覚えている人間がいると聞いたことは無い。

それはつまり記憶の空白があるということ。

覚えていない「無」の時間があるということ。

「生きている」と本人でさえ自覚できない時間があるということ。

その延長上に死があると考えれば、死そのものへの恐怖も和らぐ。


それはきっと、過去に生きて来た数多の人間が宗教や死生観を形成する過程で、必ず訪れる「死」に対して恐れを取り除くために試みて来た解決策の一つだろう。

「安らかに眠る」という言葉の意味するところは、死者への慰めだけではないと思う。


死を恐れる理由を考える時、「自分」という存在が無に帰すことへの恐怖がある。

無になるということは、その先の未来が永遠に閉ざされるということ。

じゃあ、逆に永遠に生きることが怖くないかと言えば、それも恐ろしいことのように思う。


だとすれば、恐怖の根源にあるのは「永遠」という時間にあるのではないだろうか。


時間という概念が無ければ、そもそもそれを恐れることは無い。

ただ生きている「今」しか考える必要がない。

そういう意味では、知性があることの弊害のようにも感じる。


死への恐怖は本能的なものだから、ヒトに限らず他の動物にもある。

死を予感する場面に直面すれば、それを回避する行動を取るのが生き物として当然のことだろう。


でも誰かの死をきっかけにしたり、自分の余命を宣告されたり、───そうでなくてもヒトは考えるし想像する。

必ずしも死に直面することが理由でないところは、他の動物と異なる。


宗教にその救いを求める人がいれば、死を科学的に回避しようとする人もいる。

死に直面した誰かの隣に寄り添うことも、多くの人とその痛みや悲しみを共有することで乗り越えようとすることもある。

ヒトであるからこそ悩み、人であるからこそ希望を見出せるとも言えるのだろう。


今ここまで「死」について考えるのは、もちろん死に直面したから。

飼っているペットの最期を看取ったからだ。


人間相手なら医師がその判断を下してくれるけれど、ペットはそういう訳にいかない。

家で看取る時、その命が尽きるのを見守りながら、いつとも分からないその瞬間を寄り添って待つ。

いつその瞬間が訪れても良いように。


ヒトと同じで、息を引き取る瞬間が目に見えて分かるなんてことは無い。

眠るように横たわった体が、徐々に熱を失い硬直していくのを手の平から感じる度に、「亡くなった」という現実を突きつけられる。

そうして徐々に、目の前の命がもうそこに無いことを受け入れるしかなくなる。


これまでも何度も見送ることがあった。

自分のペットだけでなく、親族や縁のあった他人を。


見送ることにも、その度に死について考えることにも、きっと慣れることは無い。

それでも、この先もきっと最期を看取ることを避ける道は無いし、いずれ訪れる自分の死に対しても向き合わなくてはならないのだろう。


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