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あめつち  作者: きまぐれ猫


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お伊勢参り

伊勢神宮という場所は、昔から特別な神域だった。

庶民の参拝が許されてからは、特に江戸時代に、一生に一度は参拝したいとお伊勢参りが憧れになった。

その当時は険しい道のりを何十日もかけて行くのだから、誰もが目指せたわけではなく、近くの人が参宮すると聞くと代理をお願いする人もいたという。

今は交通手段が発達して、その頃よりも断然安全で簡単に訪れることが出来るようになったけれど、それでも、お伊勢参りは特別なもののように思う。


お伊勢参りでは、参拝する際、まず二見浦で禊をし、外宮、内宮の順に回る。

江戸時代には二見浦の海水を浴びて禊をしていたが、今では二見興玉神社に参拝することで禊の代わりにしている。

そんな風に昔と現在では変わった所もあるけれど、参宮の間の観光を楽しんだり、大御神のご加護をいただきたい思いだったり、参拝者がお伊勢参りに向かう心持ちは同じなのかもしれない。


二見浦といえば夫婦岩が有名だ。

夏至の時期には夫婦岩の間から朝日が昇る光景を見られる。

私が訪れたのは真逆の冬至の時期で、晴れてはいたけれど風の強い日だったのもあって、海が荒れて波しぶきも飛んできていた。

それはそれで、なかなか出来ない希少な体験かもしれないし、何より強く記憶に残る参拝だったことは間違いない。


その頃だと、内宮の宇治橋の大鳥居から日の出を望める。

まだ薄暗く大鳥居の上に三日月が昇っている時間から、多くの人がカメラを構えていたのも思い出だ。

早朝は日中と比べると参拝者が少なく、ゆっくりと見て回れるのも良い。

冬独特の冷たく澄んだ空気と静けさが、神聖な場所に来たという気持ちをより強くする。


伊勢神宮で印象深く覚えているのは、どの樹木も大きく立派で、長い歳月を経て来た重みが目に見えるようだったこと。

それから、木々を通して地上に差す光がとても綺麗だったこと。

階段を上がって正宮を目の前にすると、想像していたよりも心は落ち着いていたことが思い出される。


伊勢神宮にはおみくじが無く、参拝自体を大吉としていることは有名だけれど、行けば必ず参拝できるわけでは無いことを地元の人以外はあまり知らないかもしれない。

例えば天皇陛下が参宮されている時や、雪が積もっている時には一般の参拝が停止されることがある。

運悪くそうした日に当たった客を乗せたことがあるタクシーの運転手が、「今日は運が良かったですね」と教えてくれた。


正宮だけでなく、伊勢市内も含めて多くの別宮が鎮座している伊勢神宮。

一度だけ訪れたその時は、二見浦から外宮、内宮を参宮しただけで、敷地の外の別宮までは参拝できなかったことが心残りになっている。

また機会があるならば、今度はゆっくりと多くの別宮とともに参宮するのが夢の一つだ。


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