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あめつち  作者: きまぐれ猫


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金木犀

秋といえば、窓を開けた時や街の中を歩いている時、どこからか金木犀の香りが漂ってくる季節。

普段は何気なく見ている木の一つだけれど、花が咲いて香りを感じることでそこにある木が金木犀だということを認識させられる。

その上で見てみると、庭木として植えている家は思った以上に多いことに気が付く。


祖父母の家にも大きな金木犀があって、それがちょうどトイレの窓の傍だったから、秋になると金木犀が天然の芳香剤だったことは子どもの頃の思い出だ。

金木犀の香りが嫌いというわけではないが、その記憶が強烈に残っていて、トイレと結びついた香りになってしまっている。それもあって我が家の庭には金木犀を植えていない。


記憶と香りが重なると、良い思い出にしろ、嫌な思い出にしろ、なかなか消えることが無い。

ご飯が炊ける匂いは、お手伝いでお米を研いでいた子どもの頃を思い出させる。

ご飯を研ぐだけじゃなくて食器洗いや水回り全般が私の役割だったのだけれど、炊飯器から立ち上るご飯の匂いは、小学生の頃の自分を思い出すトリガーだ。


他にも、ヤマユリの香りは山登りに行った帰り道の車内の記憶に繋がるし、白檀の香りは旅行で立ち寄った寺社のお土産を思い出す。

それぞれ違うお寺で買った、特に選んだつもりは無かった品物だけれど、お線香の香りも、お守りに使われていたのも、どちらも白檀の香りだった。


お線香で言うと、家では白檀の他にも沈香や伽羅、龍涎を焚くことがある。

煙と一緒に立ち上る香りを楽しむお香は、部屋や自分自身の浄化の意味もあるらしく、それも含めて良い気分転換になっている。

平安時代には、お香の香りを部屋だけでなく着物や手紙に焚き染める文化があった。

当時は入浴の習慣が無かったために、お香の香りで体臭を誤魔化していたという理由もあるそうだが、現代から見ると風流な文化だと思う。

それを知ってから、たまにではあるけれど、私もハンカチに香りを移して持ち歩いている。


身に纏う香りでいえば、柔軟剤やシャンプー、トリートメント等のヘアケア商品の香りが一番身近かもしれない。

そうした商品を購入する時には、品質はもちろんのこと、好みの香りで選ぶことが多い。

ただ、私にとっての金木犀がそうであるように、良い香りが誰にとっても好まれる香りとは限らない。それが身に纏う香りを選ぶ時の難しい点だ。

日本では香水が売れないという話を聞いたことがあるから、強い香りが苦手だという人が多いのかもしれない。

そういう点で、柔軟剤やヘアケア商品というのはちょうど良い選択肢になるのだろう。


毎日使っていると慣れてしまって自分では気にならなくなってしまうけれど、香りというものはその人の印象に繋がる大きな要素だ。

自分自身の好みだけではなく、周囲の人に不快感を与えないために香りを使う場面もある。

印象を変えたい時に普段とは違う香りを選ぶのも良いかもしれない。

だからこそ、昔も今も香りにこだわった物があって、逆に消臭用の商品も求められる。

香りというものは、きっと昔からそうして人の生活に寄り添ってきたものなのだろう。


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