彼岸花
お彼岸の時期になると、まるでそれが分かっているかのように彼岸花が咲き始める。
毎年、お墓参りに行く度に彼岸花が咲き乱れている光景を見て、それまで影も形も無かったのに、と不思議に思うものだ。
それでも、今年は夏の酷暑の影響でどこの彼岸花も開花が遅れていると聞く。
私のご先祖様のお墓周りに咲いていた花も、ようやく開花し始めた一部だったのかもしれない。
多年生の球根植物で、毎年同じ場所に咲く彼岸花。
葉が無く、花茎だけが延びて一斉に花を咲かせる光景は神秘的にも感じる。
考えてみると、彼岸花の葉がどんなものなのか気にしたこともないし、どんな形なのかも知らずにいる。
花が終わると葉が伸び、次の年の夏には枯れるそうだから、そうだと気付かないだけで目にしたことはあるのかもしれない。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言う通り、今年も秋のお彼岸の頃には厳しい暑さが和らいで、特に朝晩は涼しく感じる気温になった。
その気温の変化が彼岸花の咲き始めるきっかけになる。
季節によって花咲く植物が変わることを考えれば、他の植物でも気温の変化が条件になっていることは当然なのだけれど、彼岸花ほど一斉に咲くことが不思議に思うものは無い。
鮮やかな色といい、姿形といい、何か独特で特別な存在感のある花だ。
人間も、気温の変化を感じ取って行動や生活を変える。
衣替えをして服装を変えることもそうだし、食べるものも気温で変わる。
例えば、暑くなると冷たい素麵、寒くなると温かい鍋などを食べたくなるのは、気温の変化が大きく関係している。
コンビニエンスストアに中華まんやおでんが並び始めるのは、まだ早いんじゃないかと思うような時期。
不思議に思うけれどそこにはきちんと理由があって、温かい食べ物というのは、ずっと寒い日が続くよりも急に気温が下がった時の方が売れる。
残暑でまだ暑いと感じている頃から売り出さなければ急な気温の変化に間に合わないのだから、売り出す時期を見極めるのは難しいものだ。
この先も、平年よりも気温が高い傾向が続くという。
朝には羽織る物が必要でも、昼間になると半袖の服でないと暑く感じる陽気。
完全に衣替えできずにいるのは、きっと私だけではないだろう。
いずれ過去になる今が「平年」になった時、その時にも気温は上昇し続けているのだろうか。
ずっと昔、子どもの頃に読んだ本に、太古からの氷河期のスパンで見ると、今は次の氷河期に向かって折り返して近づいている時代なのだと書かれていたことが思い出される。
そうした地球全体での変動は何万年単位で起こることだし、そうそう実感するような変化は無いだろう。
加えて何十年も前の本の情報だから、もしかしたら今では違う通説があるかもしれない。
それでも、それと正反対のように感じる現状は、遥か遠い過去からの流れに沿って変わるのだろうか。
今はただ、ここにある毎日の小さな変化を感じ取って、季節が巡っていることを実感していたいと思う。




