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あめつち  作者: きまぐれ猫


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秋の気配

以前なら、九月になれば秋と言える気候だった。

爽やかな風が吹いて、見上げた時に目に映る空が高く遠く感じる。

夏のジメジメとした湿気を帯びた空気が乾いたものへと変わって、何をするにも過ごしやすい季節。


今は九月も中旬になるというのに、秋というにはほど遠い暑さが続いている。

ここ数年は庭木の紅葉が遅くなり、紅葉したと思ったらあっという間に枯れてしまうことがあった。

もしかしたら今年もそんな風に紅葉の時期が過ぎ去ってしまうのかもしれない。

これが異常なのか、これからも続く平常になってしまったのか、簡単には判断できないけれど、いずれにしても季節が無くなりつつあるように思えて寂しさを感じる。


そんな中でも、日中の暑さに比べると朝晩は気温が下がって、いくらか過ごしやすくなってきた。

そんな小さな変化が、きちんと季節が移り変わっていることを感じさせる。


庭に芽を出している植物の種類も、夏の盛りの時とは少しずつ違ってきている。

眺めているだけでは分からなかった小さな変化で、草むしりをしている時に、夏には無かった種類の草が芽生えていることに気が付いた。

日常を過ごしている中では暑さばかりに目が向いてしまうものだけれど、植物は季節が進んでいることをより敏感に感じ取っているのかもしれない。


夜に聞こえてくる虫の音も、秋の虫の声に変わった。

マツムシにスズムシ、コオロギの声。良く聞こえてきて聞き分けられるのはその辺りだろうか。

相変わらず昼間にはセミが鳴いているけれど、夜になればもう秋なのだと虫の音が訴えてくる。そして近いうちにはセミの声も聞こえなくなるのだろう。


今はまだ季節の移り変わりを感じることが出来る。

季節ごとに鳴く虫が違っていて、それを認識することが出来ているから。

でも、いずれ様々な虫が一斉に鳴くような気候になって、今ある認識も曖昧になって、季節そのものが曖昧になってしまう時が来るのかもしれない。

それがどれくらい先のことなのか、もしくは、すぐ先の未来のことなのかも分からない。


子どもの頃、花見や紅葉狩りは生きている年数の分しか見に行けないと気が付いた瞬間があった。

正確には、一つの時期に何度も見に行けば回数自体はその限りではないのだけれど、子どもながらに、今見ている紅葉がそのうちの一度なのだとショックを受けたことを覚えている。

そしてその時、あと何回見られるのかということを漠然と考えていた。


四季があること自体が得難いことで、今でさえ、地球上のどこにでも四季があるわけではない。

今の暑さが続く気候では、秋という季節が段々と短くなり、いずれ消えてしまうのかもしれない。

そうならないように努力するのが一番なのだけれど、まずは今ある季節の巡りを精一杯感じて楽しむこと。

それも大切なことのように思う。


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