ハグロトンボ
ハグロトンボは、トンボと名が付いていながら他のトンボとはだいぶ違うように見える。
姿形はトンボに違いないのだけれど、ひらひらと飛んでいる様子は蝶に近いし、止まった時の翅を立てて畳んだ姿は、他のトンボが翅を開いて止まるのと全く違っている。
稲が実って穂が垂れて来た田んぼの上では、この時期沢山のトンボが飛び交っている。その中にハグロトンボがいることは稀だ。
我が家は田んぼのすぐ傍なので、庭で見かける時というのはもれなく水辺の近くになるのだけれど、中でもよく見るのは木陰や草が生い茂った少し薄暗い場所が多いように思う。
ハグロトンボはその名の通り翅が黒いのが一番の特徴。
ただ、最近見かけた個体は腹部の色がメタリックグリーンで、違う種類のトンボのように見えた。
調べてみたらそれもハグロトンボに違いなく、むしろそれが雄の特徴であり、いつも見ていた全身が黒い個体は雌だったということらしい。
ハグロトンボは全身真っ黒と思い込んでいたこともあって、調べてみればすぐに分かることでも、未だに知らないことは沢山あるものだ。
ハグロトンボは、その黒い翅が特別視されるのか別名「神様トンボ」と呼ばれていて、私にはそちらの名前の方が聞き馴染みがある。
他にも「極楽トンボ」や「仏トンボ」という呼ばれ方をするらしい。
どちらもお盆の時期に飛んでいるハグロトンボが、先祖の魂を運んでいる、先祖がトンボの姿で帰ってくるという言い伝えから来ているそうだ。
そもそも、他のトンボと違う蝶のような飛び方や黒い翅という見た目、見かけることの少ない希少性が、目の前に現れた時に何か特別な意味を持っているように感じさせる。
そういう感覚は誰しもが持つものらしく、ハグロトンボの生態を調べている時に幸運にまつわる謂れも出てきた。
神様トンボと呼ぶくらいだから、ハグロトンボは神様の使いと言われていて、幸運が訪れるとか、大きな転機を迎えるサインとされているらしい。
それだけでなく、トンボが後退することなく前に向かって飛ぶことから、勝ち虫と呼ばれていることも知った。
もしかしたら中には悪い謂れもあるのかもしれないけれど、調べている時に目にすることは無かった。
わざわざ積極的に調べることもしていないから当然なのかもしれないけれど、どうせ信じるなら良い意味を信じる方が幸せだ。わざわざ悪い意味を信じる必要は無い。
それは、ハグロトンボに対する謂れに限らず私が心掛けていることであり、信条にしていること。
自分を幸せに出来るのは自分だけ、というのは、自分の心持ち一つで幸せにも不幸せにもなれるからだ。
もちろん心持ちだけでなく、日々の小さな選択の一つ一つが積み重なった結果でもあるだろう。
嫌なことが起きたとしても、無理矢理「幸せだ」と思い込むという意味でもない。
嫌なことは寝て起きたら忘れてしまおう、そう思っていても、全てを無かったことには出来ない。
それでも、嫌なことばかりに目を向けているのは苦しいだけで、何も良いことなんてないと分かっているから、少しでも自分の身に起きた良いことを考える。
ハグロトンボが目の前に現れることは、きっと良い兆し。
そう思えることが、自分を幸せにする一つの材料になる。
そんな小さな幸せの種をたくさん持っていることが、一番の幸せなのかもしれない。




