贅沢
田んぼに水が入り、代掻きが行われる時期になった。
代掻きとは、水を入れた状態で田んぼを耕すことで土を均す作業で、田植えをしやすくするために行うそうだ。
まだ冬の寒さが残る頃に土を耕す田起こしがあり、そこから水を張った代掻きの作業まで進むと、いよいよ田植えの季節が近いのだと実感する。
代掻きの作業が始まると、一体どこで見ているのか、それまで見かけることも無かったサギがどこからともなく飛んできて、水と土を撹拌しているトラクターのすぐ傍でじっと立っている。
混ぜ返された土の中から出てくる生き物を捕食するために来ているのだろう。彼らは稲刈りの時にも集まってくるから、人間の暮らしに密着した生態を築いているように見える。
サギだけでなく、代掻きされたばかりの田んぼにはカラスやセキレイも飛んでくる。目的はサギと同じだろう。
カラスはいずれにしても、普段近くではほとんど見ることのないセキレイが田んぼを飛び回っているのを見ると、田植えに向けて季節が進んでいるのを感じる。
きっともう少しすれば、我が家の周りでもツバメが飛び交うようになるはずだ。
昔から農業は、鳥たちだけでなく人間の暮らしと密接な関わりがあった。
二十四節季は季節を表す名前が付けられた暦で、農作業に関わりが深いものだ。
豊作を願うお祭りが春にあれば、秋には収穫を祝うお祭りがあって、季節ごとの祭事も農業と関係が深い。
単にカレンダー上の日付が進むことだけでなく、気温や気候、咲いている花の種類や植物の色の移り変わり、鳴いている鳥や飛んでいる虫の変化。そして何より、そうした昔から続く人間の営みを通して季節を感じることが出来るのは嬉しい。
日々生きていて、大きな変化はそうそう起こらないものだけれど、小さくても少しだけ季節が進んでいることを実感できることは、とても楽しいことだ。
毎日同じように流れる一日の時間の中に小さな変化を見付けながら暮らす。それは以前の自分自身からするととても贅沢な生活だと感じている。
「贅沢」というと、お金を使うことがまず思い浮かぶけれど、時間を使うこともとても贅沢なことだ。そう考えると、お金が無くても贅沢で心豊かな暮らしは自分次第で選び取ることが出来るということに気が付く。
理想の生き方というものが、人それぞれにあるだろう。
お金を使うことでしか体験できないことが世の中には沢山あって、そうした体験が人生を豊かにすることも間違いないし、そのためにお金を稼ぐのも選択肢の一つだ。
でもそれだけじゃなくて、自分が幸せを感じられるものを日々の生活の中に見付けることだって、その一つだと思う。幸せを感じられるもの、興味を持つものを増やしていけば、毎日が充実した楽しいものになる。
それが周囲の環境や身近な物の中にあって、幸せだと思えているのが今の私の毎日だ。
全てのことに恵まれているわけではないが、自分の境遇を有り難く思うこと、感謝する気持ちだけは忘れずにいたいと改めて思う。




