壁
最近、「壁」という言葉が多用されているように感じる。
「年収の壁」という言葉を使う政党がメディアで引っ切り無しに取り上げられたことに始まり、国会予算の承認を受けるまでの間は政党間の協議内容を報道する度に聞かされる。
あるいは次の国政選挙が行われる頃に、政策論争のネタになるのだろう。
思うに、その壁は「壁」ではなく「税金」だ。
税金の話をするのに、それを徴収することが国民にとっていかにも「悪」という印象を与えるために「壁」という言葉を使っているように思えてならない。
税金に対して良い印象を持っている人は少ないだろう。
源泉徴収票で自分の収入から国や自治体に納めている額を目にすると、正直に言えばがっかりする。
この額がすべて自由に使えるとしたら、どれだけ生活が楽になるだろう。そう思う。
でも、国や自治体で担っている事業や社会保障が沢山あって、いくら高額の収入があってもそこに個人でお金を出そうという人はほとんどいないだろうし、いたとしても数名で支え切れるものではない。
税金の使途は様々だが、例えば交通や生活インフラを維持することや、高額になりがちな医療費が生活に支障をきたさない程度に収まるよう使われている。
そう考えると、全く必要ない、納めても何も恩恵が無いという人はいない。
例えば、自分でなくても家族が手術して入院した時、その高額の費用を自分たちだけで払うなんて無理だ。
何百万円、場合によっては何千万円と掛かる手術費用だけで破産する。
病気や事故による怪我なんて、どれだけ気を付けていても完全に予防することは不可能。誰の身に降りかかってもおかしくない医療費の負担は、国の社会保障が無ければ誰もが受けられなくなる。
その一例だけでも、税金が無駄なものとは思えない。
では税金に対する今の不満はどこにあるかと言えば、きっとその使い道なのだと思う。
毎年のように拡大する予算の規模。その内訳が本当に必要で、私たちの生活が豊かになることに使われているという実感が無いから、無駄に消費されているのではないか、取り過ぎではないのかという不満に繋がっている。
その不満を解消する方法は、要らない予算を見直して削り、生活に必要な補助に回してくれる政党をきちんと選挙で選ぶことしかない。
選挙に行き、投票することが無駄になるのは、無関心でいる人、何も変わらないと諦めて投票にすら行かない人が多くなった時だ。
政治の問題といえば、金銭的な問題が昔からよく取り沙汰される。
政治家にお金を渡すこと、逆に政治家からお金を貰うことは罪になる。
それにも拘らず、様々な抜け道を使って献金する仕組みが存在していて、それはきっと、お金を持った企業や団体が、自分たちに都合の良い政策や税金の使い道を求めているということなのだろう。
そうして政治家に渡ったお金が何に使われているのかは、とても重要な問題だ。
裏金と呼ばれるどこにも記載されないお金は、選挙の時に票を買う資金になっている恐れがある。
実際に、市議らに対する買収で有罪になった国会議員がいた。それが他の選挙区でも横行していないと、今の状況では誰にも言い切れない。
立件されないことが無実である証明にはならないのだから。
投票率が低いということは、お金で買った票数で勝てる可能性が高くなるということ。
それでなくとも、利権がらみの団体票が有効になって、大勢の民意が反映されたとは言えない選挙になってしまうのではないだろうか。
裏金なり不記載なり、そのお金を不正に使う意味をなくすためにも、一人一人が投票して、投票率を上げることはとても大切なことだと思う。
自分の一票では何も変わらないと感じている人に、今一度良く考えて欲しいと思うし、投票に行く意義を教える機会をぜひ設けて欲しい。
日本では武力行使をせずとも平和的に政権交代や民意を反映させる手段があること、それがどれ程尊いことなのか、世界を見れば良く分かる。
自分たちの環境がいかに恵まれていて、それを守っていく為にどんな行動を取るべきなのか、考える必要があるのではないだろうか。




