お金
お金とは何だろう。
欲しいものを得るにはお金が必要。
ただ日々の生活を送るにもお金が必要。
そのお金を得るには、大抵の場合、働かなくてはならない。
労働力を提供し、働いて得た給料というお金を消費しながら、毎日を生きている。
つまりは労働力を消費しながら生きているということ。
でも、その労働に見合った対価を得ているのか、疑問に思うことも少なくない。
前提として、あくまでもこれは主観と独断による考えだと承知して欲しいのだが、例えば、人が生きていく上で必ず必要になるのが食糧。
中でも主食であるお米が最も重要な物だ。
だとすれば、最も価値のある労働はお米を生産する農業で、そこに支払われるお金が一番高くなければならない。
最優先でお金が回り、守られるべき労働が農業だ、というのが極論ではあるが私の考え。
でも、実際にはどうだろう。
一年かけて作ったお米を売っても、得られる対価は高くない。
昨今のニュースでも取り上げているが、農家の収入は市場の価格がすぐに反映される訳では無い。
市場での値段が吊り上がっても、流通の過程の誰かが儲けるだけで、長者番付の上位に農家の名前が載ることはない。
AIに給料を支払うという企業のニュースを見た。
その時に感じたのは、お金というものに対する大きな疑問。
AIに給料が支払われるならば、いずれ工場で作業を担うロボットにも給料が支払われるのだろうか。
例えそれが人でなくても、労働に対してお金を対価とするのが当然ということならば、いずれはそうなる可能性があるということだろうか。
遠くない未来にAIやロボットが出来る仕事が増え、人の労働力が必要なくなった時、お金の役割はどうなるのだろう。
お金を得たAIがその使い道を考え、経済を回し、人間はその輪から外れるのだろうか。
もちろん人間にしか出来ないことがあるのだから、全ての仕事が無くなることはないはずだ。
それでも、人にしか出来ない仕事が限られたものになった時、仕事に就ける人が減り、必然的に労働でお金を得られる人が減り、お金の持つ意味や価値が変わってくるのではないだろうか。
そんな自分でも荒唐無稽だと感じることを想像する。
ただ、今でさえ、世に必要なのかもわからない職業を名乗って、無駄にお金を集める人たちがいる一方で、必死に働いてもその日の暮らしに困る人がいる現実がある。
労働に貴賤は無いと言いつつ、努力だけでは埋まらないそうした格差が生まれる社会の構造は、どうしたら解消できるのか。
そもそも信用で成り立っている今の日本銀行券。
その存在や今ある経済活動を当たり前のように受け入れているけれど、いずれそこに破綻が生じる可能性は無いのだろうか。
人が幸せに生きるために、お金がどうあるべきなのか。どう使われるべきなのか。
お金をどう循環させれば、より良い世の中になるのか。
そんな取り留めのないことが頭を過った。




