5 藍色
誰かと夜明けの空を眺めた、という経験がほとんどない。
「孤独を好む」というのが決して強がりではなく、捨て去ることのできない自分の本質の一部なのだということ。それは、この三十数年の人生で思い知っていた。
だから関係が長く続きそうな気配を感じる相手とは、自分からそっと距離を取る。
俺は誰に対しても、他人でいたい。
それでも時々は発作のように、無性に誰かの肌が恋しくなる。
けれど所詮は一過性の、そんな衝動に周囲の誰かを付き合わせるくらいなら、カネで埋め合わせることを選ぶ。
ラブホテルの窓は開かない。だから、夜明けの空を見ることもない。
たった一度だけ、強烈に覚えている夜明けがある。
そのとき、俺と彼女は寒さに震えながら暗い空を見上げていた。
夜が明ければ、彼女は帰らなければいけなかった。自分の日常。俺と交わることのない日常に。
東の空の黒に少しずつ色が付き始め、やがて濃い藍色に変わる。
その変化を、二人でじっと見つめていた。
そして彼女は「行くね」と言った。
自分たちが朝日に照らされることを恐れていたのだろう。
多分、俺は「元気で」と答えた気がする。
言葉には何の意味もなかった。
ただ、彼女と二人で夜明けの空を見たことだけが大事だった。
だから、俺は本当は孤独を好んではいないのかもしれない。
だとすれば俺はまだひとり、あの場所であの夜明けの空を眺めているのだ。
***
愛のような藍色でしたあの空の先に会いには行けないけれど