表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2 かけっこ

 

 遠くから響いてくる、どん、どん、どん、という重低音で目が覚めた。

 昨夜、二丁目のバーでママと三回乾杯をしたところまでは覚えている。

 それ以上の記憶は、遡る前に頭痛と吐き気に遮られた。

 何にせよ、我が帰巣本能いまだ健在、というところか。

 玄関のドアから万年床までヘンデルとグレーテルのパンくずよろしく、ジャケット、パンツ、シャツ、靴下と脱ぎ捨てた順に服が落ちていた。

 ワックスでごわごわの頭を掻きむしって、立ち上がる。

 ふらふらしながらベランダに出ると、五月の日差しと乾いた空気に包まれた。二日酔いでさえなければ、きっと素晴らしくいい天気だと思ったに違いない。

 隅っこに置かれた灰皿を足で引き寄せ、煙草に火をつける。

 白煙を吐き出しながら見慣れた住宅街を見るでもなく見ているうちに、さっきから聞こえている重低音の正体が分かった。

 その音とともに甲高い歓声や途切れ途切れのアナウンスが聞こえてきたからだ。

 向こうにちらりと見える校舎。今日はあの小学校で運動会をやっているのだ。


 運動会の音というのは不思議だ。

 多分、日本人なら誰でもそれを聞けば、何かしらの感情が呼び起こされるはずだ。

 それだけ小学生にとって、運動会とは特別な一日だったのだろう。


 かけっこはいつでも一番だった。

 一位でゴールテープを切って、一位の旗の前に座ること。

 それが毎年当たり前のように続いて、そうしてそのまま大人になるんだと思っていた。


 あのゴールテープの先は、いったいどこに通じていたんだろうな。


 部屋の中から、別の重低音が響いている。

 布団の横に転がったスマホのバイブレーションだ。

 メールじゃ捕まらないから、痺れを切らして電話をしてきたのだろう。

 そのまま充電が切れちまえばいいのに。


 煙草を灰皿で圧し潰すと、俺は運動会の音に背を向けた。




 ***



 人生の勝者と敗者はかけっこの順位のようには決まらなかった




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ