STORIES 060: 月光浴のあの娘
STORIES 060
#STORIES 060
月光浴
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満月が近づくと、月が美しいという話題が増える。
テレビやSNSで話題になるのを待つまでもなく…
仕事の帰り道に、ふと夜空を見上げて気付いたりする。
どちらかというと、暑くない季節のほうが雰囲気が出るのかな。
夕暮れもいいけれど…
月夜は少しセンチメンタルになったりもする。
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教室のいつもの席。
授業中、先生が黒板に書いた説明を、ボンヤリ眺めながらノートに書き写す。
でも、視界と意識の大部分を占めているのは、板書の文字ではなく…
僕のすぐ前の席に座る、その後ろ姿。
僕は恋をしていた。
真面目で控えめだけれど、話し始めると早口でまくし立てるような感じ…
話題が突然あちこちに飛んだりもする。
でも、優しい目元で、声が可愛い。
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学校の席替えって、年に何回くらいやったんだろう?
漫画なんかだと、好きなコと隣同士でドキドキ、みたいなシチュエーションがよくあるけれど…
隣の席、よりも、前の席、じゃないかな。
振り向いてくれないと話もできない。
なのに、ずっと視界の中心にいる。
授業になんか集中できないよね。
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僕は、決意して想いを伝えることにした。
その状況、何も行動せずにはいられなかったから。
どうやって告白したのだったか….
学校帰りに友達を付き合わせて、電話ボックスから彼女の家に電話を試みたりはしたけれど。
最終的に、放課後の教室に呼び出したりした?
なぜか思い出せない。
とにかく、彼女から返事はもらった。
「受験もあるし、友達との時間も大事にしたいから、今すぐは付き合えない。卒業まで待ってくれない?」
うん、遠回しにフラれた感じ?
ダメージが大きいな、後ろの席…
でも、学校帰りの駅までの帰り道を、何度か一緒に歩いたりすることはできた。
脈があるよな、ないような。
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少し後で、彼女の誕生日が近付いたことを知った。
僕は、気になっていた風景写真集を贈ることにした。
ロマンティックで話題になっていたもの。
でも、大きめの本屋まで探しに行かないとみつからないかも。
そこで、学校帰りに探しに行こうと考えた。
2駅先の街の本屋さん。
何軒か回ればあるかな。
授業が終わって昇降口へ向かう途中、たまたま彼女と一緒になった。
一緒に駅まで歩くチャンスだね。
幸い、あの子も1人だ。
…いや、周りの友達が気を回してくれたのかな。
ありがたく、好機を活かそう。
それに、家は逆方向なので…
普段なら駅までしか一緒にいられないけれど、今日は違う。
僕が本屋に行くから、同じ方向の電車に乗れる。
2駅だけだけど、ね。
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少し緊張しながら電車に乗り込む。
「今日はどうしたの?珍しいね。」
ちょっと寄りたいところがあって、ね。
「買い物とか?
私もついて行っちゃおうかな?」
あ、しまった…
そうか、そういう可能性もあったのか。
気付くことなくここまで歩いてきちゃったな…
さて、どうしよう。
内緒で探してプレゼントする、それしか考えていなかったけれど…
デートみたいなこと、できちゃうね、これ。
一緒に行ってその場でプレゼントしちゃう?
いやしかし、まだ誕生日には早いし。
ついでにお茶しに行ったりもいいんじゃない?
そんなに財布に入ってたかな…
その頃の僕には、10分間では何も決められなかった。
あれこれと迷ってるうちに、目的の駅に電車が止まる。
彼女を乗せた電車を見送る羽目になってしまった。
そういえば、さっきまでの会話もろくに覚えていない。
なんだか、いろいろと残念な時間…
人生は、選択の連続だ。
迷っていると、次々とチャンスを逃してしまう。
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「月光浴」という美しい写真集。
月明かりだけで撮影された、神秘的な写真が並ぶ。
彼女はとても喜んでくれた。
けれど…
やはり付き合うのは難しい。
いつまでも引っ張るのも悪いからと、程なくその恋は終わってしまった。
美しい月夜になると思い出す、ずいぶん昔の出来事。