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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集「ヒューマンドラマ」

豚姫(ぶたひめ)

※小学校で習わない漢字にルビを振っています(執筆当初は童話ジャンルで書いていたためです)。

 

 これはいつの時代なのか、どの場所にあったのかもわからない……


 地図にも教科書にも()っていない国のお話です。



 ※※※※※※※



(ひめ)さま、お食事のご用意が出来ましたよ」


 物心がついたときから私は「(ひめ)」と呼ばれていました。


 私は、高い(へい)に囲まれた「城」という場所に住んでいます。私には常にお世話係の者が付いていて、毎日三食ご飯を食べさせてくれたり、毎日お風呂(ふろ)でキレイに体を洗ってくれたり、何ひとつ不自由することのない生活を送っています。

 聞いた話だと「城」の外では、その日のご飯にもありつけない人たちがいるそうです。私はとても(めぐ)まれた場所で過ごしているのだなぁと思いました。


 ある日のことです。私の元へ小さな男の子がやってきてこう言いました。



「ねぇ(ひめ)、ボクとお友だちになってくれる?」



 私はその男の子とお友だちになりました。私と同じくらいの年の子で、周りの人たちから「王子」と呼ばれていました。その日から、私は王子と一緒(いっしょ)に城のお庭でボール投げをしたり、追いかけっこをして日が暮れるまで遊んでいました。


 とても楽しい日々でした。

 王子も私も笑ってばかりいました。


 でも王子と一緒(いっしょ)にいられるのは昼の間だけです。夜は別々の部屋で過ごしていました。私は王子の部屋の明かりを見つめながら、王子と一緒(いっしょ)に遊んだ時間を思い出して(ねむ)りにつくのでした。


 明日も王子と一緒(いっしょ)に遊びたい。

 明日も王子の笑った顔が見たい。



 ですが……そんな楽しい日々もそう長くは続きませんでした。



 王子が十一(さい)になったある日のこと。王子のお父様で、元々お体の弱かった王様が亡くなられたのです。


 城の中は大騒(おおさわ)ぎです。今度は王子が王様になられる番、王子は王様になられるための準備で大変お(いそが)しい日々を過ごされていました。私はここ何週間も王子とは遊ぶことができないどころか、会うことすらできなくなっていたのです。

 城が(あわ)ただしい事になっていましたが、お世話係は毎日私に食事を用意してくれました。しかも最近ご飯の量が増えてきた気がします……なぜなのでしょう。


 そんなある日、いつも食事を用意してくださるお世話係が、知らない男の人を連れて私の部屋へやって来ました。そして男の人に私を紹介(しょうかい)しました。


「料理長、こちらが(ひめ)さまでございます」


 やってきたのはこの城の料理長のようです。毎日私においしい料理を作ってくださる方です。私は感謝を()めて頭を下げました。


 すると料理長の口から信じられない言葉が出てきました。


「すばらしい! この肉づき、この健康そうな(はだ)のツヤ! この(ひめ)さまは戴冠式(たいかんしき)祝宴(しゅくえん)にふさわしい()()()()()()()()になるぞ。よくぞここまで育ててくれた」

「おほめにあずかり光栄です」



 ――えっ、どういうこと?



 私には言っている意味がわかりません。私は二人にたずねました。


「あの、どういうことですか? その……メインディッシュとは何ですか?」


 すると、私のお世話係がにっこり笑ってこう言いました。



(ひめ)さま、あなたは王子に()()()()()()()に育てられたのよ」




 ――食べられる?




 私の心臓が大きくドクンと動きました。私を食べる? どういうことでしょう。


「私が食べられる? 意味がわかりません」


 私がそう言うと、お世話係が私に説明をし始めました。


(ひめ)さま、あなたは選ばれし()なのですよ。この国の古くからの()()()()で、王子がお生まれになると国の中から王子のお相手をする『(ひめ)』が選ばれるのです」

「選ばれる?」

「そして王子が国王に即位(そくい)される戴冠式(たいかんしき)の日、(ひめ)さまは『祝宴(しゅくえん)の料理』として丸焼きにされるのですよ」

「えぇっ!?」

「王子が(ひめ)さまを食べることで王様に即位(そくい)……つまり王として認められます。そして残された肉はおすそ分けとして国民全員に配られるのです。(ひめ)さま……あなたは王族のために身を(ささ)げるという、とても栄誉(えいよ)あるお方なのですよ!」


 お世話係の説明を聞いて、私の心臓の鼓動(こどう)はドクドクドクと加速しました。栄誉(えいよ)あるって言われても……それって……


「それってつまり……私は殺されるってことですか?」


 すると私の言葉を聞いた料理長が


「安心してください(ひめ)さま! 料理長であるこの私めが、(ひめ)さまに痛みを感じさせないくらい素早く()()して差し上げますよ」



 ――屠殺(とさつ)!?



 ――屠殺(とさつ)って……人に対して使う言葉じゃありませんよね?



 私は……人じゃないのですか?

 私は(ひめ)じゃ……ないのですか?



「あの……私は何なのですか? 私は一体何者ですか?」


 するとお世話係が優しい声で言いました。




(ひめ)さま、あなたは……(ぶた)でございますよ」




 そう、私は…………(ぶた)だったのです。



 ※※※※※※※



「ブゥウウッ……ブゥウウウッ」


 その日の夜、私は自分の部屋にある(わら)のベッドでひとり泣いていました。


 私は殺される。

 私は食べられる。


 戴冠式(たいかんしき)は明日……その日、王子は国王になり、

 私は……殺されて食べられる……。


 ――何で?


 何で私は殺されなければならないのでしょうか? 私は何か悪いことをしたのでしょうか? とても(おそ)ろしい罪でも犯したのでしょうか?


 私は、ずっと一緒(いっしょ)に遊んできた王子が、王様に即位(そくい)する姿をとても楽しみにしていました。王子のそばで祝福してあげたいと思っておりました。

 それなのに……即位(そくい)されるとき私はすでに殺されていて、しかもその王子に食べられる……私がお祝いの料理にされてしまうなんて……。


 ――なぜ!?


 なぜ私は(ぶた)なのでしょう?

 なぜ私は殺されて……食べられてしまうのでしょう?


 私は(なみだ)が止まりません。私は(ふる)えが止まりません。私は恐怖(きょうふ)が止まりません! なぜなら……



 私は……死にたくないからです。



 そのときです。


(ひめ)……」


 小声で私を呼ぶ声が聞こえました。


 ()り返ると、私の目に飛び()んできたのは……



 王子でした。



「ヒィッ!!」



 私は恐怖(きょうふ)のあまり部屋のすみに()()みました。そこは(かべ)()げ道がないのはわかっていました。


 でも私はこの人から()げなければなりません。なぜなら……


 この人は……私を食べる人なのです!


 すると王子は私の気持ちを察したのでしょうか、私にこう言いました。


(ひめ)、心配しないで! ボクはキミを食べたりしないよ」


 えっ、どういうことですか? 王子は明日、私を食べるのではないのですか?


「話は全部聞いた! ボクも今日まで知らなかったんだ」


 そうなの……ですか?


「ボクはキミを食べない! だから、こっちにおいで」

「そんなことを言われても……私は(ぶた)、王子は人間じゃないですか!」


 自分が(ぶた)だと知った私は、素直に王子のそばへ近づくことができませんでした。


「関係ない! ボクたちは……()()()じゃないか!」

「友だち……」


 思えば王子は、最初に出会ったときから私が人間ではないことをわかっていました。それでもずっと私のことを『友だち』として一緒(いっしょ)に遊んでくれたのです。


「ボクは友だちを食べたりしない! 絶対に友だちを殺させたりはしない!」


 王子のその真剣(しんけん)な言葉に、私は今まで王子と過ごしてきた楽しい日々を思い出しました。そして私は王子の近くに歩み寄っていきました。

 近づくと王子は私に()きつき、そして頭をなでてくれました。よかった、目の前にいるのはいつもの優しい王子でした。しかし……


 お世話係から、私を食べるのはこの国の()()()()だと聞かされています。


「でも、私を殺させないって……一体どうやって?」


 すると王子は、とんでもないことを言いました。


(ひめ)! ボクと一緒(いっしょ)に……この城を()け出そう!」


 ――えっ!?


「そっ、それは……だめです。王様がいなくなっては……」


 王子はこの国でたったひとりの「お世継(よつ)ぎ」なのです。もし王子がこの城から出ていってしまい、王様に即位(そくい)しなければこの国は大混乱になります。


「かまうもんか! そんなしきたりをしなければ王になれないのなら……ボクは王やこの国なんかより(ひめ)……キミを選ぶ!」


 ――そっ……そんな!?


「キミとボクは友だちだ! だからボクがキミを守る! ボクはキミさえ生きていてくれれば何もいらない。キミがいなくなった生活なんて考えられない」


 そうなのですね、王子のお気持ちはよくわかりました、大変うれしいです。でもどうやって城を出られるおつもりなのでしょうか? 私は王子にたずねました。


「それは……ボクにまかせて」


 そう言うと王子は、あらかじめ用意されたと思われる(ふくろ)を背負い、ランタンを手にしました。私は王子の持つランタンの灯に導かれながら、城の庭にある自分の部屋をそっと()け出しました。



 ※※※※※※※



 私たちは城の出入り口、城門までやって来ました。城門は大きな(とびら)で固く閉ざされています。


(ひめ)、ちょっとここで待ってて」


 ランタンの灯を消した王子はそう言うと、ひとりで門のところへ行きました。そして(とびら)(となり)にある通用口から(だれ)かに話しかけている様子……どうやら城の外側にいる門番と話をしていたようです。

 すると大きな(とびら)がギギィーッと音を立てながら開きました。すぐに王子は、木の(かげ)(かく)れていた私の元へやって来ました。


「門番には、ボクが馬に乗って出かけると話して、(とびら)を開けてもらったよ」


 王子はそう言うと、私の背中に乗りました。


 実は部屋を出るとき、王子は私の体にロープを巻き付けました。これは王子が私に乗って移動できるようにと作った手綱(たづな)のような物です。


「ごめんね、(ひめ)……重くない?」


 いいえ、大丈夫(だいじょうぶ)ですよ王子。最初に会ったときは王子に持ち上げられるほど小さかった私ですが、今では王子より(はる)かに大きくなっています。王子が背中に乗ったところでびくともしません。


「じゃあ(ひめ)! あの門めがけて全力で走って!」


 ――えぇっ!?


 どうやら王子が考えていたのは、私が全力で走って城門を突破(とっぱ)しようという計画でした。ですがそれは危険です。

 なぜなら門番は常に二人いて、それぞれが侵入者(しんにゅうしゃ)を防ぐために(やり)を持っているからです。あの(やり)()かれたら私は死んでしまいます。生きるため城を出ようとしているのに、これでは意味がありません。


 不安になっていた私の耳元で、王子はこうささやきました。


大丈夫(だいじょうぶ)、ボクを信じて!」


 私は少し考えて、王子を信じることにしました。この城は、あの門を使う以外に出る方法がないのです。私のような体では、(かべ)をよじ登ることができません。

 それに、ここにいても明日には殺されてしまいます。私は意を決して、そして王子を信じて門に向かって全力疾走(しっそう)することにしました。


「わかりました王子、行きましょう!」


 私は右足……後ろ足で地面を二~三回()り上げると、王子を乗せて一気に突進(とっしん)しました。馬ではなく(ぶた)に乗った王子が門に突進(とっしん)していったので、門番たちは最初は(おどろ)きましたが、すぐに(やり)を持って構えました。

 私は「(やり)()かれる! 殺される!」と(こわ)くなりましたが、王子を信じてそのまま突進(とっしん)しました。門番が(やり)で私を()こうとしたとき、王子が大声で(さけ)びました。


「無礼者!! お前たち、この王子に(やり)を向けるというのか!?」


 その言葉を聞いた門番は、(ひる)んで構えを止めました。その瞬間(しゅんかん)に王子と私は門を突破(とっぱ)、そのまま街の大通りを疾走(しっそう)して城の脱出(だっしゅつ)に成功しました。



 ※※※※※※※



「あはははっ、あの門番の引きつった顔……おもしろかったぁ!」


 王子と私は街から遠く(はな)れた森の中にいました。


「ここまで来れば(だれ)も追ってこないよ……安心しなよ、(ひめ)

「は……はい……はぁ、はぁ」


 私は王子を乗せ、全力で()げてきました。正直なところ、生まれてからこんなに長い距離(きょり)を走ったことはありません。私はひどく(つか)れていて体力も限界……(のど)(かわ)き切っていました。


「あっ、ごめんね(ひめ)! (のど)(かわ)いたでしょ?」


 と言うと王子は(ふくろ)の中から水筒(すいとう)を取り出し、私に水を飲ませてくれました。私はやっと気分が落ち着き、自分が殺されずに済んだと実感したのです。


 それと同時に、大変なことをしてしまったと思うようになりました。明日即位(そくい)するはずの王子が城からいなくなってしまったのです。そしてお祝いの料理に使われるはずの「食材」、つまり私もいなくなってしまったのですから。

 この森は小高い(おか)になっていて、一番高い場所からは城が見渡(みわた)せます。夜中だというのに城の周りは灯りがともされていました。きっと王子や私が()げ出したことで大騒(おおさわ)ぎになっているからでしょう。

 明日には城だけでなく国中も大騒(おおさわ)ぎになることでしょう。私の心の中は助かったという安心感だけではなく、罪悪感もいっぱいになっていました。


 でもそんな中……


 〝ググゥウウウッ!〟


 ()ずかしながら、私のお腹が鳴ってしまいました。街中を全力で走ったのでお腹が空いてしまったのです。すると王子は(ふくろ)の中からパンをひとつ取り出しました。


「これ食べる? ボクの夕食の分を持ってきたんだけど……」


 私は半分こにしたパンを王子と一緒(いっしょ)に食べました。そして(ねむ)くなってきた私は横になり、王子は私のお腹を(まくら)にして(ねむ)りにつきました。

 今まで、夜は別々の部屋で過ごしてきた王子と私……この日、月夜に照らされた私たちは初めて同じ夢を見ることが出来たのです。



 ※※※※※※※



 次の日、王子と私は森の中を歩いていました。もう全力で走る必要がない……王子は私の背中に乗らず、一緒(いっしょ)に歩いてくれました。


 この森の向こうには、城のある町とは別の町があります。隣町(となりまち)ですが、二つの町は大きな森に(へだ)たれているため(はな)れた場所にあります。

 一応、街道はありますが馬車を使っても半日以上はかかります。なので隣町(となりまち)とは言ってもあまり交流がありません。

 この町なら私たちの正体が、王子と祝宴(しゅくえん)の食材……いいえ、(ひめ)だと気づかれないでしょう。私たちは城からの追っ手を気にしながら、森の中をひたすら歩いていました。でも……


 季節は夏……お日様が真上に近づくにつれて、私たちの体から(あせ)と体力が、()けたろうそくのように流れ落ちていきます。

 森の中を歩いていると……川を見つけました。川は浅く、王子のひざ下や私のお腹ぐらいの深さです。すぐに私たちは川に入り、王子は水をかけて私の大きな体を冷やしてくれました。


(ひめ)……お腹、空いたよね?」


 実は王子が用意してくれた食料は、昨夜分け合って食べたパンひとつだけだったのです。食事を食卓(しょくたく)から持ち出すことは行儀(ぎょうぎ)が悪いと固く禁じられていました。

 ですから王子がやっとの思いで持ち出したのは、パンひとつが限界でした。なのでこの日は朝から何も食べていません。


「そうだ、いいことを思いついた! ちょっと待ってね」


 王子はそう言うと突然(とつぜん)、川の石を拾って並べ始めました。


 王子が作っていたのは魚を(さそ)()()()でした。しばらくすると、一匹(いっぴき)の魚が迷い()んできました。魚は川を上ろうとしましたが、王子の作ったわなに(はば)まれて上ることができません。王子はその魚を手づかみで(つか)まえました。


 ――ですがこの後、王子が信じられない行動をとりました。


 王子は持っていた(ふくろ)から短剣(たんけん)を取り出し、それを先ほど(つか)まえた魚のお腹に()()すと、お腹に切れ目を入れて内臓を取り出したのです。

 さっきまで激しく体をくねらせていた魚は、初めのうちは口をパクパクさせていましたが、やがてぐったりと動かなくなってしまいました。


 ――死んでしまったのです。王子が殺してしまったのです。


 王子は平然とした顔で魚に木の枝を()すと、あらかじめ起こしておいた火のそばへ魚を置いて焼き始めました。


 さっきまで生きていた「命」です。この魚は何か罪なことをしたのでしょうか?


 私には王子が、とても残酷(ざんこく)な人に見えてきました。でも……


「魚焼けたよ、(ひめ)も食べる?」


 王子は笑顔で、私に焼いた魚を差し出しました。可哀想(かわいそう)だと思いましたが、お腹を空かしていた私はさっきまで生きていた……王子によって殺された魚を(おそ)(おそ)る食べてみました。


「あら……おいしい」


 結局、魚は残さず食べてしまいました。私()()は、魚の命を(うば)ったのです。



 ※※※※※※※



「王子、ひとつ聞きたいことがあるのですが……」

「何だい、(ひめ)


 私たちは再び、隣町(となりまち)を目指して歩いていました。ですがこのとき、私には「ある不安」が頭をよぎっていたのです。


「王子は、今持っているお金……所持金はどのくらいあるのですか?」


 (となり)の町へは、このまま足を止めずに歩いていれば今日中に着きます。ですが町に着いたところで、お金がなければ生活することができません。せっかく()げ延びたとしても、これでは野垂れ死にするだけです。


「う、うん……実は……ほとんど持っていないんだ」


 最悪の答えが返ってきました。


「ボクは普段(ふだん)から、城の外に出ることはない……いつも執事(しつじ)やお付きの者がお金を管理しているから、ボク自身がお金を持つことがないんだ」


 ――これは困りました、どうしましょう。


「でも大丈夫(だいじょうぶ)! 街に着いたらボクがすぐに働いてお金を(かせ)ぐよ」


 いえいえ、世の中そんなに(あま)くありませんよ! すぐに仕事に就けるかどうかもわかりませんし、運よく就けたとしても、日雇(ひやと)いでもしなければすぐにお金はもらえません。今日()まる宿代も、今夜食べるご飯代もありませんよ!


 私が困り果てていると……遠くの方から何か気になる「(にお)い」を感じました。


 ――くんくん……くんくん……。


 実は私、(だれ)よりも「におい」に敏感(びんかん)な鼻をしているのです。城の庭で王子と遊んでいたときも、厨房(ちゅうぼう)から(ただよ)ってくるかすかな(にお)いだけで、その日の夕食を全て当ててしまったほどです。


「ね、ねぇ(ひめ)……どこへ?」


 王子から声を()けられたことにも気づかずに、私は森の中をあちこち探し回りました。そして、気になる(にお)いがとても強く感じる場所を()き止めました。

 私は一心不乱に、その場所にある土を鼻を使って()りました。しばらく()り進めていると、なにやら黒い(かたまり)が出てきたのです。


「す……すごい! これトリュフだよ」


 王子が大きな声を上げました。どうやら私が()り出したのはトリュフというキノコのようなものでした。

 トリュフは高級な食材だそうです。ですが王子は毎日食べているせいか、この(にお)いがあまり好きではなく()きているのだそうです。


「トリュフだったら市場に行って売れば高値で買い取ってくれるはずだよ。すごいよ(ひめ)! まだ他にないかなぁ?」


 まだ(にお)いは大量に感じとれます。私は近くの土も()り起こしました。結局、王子が持ってきた(ふくろ)に入りきらないのでは……と思うほど大量に収穫(しゅうかく)できました。


「これを全部売れば、しばらく生活に困らないぞ」


 王子は大喜びでトリュフを(ふくろ)()()むと、再び隣町(となりまち)を目指しました。



 ※※※※※※※



 何とか日が暮れる前に(となり)の町へやって来ました。ですが私たちには今日()まる宿代も、今夜食べるご飯代もありません。

 私たちはさっそく市場へ行き、先ほど森で収穫(しゅうかく)したトリュフを売ってお金にすることにしました。私たちは市場の中にある一軒(いっけん)のお店に入りました。


 トリュフは高級な食材です。大変高いお金で買い取ってくれると王子が言っていました。トリュフを見た店主は「ちょっと待っててね」と言うと、大量のトリュフを(かか)えてそのまま店の(おく)へ入ってしまいました。


 店主は店の(おく)へ入ったまま、なかなか出てきません。おかしいなぁ、もしかして私たちにお金を(わた)さずそのまま()げてしまったのだろうか……王子と私が、だんだん不安を感じてきたそのとき、


 店の(おく)から聞き覚えのある声がして、何者かがこちらに向かってきました。


「王子! (ひめ)! 探しましたよ、さぁ城に(もど)りましょう!」


 現れたのは王子の教育係をしている城の執事(しつじ)と、私のお世話係でした。何でここにお世話係が? 目の前で起きている信じ難い光景に、私は呆然(ぼうぜん)としました。


「まずい! (ひめ)……()げよう!」


 王子と私は(あわ)てて店を飛び出しました。しかし……


 私たちが店の外に出ると、大勢の大人に取り囲まれてしまいました。みんな城の兵士や使用人たちです。

 どうやら私たちが城を脱出(だっしゅつ)してすぐ、(かれ)らは馬に乗り街道を通ってここまで来たようです。私たちが森を通り()けて隣町(となりまち)に向かうことを予想していたのです。


 王子と私は囲まれてしまいました。王子は私を守るように兵士たちの前に立ちはだかると、兵士たちに向かって(さけ)びました。


「おい、お前たち……ここを退けろ! これは王子の命令だ!」

「なりませぬ! それに即位(そくい)を拒否されるというのであれば、あなた様はもはや王でも王子でもありませぬぞ!」


 執事(しつじ)は無情にもこう言い放ちました。そして、


(ひめ)さま……」


 私のお世話係が、私に話しかけてきたのです。


「あなたは食べられる運命なのですよ。大人しくこちらへいらっしゃい」


 運命? なぜですか!? (いや)です! 私は死にたくありません! なぜこの様な残酷(ざんこく)なことが「しきたり」なのですか!? こんなしきたりなど無くなってしまえばいいのに!!


 ところが私のお世話係は、思わぬことを口にしました。



(ひめ)さま……命というものは、必ず他の命のために(ささ)げる運命なのですよ」



 ――えっ!? どういうこと?


「私たち全ての生き物は、他の生き物から『命』を頂いて生きているのです。つまり、私たちは他の生き物に『命』を(ささ)げるのが宿命なのです」


 ――えっ、そんなのウソよ!


「私たち人間だって同じこと。私たちは他の病原(きん)に食べられて死んだり、死んで()められたら土の中の生き物に食べられる運命なのです。たとえこの体が燃やされても、その灰は木々や草花の栄養になっていくのです」


 ――ウソ……ですよね?


「あなただって……今までおいしいものをいっぱい食べてきましたよね? その正体は全て、他の生き物の『命』なのですよ。(ひめ)さま……この運命からは、(だれ)(のが)れることはできないのですよ」


 ――!?


 私は、さっき食べた魚を思い出しました。あの魚には何の罪もない。でも魚は殺され、私たちはあの魚を食べた……



 魚から……『命』を頂いたのです。



「これはこの国の()()()()なのでございます。このしきたりを守らねば、王子は即位(そくい)することができないのですよ」


 お世話係の言葉を聞いた王子は(さけ)びました。


「そんなこと知るか! だったらボクは王になどならないぞ!」

「それはなりませぬぞ王子! たったひとりのお世継(よつ)ぎであらせられる王子、あなたが即位(そくい)せねば、この国を治める者がいなくなってしまいます! そうなれば多くの国民が混乱し、争いが起き、多くの死者が出て……国が(ほろ)んでしまいます」


 ――!?


 このとき私は思いました。私が食べられなければ……国が(ほろ)んでしまう。多くの国民が死んでしまう!?


 すると突然(とつぜん)執事(しつじ)が王子に向かって、


「王子! (ひめ)(わた)してこちらに来ないのであれば実力行使しますよ! 今ここで(ひめ)屠殺(とさつ)して城へ持ち帰ります」


 と言うと執事(しつじ)は、一人の兵士に耳打ちをしました。耳打ちをされた兵士は(けん)を取り出すと、私に向かって(けん)()りかざしてきました。


 ――殺される! そう思った瞬間(しゅんかん)


 王子が兵士の(けん)を、自分の右(うで)で止めたのです。王子の(うで)からは大量の血が流れ出ました。(けん)()りかざした兵士は(ひる)み「もっ、申し訳ございません!」と王子に言うと、囲んでいる兵士たちの所へ()げるように(もど)りました。


「おっ、王子! 血が……」

大丈夫(だいじょうぶ)(ひめ)のことはボクが命を()けて守るよ」


「だ……だめです」


「……えっ?」

「私の命を守るために……王子が命を投げ出してはいけません」

「えっ……だって、(ひめ)……」



 私は……運命を受け入れる決断をしました。



「私は……自らの命を(ささ)げます。王子、あなたに食べられます」

「何だって!? (ひめ)! やめろ! 馬鹿な考えを起こすな!」


 王子の目から大粒(おおつぶ)(なみだ)がこぼれました。


「王子……あなたはこの国の王となられるお方です。あなたには国民を守る義務があります。私の命で多くの国民が救われるというのなら仕方ありません。私はこの命をあなた方へ(ささ)げます」

「そっ、そんな……ダメだ! ボクたちは友だちだろ? 友だちだったらいつまでも一緒(いっしょ)にいようよ! こんなしきたりなんかくそくらえだ! (ひめ)……一緒(いっしょ)にボール遊びしよう! 一緒(いっしょ)に追いかけっこしよう! 同じ景色を一緒(いっしょ)に見よう!」


 私の目からは悲しみで(なみだ)があふれ出して止まりません。こんなしきたりで殺されるのは……こんな理不尽(りふじん)な理由で王子と別れるのは本当に(つら)い運命です。


「王子……」

「……姫!」

「王子とはこんなしきたりの無い、平和な世界でお会いしたかったです」

「ボクもだよ、(ひめ)!」

「もし王子と再びお会いできるのなら私は……(ぶた)ではなく人の姿でお会いしたかったです。そしたら私も、食べられることはないでしょう」

「ひ……(ひめ)!」


「ありがとう……王子、あなたと過ごした日々はとても楽しかったです」


 そう言うと私は王子の元を(はな)れ、執事(しつじ)やお世話係の元へ歩いていきました。


「だっ、だめだ(ひめ)! 行っては……あっ、放せ!」


 私を止めようとした王子は、背後から近づいた兵士によって羽交(はが)()めにされてしまいました。


「さぁ、(ひめ)……参りましょう」




 こうして私は城へ(もど)り……そのまま屠殺(とさつ)されました。




 天国へ向かう途中(とちゅう)、私は城の「その後」を見ることが出来ました。


 私の()()は丸焼きにされました。その後、野菜や果物で(かざ)り付けをされてから多くの人に(さら)されました。

 でも、王子は一度も私の肉を口にしませんでした。王子がしきたりに従わなかったので、私の肉は国民に分け(あた)えられることなく、そのまま廃棄(はいき)されました。


 なので……王子は王に即位(そくい)することはできませんでした。治める者がいなくなった国は混乱し、多くの民衆が反乱を起こしました。

 反乱を起こした民衆によって王子は(とら)らえられ……国の混乱を招いたという罪により処刑(しょけい)されてしまいました。


 罪人として処刑(しょけい)されましたが、理不尽(りふじん)なしきたりで苦悩(くのう)した王子に同情した人たちの手により、密かに葬儀(そうぎ)が行われました。そして……


 王子の(たましい)(しず)めるため、教会の(かね)が鳴らされました。



 ※※※※※※※



 〝キーンコーンカーンコーン〟




 ――はっ!?




 学校のチャイムが鳴ったとき、私は突然(とつぜん)……全てを思い出しました。



 私の……前世の記憶(きおく)です。



 私は令和という時代の、日本という国で十一(さい)……小学五年生の女の子です。


 私には「(ひめ)」という名前が付けられていました。両親は私に「大きくなって欲しい」という願いからでしょうか、小さいときから栄養価の高いものをたくさん食べさせてくれました。


 そのせいで私はぽっちゃりと……肥満体型になってしまいました。



「おーい、ブタぁ!」

「ブタ(ひめ)ーっ!」


 私は、この体型のせいでいじめられていました。「ブタ(ひめ)」というあだ名をつけられていたのです。


「おいブタ(ひめ)! ブヒブヒ言って廊下(ろうか)歩いてんじゃねーよ!」

(せま)いんだよ、通れねぇじゃねーかブタめ!」

「早く(きたな)いブタ小屋に(もど)ってブーブー鳴いてろ!」


 この日も廊下(ろうか)を歩いていたら、同級生の男の子たちから理不尽(りふじん)(から)まれ方をされました。いつもなら()げたり、泣き出すところです。が、前世の記憶(きおく)を取り(もど)した私は、その男の子たちにこう言い返しました。


「あなたたち、自分が()()()()()こと……ある?」


 私の突拍子(とっぴょうし)もない質問に、男の子たちは一瞬(いっしゅん)戸惑(とまど)いましたが、


「そっ、そんなもんあるワケねーだろ! お前はバカか!?」

「あらそう……じゃあ質問を変えるわ。あなたたち、トンカツや生姜(しょうが)焼きは食べたことある?」

「はぁ? 食べたことあるに決まってんじゃねーか!」

「そう……」


 私は呼吸を整えてから、男の子たちにこう言いました。


「いい? トンカツや生姜(しょうが)焼きはね、(ぶた)の肉を使っているの。つまりあなたたちのお腹を満たすために、(ぶた)()()たちは毎日殺されているのよ」


 男の子たちは「殺されている」という言葉を聞いて不快な顔になりました。


(ぶた)さんたちは死にたくないのに殺されているの……私たちに『命』を(ささ)げているのよ! 本来なら(ぶた)さんたちには感謝しなければいけないの! それなのに(ぶた)さんの名前を悪口に使うなんて……(ぶた)さんたちに謝りなさい」

「いっ、いきなり何を言いだすんだよコイツ、気持ち悪いなぁー!」


「ついでに言うとね、(ぶた)さんの体脂肪率(たいしぼうりつ)は人間よりずっと低いの! だから太っている人のことをブタって呼ぶのはお門違(かどちが)いよ。それと、(きたな)いブタ小屋って言ってたけど……(ぶた)さんは水の代わりに(どろ)を使って(よご)れを落としているだけで本当はキレイ好きな動物なのよ」

「うっ、うるせーぞブタ(ひめ)! お前なんかこうしてやる!」


 私の説教に腹を立てた男の子の一人が、私に(なぐ)りかかってきました。私が身構えた次の瞬間(しゅんかん)


「やめろよ」

「イテテッ、なっ何すんだよ!」


 私に(なぐ)りかかった男の子の(うで)を、通りかかった他の男の子が止めたのです。


「女の子に暴力をふるうなんてよくないよ」

「うるせぇ! お前、()()()()だな? 覚えてろー!」


 私をいじめていた男の子たちは、捨て台詞を言って立ち去りました。


「あっ……ありがとう」


 私を助けてくれたのは、(となり)のクラスの皇児(おうじ)くんという名前の男の子です。私は皇児くんの右(うで)を見つめました。皇児くんは正義感が強くてカッコよく、女の子の間では人気のある男の子です。

 でも皇児くんには生まれつき右(うで)に大きな傷あとがあり、「キズ王子」というあだ名でみんなから呼ばれていました。


 今まで、なぜ皇児くんの右(うで)に傷あとがあるのかなんて考えたこともありませんでしたが、前世の記憶(きおく)を思い出した私はすぐに気がつきました。

 皇児くんの存在は知っていましたが、私は今まで(かれ)と会話をしたことがありませんでした。でもなぜかこのとき、皇児くんの方から私に話しかけてきたのです。


(ひめ)さん……だよね?」

「はい……あっ、さん付けじゃなくて(ひめ)でいいですよ」

「そっ、そう?」


 皇児くんも、いつもと様子が変わっているように見えました。そして皇児くんは突然(とつぜん)、私にこう言いました。





「ねぇ(ひめ)、ボクとお友だちになってくれる?」





 皇児くんの言葉を聞いたとき、私は全ての苦しみや悲しみから報われた気がしました。前世から引きずっていた絶望や苦悩(くのう)は全て(はじ)け飛んでいったのです。



 ――もちろんですよ!



 私たちは時代を()えて、はるか遠い場所でこうして再び(めぐ)り会えたのです。断る理由などありません! 今度は平和な場所で、私はもう人間に食べられることもなくなったのですから。


 今度はもう、あなたの元を去りません。

 今度はもう、あなたを悲しませたりしません。






 私はこれから、ずっとあなたと一緒(いっしょ)ですよ…………王子。



最後までお読みいただきありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] メッセージ性のある内容が子どもにも伝わりやすいと思います。 ルビ入れるガッツすごいですね。 [気になる点] おそらく字数収めるために削ったものと思います。字数が許せばもっと書きたいことあっ…
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