豚姫(ぶたひめ)
※小学校で習わない漢字にルビを振っています(執筆当初は童話ジャンルで書いていたためです)。
これはいつの時代なのか、どの場所にあったのかもわからない……
地図にも教科書にも載っていない国のお話です。
※※※※※※※
「姫さま、お食事のご用意が出来ましたよ」
物心がついたときから私は「姫」と呼ばれていました。
私は、高い塀に囲まれた「城」という場所に住んでいます。私には常にお世話係の者が付いていて、毎日三食ご飯を食べさせてくれたり、毎日お風呂でキレイに体を洗ってくれたり、何ひとつ不自由することのない生活を送っています。
聞いた話だと「城」の外では、その日のご飯にもありつけない人たちがいるそうです。私はとても恵まれた場所で過ごしているのだなぁと思いました。
ある日のことです。私の元へ小さな男の子がやってきてこう言いました。
「ねぇ姫、ボクとお友だちになってくれる?」
私はその男の子とお友だちになりました。私と同じくらいの年の子で、周りの人たちから「王子」と呼ばれていました。その日から、私は王子と一緒に城のお庭でボール投げをしたり、追いかけっこをして日が暮れるまで遊んでいました。
とても楽しい日々でした。
王子も私も笑ってばかりいました。
でも王子と一緒にいられるのは昼の間だけです。夜は別々の部屋で過ごしていました。私は王子の部屋の明かりを見つめながら、王子と一緒に遊んだ時間を思い出して眠りにつくのでした。
明日も王子と一緒に遊びたい。
明日も王子の笑った顔が見たい。
ですが……そんな楽しい日々もそう長くは続きませんでした。
王子が十一歳になったある日のこと。王子のお父様で、元々お体の弱かった王様が亡くなられたのです。
城の中は大騒ぎです。今度は王子が王様になられる番、王子は王様になられるための準備で大変お忙しい日々を過ごされていました。私はここ何週間も王子とは遊ぶことができないどころか、会うことすらできなくなっていたのです。
城が慌ただしい事になっていましたが、お世話係は毎日私に食事を用意してくれました。しかも最近ご飯の量が増えてきた気がします……なぜなのでしょう。
そんなある日、いつも食事を用意してくださるお世話係が、知らない男の人を連れて私の部屋へやって来ました。そして男の人に私を紹介しました。
「料理長、こちらが姫さまでございます」
やってきたのはこの城の料理長のようです。毎日私においしい料理を作ってくださる方です。私は感謝を込めて頭を下げました。
すると料理長の口から信じられない言葉が出てきました。
「すばらしい! この肉づき、この健康そうな肌のツヤ! この姫さまは戴冠式の祝宴にふさわしいメインディッシュになるぞ。よくぞここまで育ててくれた」
「おほめにあずかり光栄です」
――えっ、どういうこと?
私には言っている意味がわかりません。私は二人にたずねました。
「あの、どういうことですか? その……メインディッシュとは何ですか?」
すると、私のお世話係がにっこり笑ってこう言いました。
「姫さま、あなたは王子に食べられるために育てられたのよ」
――食べられる?
私の心臓が大きくドクンと動きました。私を食べる? どういうことでしょう。
「私が食べられる? 意味がわかりません」
私がそう言うと、お世話係が私に説明をし始めました。
「姫さま、あなたは選ばれし物なのですよ。この国の古くからのしきたりで、王子がお生まれになると国の中から王子のお相手をする『姫』が選ばれるのです」
「選ばれる?」
「そして王子が国王に即位される戴冠式の日、姫さまは『祝宴の料理』として丸焼きにされるのですよ」
「えぇっ!?」
「王子が姫さまを食べることで王様に即位……つまり王として認められます。そして残された肉はおすそ分けとして国民全員に配られるのです。姫さま……あなたは王族のために身を捧げるという、とても栄誉あるお方なのですよ!」
お世話係の説明を聞いて、私の心臓の鼓動はドクドクドクと加速しました。栄誉あるって言われても……それって……
「それってつまり……私は殺されるってことですか?」
すると私の言葉を聞いた料理長が
「安心してください姫さま! 料理長であるこの私めが、姫さまに痛みを感じさせないくらい素早く屠殺して差し上げますよ」
――屠殺!?
――屠殺って……人に対して使う言葉じゃありませんよね?
私は……人じゃないのですか?
私は姫じゃ……ないのですか?
「あの……私は何なのですか? 私は一体何者ですか?」
するとお世話係が優しい声で言いました。
「姫さま、あなたは……豚でございますよ」
そう、私は…………豚だったのです。
※※※※※※※
「ブゥウウッ……ブゥウウウッ」
その日の夜、私は自分の部屋にある藁のベッドでひとり泣いていました。
私は殺される。
私は食べられる。
戴冠式は明日……その日、王子は国王になり、
私は……殺されて食べられる……。
――何で?
何で私は殺されなければならないのでしょうか? 私は何か悪いことをしたのでしょうか? とても恐ろしい罪でも犯したのでしょうか?
私は、ずっと一緒に遊んできた王子が、王様に即位する姿をとても楽しみにしていました。王子のそばで祝福してあげたいと思っておりました。
それなのに……即位されるとき私はすでに殺されていて、しかもその王子に食べられる……私がお祝いの料理にされてしまうなんて……。
――なぜ!?
なぜ私は豚なのでしょう?
なぜ私は殺されて……食べられてしまうのでしょう?
私は涙が止まりません。私は震えが止まりません。私は恐怖が止まりません! なぜなら……
私は……死にたくないからです。
そのときです。
「姫……」
小声で私を呼ぶ声が聞こえました。
振り返ると、私の目に飛び込んできたのは……
王子でした。
「ヒィッ!!」
私は恐怖のあまり部屋のすみに逃げ込みました。そこは壁、逃げ道がないのはわかっていました。
でも私はこの人から逃げなければなりません。なぜなら……
この人は……私を食べる人なのです!
すると王子は私の気持ちを察したのでしょうか、私にこう言いました。
「姫、心配しないで! ボクはキミを食べたりしないよ」
えっ、どういうことですか? 王子は明日、私を食べるのではないのですか?
「話は全部聞いた! ボクも今日まで知らなかったんだ」
そうなの……ですか?
「ボクはキミを食べない! だから、こっちにおいで」
「そんなことを言われても……私は豚、王子は人間じゃないですか!」
自分が豚だと知った私は、素直に王子のそばへ近づくことができませんでした。
「関係ない! ボクたちは……友だちじゃないか!」
「友だち……」
思えば王子は、最初に出会ったときから私が人間ではないことをわかっていました。それでもずっと私のことを『友だち』として一緒に遊んでくれたのです。
「ボクは友だちを食べたりしない! 絶対に友だちを殺させたりはしない!」
王子のその真剣な言葉に、私は今まで王子と過ごしてきた楽しい日々を思い出しました。そして私は王子の近くに歩み寄っていきました。
近づくと王子は私に抱きつき、そして頭をなでてくれました。よかった、目の前にいるのはいつもの優しい王子でした。しかし……
お世話係から、私を食べるのはこの国のしきたりだと聞かされています。
「でも、私を殺させないって……一体どうやって?」
すると王子は、とんでもないことを言いました。
「姫! ボクと一緒に……この城を抜け出そう!」
――えっ!?
「そっ、それは……だめです。王様がいなくなっては……」
王子はこの国でたったひとりの「お世継ぎ」なのです。もし王子がこの城から出ていってしまい、王様に即位しなければこの国は大混乱になります。
「かまうもんか! そんなしきたりをしなければ王になれないのなら……ボクは王やこの国なんかより姫……キミを選ぶ!」
――そっ……そんな!?
「キミとボクは友だちだ! だからボクがキミを守る! ボクはキミさえ生きていてくれれば何もいらない。キミがいなくなった生活なんて考えられない」
そうなのですね、王子のお気持ちはよくわかりました、大変うれしいです。でもどうやって城を出られるおつもりなのでしょうか? 私は王子にたずねました。
「それは……ボクにまかせて」
そう言うと王子は、あらかじめ用意されたと思われる袋を背負い、ランタンを手にしました。私は王子の持つランタンの灯に導かれながら、城の庭にある自分の部屋をそっと抜け出しました。
※※※※※※※
私たちは城の出入り口、城門までやって来ました。城門は大きな扉で固く閉ざされています。
「姫、ちょっとここで待ってて」
ランタンの灯を消した王子はそう言うと、ひとりで門のところへ行きました。そして扉の隣にある通用口から誰かに話しかけている様子……どうやら城の外側にいる門番と話をしていたようです。
すると大きな扉がギギィーッと音を立てながら開きました。すぐに王子は、木の陰に隠れていた私の元へやって来ました。
「門番には、ボクが馬に乗って出かけると話して、扉を開けてもらったよ」
王子はそう言うと、私の背中に乗りました。
実は部屋を出るとき、王子は私の体にロープを巻き付けました。これは王子が私に乗って移動できるようにと作った手綱のような物です。
「ごめんね、姫……重くない?」
いいえ、大丈夫ですよ王子。最初に会ったときは王子に持ち上げられるほど小さかった私ですが、今では王子より遥かに大きくなっています。王子が背中に乗ったところでびくともしません。
「じゃあ姫! あの門めがけて全力で走って!」
――えぇっ!?
どうやら王子が考えていたのは、私が全力で走って城門を突破しようという計画でした。ですがそれは危険です。
なぜなら門番は常に二人いて、それぞれが侵入者を防ぐために槍を持っているからです。あの槍で突かれたら私は死んでしまいます。生きるため城を出ようとしているのに、これでは意味がありません。
不安になっていた私の耳元で、王子はこうささやきました。
「大丈夫、ボクを信じて!」
私は少し考えて、王子を信じることにしました。この城は、あの門を使う以外に出る方法がないのです。私のような体では、壁をよじ登ることができません。
それに、ここにいても明日には殺されてしまいます。私は意を決して、そして王子を信じて門に向かって全力疾走することにしました。
「わかりました王子、行きましょう!」
私は右足……後ろ足で地面を二~三回蹴り上げると、王子を乗せて一気に突進しました。馬ではなく豚に乗った王子が門に突進していったので、門番たちは最初は驚きましたが、すぐに槍を持って構えました。
私は「槍で突かれる! 殺される!」と怖くなりましたが、王子を信じてそのまま突進しました。門番が槍で私を突こうとしたとき、王子が大声で叫びました。
「無礼者!! お前たち、この王子に槍を向けるというのか!?」
その言葉を聞いた門番は、怯んで構えを止めました。その瞬間に王子と私は門を突破、そのまま街の大通りを疾走して城の脱出に成功しました。
※※※※※※※
「あはははっ、あの門番の引きつった顔……おもしろかったぁ!」
王子と私は街から遠く離れた森の中にいました。
「ここまで来れば誰も追ってこないよ……安心しなよ、姫」
「は……はい……はぁ、はぁ」
私は王子を乗せ、全力で逃げてきました。正直なところ、生まれてからこんなに長い距離を走ったことはありません。私はひどく疲れていて体力も限界……喉も乾き切っていました。
「あっ、ごめんね姫! 喉が乾いたでしょ?」
と言うと王子は袋の中から水筒を取り出し、私に水を飲ませてくれました。私はやっと気分が落ち着き、自分が殺されずに済んだと実感したのです。
それと同時に、大変なことをしてしまったと思うようになりました。明日即位するはずの王子が城からいなくなってしまったのです。そしてお祝いの料理に使われるはずの「食材」、つまり私もいなくなってしまったのですから。
この森は小高い丘になっていて、一番高い場所からは城が見渡せます。夜中だというのに城の周りは灯りがともされていました。きっと王子や私が逃げ出したことで大騒ぎになっているからでしょう。
明日には城だけでなく国中も大騒ぎになることでしょう。私の心の中は助かったという安心感だけではなく、罪悪感もいっぱいになっていました。
でもそんな中……
〝ググゥウウウッ!〟
恥ずかしながら、私のお腹が鳴ってしまいました。街中を全力で走ったのでお腹が空いてしまったのです。すると王子は袋の中からパンをひとつ取り出しました。
「これ食べる? ボクの夕食の分を持ってきたんだけど……」
私は半分こにしたパンを王子と一緒に食べました。そして眠くなってきた私は横になり、王子は私のお腹を枕にして眠りにつきました。
今まで、夜は別々の部屋で過ごしてきた王子と私……この日、月夜に照らされた私たちは初めて同じ夢を見ることが出来たのです。
※※※※※※※
次の日、王子と私は森の中を歩いていました。もう全力で走る必要がない……王子は私の背中に乗らず、一緒に歩いてくれました。
この森の向こうには、城のある町とは別の町があります。隣町ですが、二つの町は大きな森に隔たれているため離れた場所にあります。
一応、街道はありますが馬車を使っても半日以上はかかります。なので隣町とは言ってもあまり交流がありません。
この町なら私たちの正体が、王子と祝宴の食材……いいえ、姫だと気づかれないでしょう。私たちは城からの追っ手を気にしながら、森の中をひたすら歩いていました。でも……
季節は夏……お日様が真上に近づくにつれて、私たちの体から汗と体力が、溶けたろうそくのように流れ落ちていきます。
森の中を歩いていると……川を見つけました。川は浅く、王子のひざ下や私のお腹ぐらいの深さです。すぐに私たちは川に入り、王子は水をかけて私の大きな体を冷やしてくれました。
「姫……お腹、空いたよね?」
実は王子が用意してくれた食料は、昨夜分け合って食べたパンひとつだけだったのです。食事を食卓から持ち出すことは行儀が悪いと固く禁じられていました。
ですから王子がやっとの思いで持ち出したのは、パンひとつが限界でした。なのでこの日は朝から何も食べていません。
「そうだ、いいことを思いついた! ちょっと待ってね」
王子はそう言うと突然、川の石を拾って並べ始めました。
王子が作っていたのは魚を誘い込むわなでした。しばらくすると、一匹の魚が迷い込んできました。魚は川を上ろうとしましたが、王子の作ったわなに阻まれて上ることができません。王子はその魚を手づかみで捕まえました。
――ですがこの後、王子が信じられない行動をとりました。
王子は持っていた袋から短剣を取り出し、それを先ほど捕まえた魚のお腹に突き刺すと、お腹に切れ目を入れて内臓を取り出したのです。
さっきまで激しく体をくねらせていた魚は、初めのうちは口をパクパクさせていましたが、やがてぐったりと動かなくなってしまいました。
――死んでしまったのです。王子が殺してしまったのです。
王子は平然とした顔で魚に木の枝を刺すと、あらかじめ起こしておいた火のそばへ魚を置いて焼き始めました。
さっきまで生きていた「命」です。この魚は何か罪なことをしたのでしょうか?
私には王子が、とても残酷な人に見えてきました。でも……
「魚焼けたよ、姫も食べる?」
王子は笑顔で、私に焼いた魚を差し出しました。可哀想だと思いましたが、お腹を空かしていた私はさっきまで生きていた……王子によって殺された魚を恐る恐る食べてみました。
「あら……おいしい」
結局、魚は残さず食べてしまいました。私たちは、魚の命を奪ったのです。
※※※※※※※
「王子、ひとつ聞きたいことがあるのですが……」
「何だい、姫」
私たちは再び、隣町を目指して歩いていました。ですがこのとき、私には「ある不安」が頭をよぎっていたのです。
「王子は、今持っているお金……所持金はどのくらいあるのですか?」
隣の町へは、このまま足を止めずに歩いていれば今日中に着きます。ですが町に着いたところで、お金がなければ生活することができません。せっかく逃げ延びたとしても、これでは野垂れ死にするだけです。
「う、うん……実は……ほとんど持っていないんだ」
最悪の答えが返ってきました。
「ボクは普段から、城の外に出ることはない……いつも執事やお付きの者がお金を管理しているから、ボク自身がお金を持つことがないんだ」
――これは困りました、どうしましょう。
「でも大丈夫! 街に着いたらボクがすぐに働いてお金を稼ぐよ」
いえいえ、世の中そんなに甘くありませんよ! すぐに仕事に就けるかどうかもわかりませんし、運よく就けたとしても、日雇いでもしなければすぐにお金はもらえません。今日泊まる宿代も、今夜食べるご飯代もありませんよ!
私が困り果てていると……遠くの方から何か気になる「匂い」を感じました。
――くんくん……くんくん……。
実は私、誰よりも「におい」に敏感な鼻をしているのです。城の庭で王子と遊んでいたときも、厨房から漂ってくるかすかな匂いだけで、その日の夕食を全て当ててしまったほどです。
「ね、ねぇ姫……どこへ?」
王子から声を掛けられたことにも気づかずに、私は森の中をあちこち探し回りました。そして、気になる匂いがとても強く感じる場所を突き止めました。
私は一心不乱に、その場所にある土を鼻を使って掘りました。しばらく掘り進めていると、なにやら黒い塊が出てきたのです。
「す……すごい! これトリュフだよ」
王子が大きな声を上げました。どうやら私が掘り出したのはトリュフというキノコのようなものでした。
トリュフは高級な食材だそうです。ですが王子は毎日食べているせいか、この匂いがあまり好きではなく飽きているのだそうです。
「トリュフだったら市場に行って売れば高値で買い取ってくれるはずだよ。すごいよ姫! まだ他にないかなぁ?」
まだ匂いは大量に感じとれます。私は近くの土も掘り起こしました。結局、王子が持ってきた袋に入りきらないのでは……と思うほど大量に収穫できました。
「これを全部売れば、しばらく生活に困らないぞ」
王子は大喜びでトリュフを袋に詰め込むと、再び隣町を目指しました。
※※※※※※※
何とか日が暮れる前に隣の町へやって来ました。ですが私たちには今日泊まる宿代も、今夜食べるご飯代もありません。
私たちはさっそく市場へ行き、先ほど森で収穫したトリュフを売ってお金にすることにしました。私たちは市場の中にある一軒のお店に入りました。
トリュフは高級な食材です。大変高いお金で買い取ってくれると王子が言っていました。トリュフを見た店主は「ちょっと待っててね」と言うと、大量のトリュフを抱えてそのまま店の奥へ入ってしまいました。
店主は店の奥へ入ったまま、なかなか出てきません。おかしいなぁ、もしかして私たちにお金を渡さずそのまま逃げてしまったのだろうか……王子と私が、だんだん不安を感じてきたそのとき、
店の奥から聞き覚えのある声がして、何者かがこちらに向かってきました。
「王子! 姫! 探しましたよ、さぁ城に戻りましょう!」
現れたのは王子の教育係をしている城の執事と、私のお世話係でした。何でここにお世話係が? 目の前で起きている信じ難い光景に、私は呆然としました。
「まずい! 姫……逃げよう!」
王子と私は慌てて店を飛び出しました。しかし……
私たちが店の外に出ると、大勢の大人に取り囲まれてしまいました。みんな城の兵士や使用人たちです。
どうやら私たちが城を脱出してすぐ、彼らは馬に乗り街道を通ってここまで来たようです。私たちが森を通り抜けて隣町に向かうことを予想していたのです。
王子と私は囲まれてしまいました。王子は私を守るように兵士たちの前に立ちはだかると、兵士たちに向かって叫びました。
「おい、お前たち……ここを退けろ! これは王子の命令だ!」
「なりませぬ! それに即位を拒否されるというのであれば、あなた様はもはや王でも王子でもありませぬぞ!」
執事は無情にもこう言い放ちました。そして、
「姫さま……」
私のお世話係が、私に話しかけてきたのです。
「あなたは食べられる運命なのですよ。大人しくこちらへいらっしゃい」
運命? なぜですか!? 嫌です! 私は死にたくありません! なぜこの様な残酷なことが「しきたり」なのですか!? こんなしきたりなど無くなってしまえばいいのに!!
ところが私のお世話係は、思わぬことを口にしました。
「姫さま……命というものは、必ず他の命のために捧げる運命なのですよ」
――えっ!? どういうこと?
「私たち全ての生き物は、他の生き物から『命』を頂いて生きているのです。つまり、私たちは他の生き物に『命』を捧げるのが宿命なのです」
――えっ、そんなのウソよ!
「私たち人間だって同じこと。私たちは他の病原菌に食べられて死んだり、死んで埋められたら土の中の生き物に食べられる運命なのです。たとえこの体が燃やされても、その灰は木々や草花の栄養になっていくのです」
――ウソ……ですよね?
「あなただって……今までおいしいものをいっぱい食べてきましたよね? その正体は全て、他の生き物の『命』なのですよ。姫さま……この運命からは、誰も逃れることはできないのですよ」
――!?
私は、さっき食べた魚を思い出しました。あの魚には何の罪もない。でも魚は殺され、私たちはあの魚を食べた……
魚から……『命』を頂いたのです。
「これはこの国のしきたりなのでございます。このしきたりを守らねば、王子は即位することができないのですよ」
お世話係の言葉を聞いた王子は叫びました。
「そんなこと知るか! だったらボクは王になどならないぞ!」
「それはなりませぬぞ王子! たったひとりのお世継ぎであらせられる王子、あなたが即位せねば、この国を治める者がいなくなってしまいます! そうなれば多くの国民が混乱し、争いが起き、多くの死者が出て……国が滅んでしまいます」
――!?
このとき私は思いました。私が食べられなければ……国が滅んでしまう。多くの国民が死んでしまう!?
すると突然、執事が王子に向かって、
「王子! 姫を渡してこちらに来ないのであれば実力行使しますよ! 今ここで姫を屠殺して城へ持ち帰ります」
と言うと執事は、一人の兵士に耳打ちをしました。耳打ちをされた兵士は剣を取り出すと、私に向かって剣を振りかざしてきました。
――殺される! そう思った瞬間、
王子が兵士の剣を、自分の右腕で止めたのです。王子の腕からは大量の血が流れ出ました。剣を振りかざした兵士は怯み「もっ、申し訳ございません!」と王子に言うと、囲んでいる兵士たちの所へ逃げるように戻りました。
「おっ、王子! 血が……」
「大丈夫、姫のことはボクが命を懸けて守るよ」
「だ……だめです」
「……えっ?」
「私の命を守るために……王子が命を投げ出してはいけません」
「えっ……だって、姫……」
私は……運命を受け入れる決断をしました。
「私は……自らの命を捧げます。王子、あなたに食べられます」
「何だって!? 姫! やめろ! 馬鹿な考えを起こすな!」
王子の目から大粒の涙がこぼれました。
「王子……あなたはこの国の王となられるお方です。あなたには国民を守る義務があります。私の命で多くの国民が救われるというのなら仕方ありません。私はこの命をあなた方へ捧げます」
「そっ、そんな……ダメだ! ボクたちは友だちだろ? 友だちだったらいつまでも一緒にいようよ! こんなしきたりなんかくそくらえだ! 姫……一緒にボール遊びしよう! 一緒に追いかけっこしよう! 同じ景色を一緒に見よう!」
私の目からは悲しみで涙があふれ出して止まりません。こんなしきたりで殺されるのは……こんな理不尽な理由で王子と別れるのは本当に辛い運命です。
「王子……」
「……姫!」
「王子とはこんなしきたりの無い、平和な世界でお会いしたかったです」
「ボクもだよ、姫!」
「もし王子と再びお会いできるのなら私は……豚ではなく人の姿でお会いしたかったです。そしたら私も、食べられることはないでしょう」
「ひ……姫!」
「ありがとう……王子、あなたと過ごした日々はとても楽しかったです」
そう言うと私は王子の元を離れ、執事やお世話係の元へ歩いていきました。
「だっ、だめだ姫! 行っては……あっ、放せ!」
私を止めようとした王子は、背後から近づいた兵士によって羽交い絞めにされてしまいました。
「さぁ、姫……参りましょう」
こうして私は城へ戻り……そのまま屠殺されました。
天国へ向かう途中、私は城の「その後」を見ることが出来ました。
私の死体は丸焼きにされました。その後、野菜や果物で飾り付けをされてから多くの人に晒されました。
でも、王子は一度も私の肉を口にしませんでした。王子がしきたりに従わなかったので、私の肉は国民に分け与えられることなく、そのまま廃棄されました。
なので……王子は王に即位することはできませんでした。治める者がいなくなった国は混乱し、多くの民衆が反乱を起こしました。
反乱を起こした民衆によって王子は捕らえられ……国の混乱を招いたという罪により処刑されてしまいました。
罪人として処刑されましたが、理不尽なしきたりで苦悩した王子に同情した人たちの手により、密かに葬儀が行われました。そして……
王子の魂を鎮めるため、教会の鐘が鳴らされました。
※※※※※※※
〝キーンコーンカーンコーン〟
――はっ!?
学校のチャイムが鳴ったとき、私は突然……全てを思い出しました。
私の……前世の記憶です。
私は令和という時代の、日本という国で十一歳……小学五年生の女の子です。
私には「姫」という名前が付けられていました。両親は私に「大きくなって欲しい」という願いからでしょうか、小さいときから栄養価の高いものをたくさん食べさせてくれました。
そのせいで私はぽっちゃりと……肥満体型になってしまいました。
「おーい、ブタぁ!」
「ブタ姫ーっ!」
私は、この体型のせいでいじめられていました。「ブタ姫」というあだ名をつけられていたのです。
「おいブタ姫! ブヒブヒ言って廊下歩いてんじゃねーよ!」
「狭いんだよ、通れねぇじゃねーかブタめ!」
「早く汚いブタ小屋に戻ってブーブー鳴いてろ!」
この日も廊下を歩いていたら、同級生の男の子たちから理不尽な絡まれ方をされました。いつもなら逃げたり、泣き出すところです。が、前世の記憶を取り戻した私は、その男の子たちにこう言い返しました。
「あなたたち、自分が食べられたこと……ある?」
私の突拍子もない質問に、男の子たちは一瞬戸惑いましたが、
「そっ、そんなもんあるワケねーだろ! お前はバカか!?」
「あらそう……じゃあ質問を変えるわ。あなたたち、トンカツや生姜焼きは食べたことある?」
「はぁ? 食べたことあるに決まってんじゃねーか!」
「そう……」
私は呼吸を整えてから、男の子たちにこう言いました。
「いい? トンカツや生姜焼きはね、豚の肉を使っているの。つまりあなたたちのお腹を満たすために、豚さんたちは毎日殺されているのよ」
男の子たちは「殺されている」という言葉を聞いて不快な顔になりました。
「豚さんたちは死にたくないのに殺されているの……私たちに『命』を捧げているのよ! 本来なら豚さんたちには感謝しなければいけないの! それなのに豚さんの名前を悪口に使うなんて……豚さんたちに謝りなさい」
「いっ、いきなり何を言いだすんだよコイツ、気持ち悪いなぁー!」
「ついでに言うとね、豚さんの体脂肪率は人間よりずっと低いの! だから太っている人のことをブタって呼ぶのはお門違いよ。それと、汚いブタ小屋って言ってたけど……豚さんは水の代わりに泥を使って汚れを落としているだけで本当はキレイ好きな動物なのよ」
「うっ、うるせーぞブタ姫! お前なんかこうしてやる!」
私の説教に腹を立てた男の子の一人が、私に殴りかかってきました。私が身構えた次の瞬間、
「やめろよ」
「イテテッ、なっ何すんだよ!」
私に殴りかかった男の子の腕を、通りかかった他の男の子が止めたのです。
「女の子に暴力をふるうなんてよくないよ」
「うるせぇ! お前、キズ王子だな? 覚えてろー!」
私をいじめていた男の子たちは、捨て台詞を言って立ち去りました。
「あっ……ありがとう」
私を助けてくれたのは、隣のクラスの皇児くんという名前の男の子です。私は皇児くんの右腕を見つめました。皇児くんは正義感が強くてカッコよく、女の子の間では人気のある男の子です。
でも皇児くんには生まれつき右腕に大きな傷あとがあり、「キズ王子」というあだ名でみんなから呼ばれていました。
今まで、なぜ皇児くんの右腕に傷あとがあるのかなんて考えたこともありませんでしたが、前世の記憶を思い出した私はすぐに気がつきました。
皇児くんの存在は知っていましたが、私は今まで彼と会話をしたことがありませんでした。でもなぜかこのとき、皇児くんの方から私に話しかけてきたのです。
「姫さん……だよね?」
「はい……あっ、さん付けじゃなくて姫でいいですよ」
「そっ、そう?」
皇児くんも、いつもと様子が変わっているように見えました。そして皇児くんは突然、私にこう言いました。
「ねぇ姫、ボクとお友だちになってくれる?」
皇児くんの言葉を聞いたとき、私は全ての苦しみや悲しみから報われた気がしました。前世から引きずっていた絶望や苦悩は全て弾け飛んでいったのです。
――もちろんですよ!
私たちは時代を超えて、はるか遠い場所でこうして再び巡り会えたのです。断る理由などありません! 今度は平和な場所で、私はもう人間に食べられることもなくなったのですから。
今度はもう、あなたの元を去りません。
今度はもう、あなたを悲しませたりしません。
私はこれから、ずっとあなたと一緒ですよ…………王子。
最後までお読みいただきありがとうございました。
このテーマについては様々なご意見があると思われます。
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