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第6話「Forever! 勇気ある戦い!」

 3分間だけ探偵団! ~読者(あなた)が決めるものがたり~


 第6話「Forever! 勇気ある戦い!」


 【ゴミ拾い:解決編】


 【1】


 妖怪探偵ようかいたんてい()(おもて)(とう)()には、自分の命と引き換えにしてでも倒したい妖怪が3体いる。


 ひとつ、父に深手を負わせた牛車の妖怪「オボログルマ」。

 ふたつ、母をむしばんだ死の病原体「ゲン」。

 みっつ。こいつが一番にくい。妹と自分を引き離した

 すなわち、エン大王ダイオウである。


 矢面妖怪探偵団に所属する妖怪たちが、兄の東馬と妹のきょうを引き離す理由が3つある。


 ひとつ、京子が好きだから。

 ふたつ、東馬がきらいだから。

 みっつ、これが一番だいじ。愛するふたりが触れ合うと、地獄の門が開くから。


 【2】

 

 妖怪「貧乏神ビンボウガミ」は曲がりなりにもカミである。

 通常の攻撃手段では絶対に勝てず、無理にねじ伏せようとすればこちらの霊力を吸い取られ、ますます肥大化して手がつけられなくなる。


『従ッテ、貧乏神ニ 取リ憑カレタ コノ てーまぱーくハ、モハヤ 命運尽キタト 言ッテモイイ』


 見た目は白いポメラニアン、実態は霊力の半分を封じられた人面犬であるワンダ・フル3世が、テレパシーで仲間たちの脳内に直接呼びかけた。


『正面カラ戦ッテモ、勝チ目ガ無イドコロカ、全員、無駄死ニダゾ?』

「……」


 言わずもがなのことである。東馬は眼鏡のブリッヂを中指で押し上げ、形の良い眉毛をぴくりと動かして、眉間に深いしわを刻んだ。そして、憎々しげに口元を歪めて言った。


「うるさいぞ人面犬。さっきも言ったはずだ。俺は『一緒に戦ってください』とお前たちにお願いしているわけじゃない。矢面家の当主として『死ぬ気で戦え』と命令しているんだ」

『絶対ニ勝テナクテモ、カ?』

「勝つんだよ。なんのためにお前たちを連れてきたと思っているんだ」


 東馬が前を先行するワンダと、うしろからやや遅れてついてくるアカマ、八尺に素早く視線を巡らせる。


「俺も矢面家の人間だ。3分間だけ『ようかいへん』の技が使える。人面犬の機動力と、八尺女の身体能力と、怪人赤マントの残虐性を合わせ持った超人に生まれ変わって、刺し違えてでも貧乏神を倒す」

「おいらは、分の悪い賭けは好きじゃねえなあ」


 残虐、という言葉とはほど遠いのんきな声を出して、見た目は赤いスーツを着た小学生ぐらいの少年である怪人赤マントが、シルクハットのうしろで手を組んだ。


「そもそも『刺し違える』ってのが後ろ向きの考えなんでい。どうして最初から相打ち前提で戦わないといけねえんだよ。なあ、八尺?」

『……』


 背中を丸め、まったく体重を感じさせない動きで地面を滑るように移動していた身長2メートル40センチの八尺が、不意に立ち止まり、東馬とアカマの方を見た。彼女は自分の声を持っていない。その代わり、他の誰かの声を真似して人間の心に直接訴えることができる。


 八尺は大きく息を吸い込んで、身をかがめて東馬と視線の高さを合わせたうえで、意を決した表情で、穏やかな女性の声で語りかけた。


『東馬さん。このテーマパークが復興しても、あなたがいなくなったら、京子ちゃんはきっと悲しむと思います』

「……」


 それは東馬の死んだ母親、が元気だったころの声だった。

 東馬は髪の毛をかきむしったあと、その手で顔を覆ってつぶやいた。


「ふん。父さんに調伏ちょうぶくされて、少しは大人しくなったかと思っていたが、やっぱりお前は最凶のたたがみだよ、八尺女。いちばんいやなタイミングで、いちばん聞きたくなかった声を出してくる。最悪だ」

『……』

「俺の愛する家族の声で、俺の愛する家族のことを訴えるのはやめろ。

 お前は鬼だよ。悪魔だよ。……決意がにぶる。……俺の心を揺さぶらないでくれ……」

「分の悪い賭けは好きじゃねえ。だから、勝てる戦いならば、乗ってやるぜい?」


 アカマがワンダを見た。ワンダがうなずき、先を続ける。


『トウマ。我々ニ良イ考エガ アル。上手ク行ケバ、貧乏神ヲ ハラエルカモ知レナイ。失敗シテモ、我々妖怪ガ オ前ノ盾ニナルカラ 安心シロ』

「詳しく聞かせろ。つまらない作戦だったらここから撤退する」

『……』


 八尺が東馬の方を見て、ほんの少しだけ口角を上げた。

 それは、注意深く見ていなければ分からないほどの微妙な変化だったため、誰にも気づかれることはなかった。


 【3】


 客足が遠のき、閑散としたテーマパークの大通りをポメラニアンが走っていく。口にはコーラの缶をくわえ、短い脚を一生けん命、前後に動かして走る白い犬を指さして、小さな子どもが母親の手を引っ張った。


「ママ、見て! ワンちゃんがゴミを拾っているよ!」

「まァ、本当ね。えらいワンちゃんね。きっとお腹が空いているのね」

『フン、ットイテクレヨ』

 

 ワンダがテレパシーを子どもに飛ばす。それを受信したのだろう、子どもがキョロキョロと辺りを見回すが、ワンダが放ったものだとは気づいていない様子だ。


 とにかく目立て。子どもたちの前に出て注意を引き付けろ。

 それが、東馬から妖怪たちに下された指示だった。

 

 お前たち妖怪の存在は、年々、人間から感知されなくなってきている。

 見えなくなったわけじゃない。見えないふりをしているだけだ。


 とくに人面犬や八尺女、怪人赤マントなどの現代妖怪は、人間の畏敬の気持ちや、口伝などによる恐怖の伝播によって力を得ている部分が大きい。 


「だから人面犬、八尺女、そして怪人赤マント。お前たちは目立て。子どもたちの前に出て積極的に存在を示すんだ。子どもが『見た』と言えば親は信じる。信じればお前たちが見えるようになる。たくさんの人間に認知されれば、貧乏神と戦うための力をたくわえることがでいる。だから、とにかくこのテーマパークにいるすべての客に存在を認識してもらうつもりで、心臓が破れるまで駆けまわれ!」

『フン。ヒトゴトダト思ッテ 簡単ニ 言ッテクレル』


 ワンダは悪態をつくが、その顔は人間のように朗らかに笑っている。


『ダガ、悪イ作戦デハナイ』


 そう言って茂みに飛び込み、目をつぶって精神統一をする。

 ワンダの思念がテーマパーク中を駆け巡り、あちこちで自分の存在をアピールしている仲間たちの姿をとらえた。


 アカマがやナイフや包丁、クナイなどの刃物を両手で器用にジャグリングしながら、テーマパークの北にあるステージに向かって歩いている。そのうしろからたくさんの子どもたちが目を輝かせてついてきており、その姿はさながら、童話「ハーメルンの笛吹き男」のラストシーンのようだ。


 八尺がぎこちない笑顔で、足元に群がる子どもたちの身体を抱え上げたり下ろしたりしている。子どもたちはジェットコースターよりもスリルのある2メートル40センチの空中浮遊に歓声を上げ、大人たちもその笑顔を写真に収めており、楽しそうだ。


 東馬は、真面目にゴミ拾いをしていた。相変わらず、この世のすべての娯楽を忘れたような詰まらなそうな顔をして、無心にゴミを集めている。トイレの裏に落ちているしめったティッシュペーパーなども、表情を変えずに拾い上げてゴミ袋に入れる。空き缶の中にタバコの吸い殻が入っているのに気づき、大きく舌打ちをしたものの、きちんと中身を取り除いてから分別してゴミ箱に入れるほどの徹底っぷりだ。ワンダはテレパシーで彼にねぎらいの言葉をかけようとして、おそらくそんなものは望まないだろうと思い、ふっと笑って自分のなすべき仕事に戻った。


『貧乏神ヲ退ケル方法ハ 昔カラ 決マッテイル。真面目ニ 働クコトダ』


 ワンダはコーラの空き缶をくずかごに投げ込むと、すぐに茂みの中に飛び込み、泥にまみれた紙くずを拾い上げた。自慢の白い毛が汚れるのも気にしない。彼の動きを見た子どもたちが、また「ワンワンだ!」と歓声を上げた。


 ワンダは子どもたちのそばにより、じゃれるなどしてサービスをしたあと、再び猛然と走り出した。子どもに手を引っ張られた大人たちが、慌ててあとからついてくる。


『サテ、オ立チ合イダ。楽シイ しょーガ 始マルゾ!』


 ウワォォォン、と、ワンダが遠吠えを上げた。

 鳴き声にメッセージを乗せて、最大出力のテレパシーでテーマパークにいるすべての客たちに訴える。


『全員、北ノ すてーじニ 来イ!』


 ワンダは当初の予定どおり、北のはずれのステージに到着した。

 西からアカマがやって来る。東からは八尺が歩いてくる。どちらもたくさんの子どもたちと笑顔を引き連れてステージに集まってきた。


 東馬がふてくされた表情で、ゴミの一杯つまった袋と共にステージの前までやって来た。

 八尺が『……』と無言で東馬の髪を指さす。そこにこびりついていたクモの巣を手で払い、東馬はひどく赤面した。


「どうしても汚れが気になったから狭い所に潜ったんだ。悪いか?」

「いや。園長のおっさんも喜ぶと思うぜい?」


 アカマが東馬の肩を叩こうとして、その右手が不意に止まった。

 そして表情を消して口元に人差し指を当て、慎重に左右に視線を配った。


「東馬、当たったぜい。すぐ近くに貧乏神がいる」

「そのようだな」


 東馬が眼鏡のブリッヂを指で押し上げ、頬についた泥を手の甲で拭った。

 耳に手を当てて、聴覚を研ぎ澄ます。

 ステージの後方、森になっている部分の奥の方から泣き声が聞こえる。

 しわがれた老人の声だ。


「覚悟を決めろよ。最終決戦だ」


 東馬の言葉に、妖怪たちは神妙な顔でうなずいた。


 【4】


 北のステージにありったけの客を集めてショーを見せる。それが東馬たちの立てた作戦だった。貧乏神は真面目に働く人間を嫌う。活気に満ちた場所に出ると息が詰まる。そういう特性を活かしての計画だが、単純なだけに効果もあった。


 この作戦を最初に思いついたのはワンダだった。


『トウマ、オ前ノ伯父ニ 頼ンデ 園内あなうんすヲ シテモラエ。

 すてーじノ しょーニ 人ヲ 集メルンダ。

 子ドモタチノ 笑顔ガ 貧乏神ヲ 苦シメル』


 その提案を、東馬が即座に修正した。


「いや、園内アナウンスだけでは、子どもたちの心には響かない。

 なんとかして子どもたちを動かすんだ。そうすれば親も一緒についてくる」

『ドウヤッテ?』

「引き付けるんだよ。お前たちなら、うってつけだろう」


 東馬はワンダたちに客寄せを一任し、自分はゴミ拾いを買って出た。


「俺には俺の戦い方がある。

 お前たちと違って、子どもに好かれる性格じゃないからな。

 ゴミ拾いで園内をきれいにして、貧乏神を追い詰めてやる」


 はたして役割分担は上手く行き、東馬たちは貧乏神に一矢報いることができたようだ。

 定刻通りにショーが始まり、にぎやかな音楽が聞こえてくる。

 

 そのステージの後方、はるか奥の森の中。そこに貧乏神はいた。

 うす汚れたボロボロの服を着て、頭の禿げあがった貧相な老人が、涙をまき散らしながら野太い声を上げてオイオイと泣きじゃくる姿は、不気味でもあり、滑稽でもあった。


「これが『貧乏神』か」

 

 東馬は奥の手「妖怪変化」を使うためのカードを、そっとポケットの奥にしまった。

 最大級の警戒をしながら近づいてきたが、どうやらこの妖怪に戦う意思はないらしい。


 ワンダが思念波を増幅して貧乏神の想いを東馬たちに伝えた。

 貧乏神の悲しい気持ちがじんわりと心にしみ込んでくる。


 行き場がない。誰からも必要とされない。ひもじい。寒い。悲しい。もう疲れた。

 ここにも活気が戻って来た。子どもたちの笑顔があふれ、人が一生けん命働き、細かいところまで掃除が行き届いたこの場所に、もう自分は永くはいられない。


 貧乏神は泣きじゃくり、みっともなく鼻をすすった。

 東馬が前に出て、静かにこぶしを振り上げる。

 ワンダとアカマが身構えるが、八尺がそれをやんわりと止めた。


 東馬の手には、ポケットティッシュが握られていた。

 貧乏神に差し出すと、彼の感情がさざめいた。


 なぜ、わたしにやさしくするのだ、人間の子どもよ。

 わたしはお前たちに仇なす存在。貧乏神だぞ?


「自分より弱っているやつを見たら手を差し伸べろ。父にそう教わったからだ」


 東馬はうしろにいるアカマたちに聞こえないような早口の小声でそう伝えたが、貧乏神の動揺は思念波となって妖怪たちに届いていた。


 貧乏神は東馬からポケットティッシュを受け取って、盛大に鼻をかんだ。

 東馬たちの背後にあったステージから、子どもたちの歓声が聞こえてきた。


 【5】


「ゴミ拾いは終わりました。伯父さん、この園はきれいになりましたよ」


 事務所で報告すると、東馬の伯父である園長は満面の笑みを浮かべた。


「そうか。ご苦労だったね、東馬くん。

 ()()()()()()()()、妖怪くんたちも頑張ってくれたんだろうね」


 そう言って、差し出された分厚い手を東馬はぎこちない笑顔で握り返す。

 東馬は諸々の手続きを済ませると、妖怪たちをあごで促した。

 妖怪たちが事務所の外に出ていくのを確認してから、東馬は最後に伯父に告げた。


「伯父さん。2つだけ、お願いしてもよろしいですか?」

「おお、なんでも言ってくれ。可愛い甥っ子のたのみだ」

「ありがとうございます。まず1つ。ステージの奥の森に、小さなほこらがあります。そこに、えびの入った味噌汁をお供えしてもらえませんか? きっと喜ぶと思うので」

「? 分かった。すぐに用意させよう」

「それともう1つ」

 

 東馬はピンと指を1本立てて、今にも泣きそうな、穏やかな笑顔で伯父に言った。


「伯父さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……」

「俺の母が――あなたの妹があんなことになって、あなたが妖怪を憎む気持ちは分かります。ですが、妖怪はあなたの思っているような奴らばかりではない。彼らの存在を否定し、目と耳をふさぎ、すべてを忘れようとするのは分かります。しかし、それでは人間の味方をしてくれる気のいい妖怪まで、浮かばれなくなるんです」

「……」

「俺は閻魔ヤマとの契約で、いずれは京ちゃんを好いてくれているあの妖怪たちとも戦わなければいけません。戦う前に妖怪探偵団が解散してくれていればいいんですが、まァ、京ちゃんが頑張っても、あとしばらくは無理でしょう。だから、あいつら妖怪にはできるだけ嫌われていたい。その方が、あとくされなく戦えますからね。でも伯父さん、せめてあなたと京ちゃんだけでも、あの妖怪たちを愛してやってはくれませんか?」

「……」


 伯父は何も答えなかった。東馬は黙って一礼すると、事務所をあとにするのだった。


(第7話に続く)




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― 新着の感想 ―
[一言] 東馬も妖怪達もお互いのためを思っているのに 最後には戦わないとならないなんて...(ㅠ︿ㅠ) みんなが幸せになれる方法 見つかると良いなぁ
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