第5話「Emergency! 妖怪探偵団、西へ!」
3分間だけ探偵団! ~読者が決めるものがたり~
第5話「Emergency! 妖怪探偵団、西へ!」
【ゴミ拾い:出撃編】
【1】
妖怪探偵・矢面東馬率いる妖怪探偵団には、3つの鉄の掟がある。
ひとつ、矢面家の人間には絶対に逆らわない。
ふたつ、何があっても矢面家の人間を守り抜く。
みっつ。これが一番だいじ。上の2つの約束を破った場合、矢面家の人間にその場で調伏されても文句を言えない。
熱病に浮かされている妹、京子の命を救うために、兄の東馬にはやりたいことが3つある。
ひとつ、京子を苦しめている妖怪をこの世から残らず退散させる。
ふたつ、京子が幸せになれるように、一刻も早く妖怪探偵団を解体する。
みっつ、これが一番だいじ。愛する家族に触れられないという、自分自身に掛かった呪いを解く。
【2】
国を通して正式な依頼を受けた矢面妖怪探偵団は、臨時所長・東馬の指揮のもと、電車を乗り継いで西にある大きなテーマパークへと向かった。かつて父母が健在で、東馬自身も今よりは穏やかな目をしていた頃に、家族4人でよく訪れていた場所だ。
関係者専用のゲートをくぐって事務所のドアをノックする。扉を開けるとそこには、頭が禿げ上がりよく日焼けした顔の中年の男がいて、東馬に握手を求めてきた。
「東馬くん! おお、久しぶりだね。美弥子に良く似てきた。いや、鼻の高さは西文くん譲りか? ご両親の良い所を受け継いだね」
「伯父さん、ご無沙汰しております」
東馬が如才なく頭を下げる。伯父と呼ばれた男の胸には「園長/矢面」の名札と、このテーマパークの所属であることを示すバッヂがついている。東馬は後ろに控えている配下の妖怪たちをちらりと一瞥し、また伯父の方に向き直って言った。
「矢面妖怪探偵事務所所属、従業員番号001人面犬、004怪人赤マント、005八尺女を、国からの依頼に基づき、園内清掃およびゴミ拾いの社会奉仕作業に当たらせます。今回は身長2メートル40センチの八尺女を連れて参りましたので、高所での作業も可能です。妖怪ですから高いところから落ちてもそう簡単には死にません。なんでもやらせますので、どんな危険な仕事でもなんなりとお申し付けくださいませ」
「東馬、てめえ」
その言い草にカッとなった赤いスーツに赤マントの少年、怪人赤マントのアカマが一歩前に出るが、長身の八尺がやんわりと止める。
彼女は事務所の天井に頭をぶつけないように猫背気味に身をかがめている。ほかでもない、八尺本人に制止されてしまっては、アカマはそれ以上何も言えない。
アカマはふてくされた表情で腕を組み、トレードマークのひとつである赤いシルクハットを目深にかぶって東馬と視線を合わせないようにした。
園長でもある東馬の伯父は、どこか遠くの方を見ながら、ニコニコと笑っている。
「なるほど、私には見えないが、そこには西文くんが命がけでつかまえた妖怪たちがいるんだね?」
「はい。子どもにはわりと見えますので、お客さんが混乱しないようにアナウンスをお願いします。あと、勘の鋭い大人や精神が疲れている人にも見えやすいので、なるべく驚かせないように努めます」
「分かった。全館に通達しておこう」
伯父はそう言うと机の上の電話を使って、各部署に内線を掛けた。
「矢面だ。連絡網を回してくれ。本日、妖怪が3体、園内の清掃作業をする。人面犬と、怪人赤マントと、八尺様だそうだ。ああ、そう。たぶん伝説と同じ姿をしている」
それを聞いて、東馬が伯父の耳元でささやいた。
「伯父さん。妖怪たちは父の西文と戦った際に霊体の一部を削り取られているので、人面犬は白いポメラニアンのような姿に、赤マントは小学生の男子と同じぐらいの身長になっています」
伯父は受話器を耳に当てたまま指でOKサインを出してうなずいた。
「訂正だ。妖怪たちは白いポメラニアンと、たぶん赤いマントをつけた小学生ぐらいの男の子のような姿をしているらしいから、お客様に見られてもあまり混乱はないだろう。八尺様は、パレードに出てくる大道芸人か何かだと思われるんじゃないか? とにかく、よろしく頼む」
『ハッシャク、オ前、大道芸人ノフリガ デキルカ?』
人面犬、見た目はポメラニアンのワンダ・フル3世が後ろ脚で首の付け根を掻きながら、テレパシーで八尺に呼びかける。八尺はノドに手を当てて、「他人の声真似をする」という自身の能力を使って答えた。
『ポップコーン、ポップコーン。ポップコーンはいかが?』
そして、有名な猫のキャラクターの声真似で、ポップコーンが焼き上がるまでの3分間の歌をうたい続ける。
『ハロー、ハロー、こんにちは。わたしはみんなの人気者~♪』
「陽気な歌なのに、八尺が無表情に歌うのが不気味だな」
と、アカマが肩をすくめて苦笑する。東馬が舌打ちをした。
「お前たち、うるさいぞ。少しは静かにしろ。消されたいのか?」
八尺が歌を止め、アカマが東馬に見えない角度で舌を出した。
東馬は再び伯父の方に向き直り、作り物の笑顔を浮かべて言った。
「ところでどうですか、このテーマパーク。何か最近、困ったことはありませんか?」
「あァ、どこも人手不足でね。スタッフがすぐに辞めてしまうし、ここ数ヶ月は急に客足が遠のいている。先月は子どものためのショーを開催しようとしたのだが、役者さんが体調不良とかで急に公演中止になって散々だったよ。今日も子ども向けのイベントを予定しているんだが、またいきなり中止にならないか心配だよ」
「そうですか……」
「東馬、園長のオッサンに伝えてくれよ」
アカマが胸を張って前に出る。
「もしイベントが中止になったら、おいらがジャグリングとか風船配りとかをやって盛り上げてやるってな」
「……」
東馬が眼鏡のブリッヂを指で押し上げた。アカマは風船配りのパントマイムを始める。
「子どもの扱いはお手のもんだぜい。ほら、赤いのがいいか? 青いのがいいか? それとも黄色いのがいいか?」
『オ前、タダソレガ 言イタイダケダロウ?』
アカマとワンダのやり取りを、八尺は『……』と見おろしている。伯父が目を細めた。
「私には聞こえないが、妖怪くんたちが何か言っているのかね?」
「はい。風船配りでもなんでもやりますと言っています」
「ははは、気持ちはありがたいが、風船はもう売っていないんだ」
「? なぜですか?」
「ヘリウムガスが値上がったからね。それに、ガソリン代も高騰して、以前のようにゴーカートをたくさん走らせることもできなくなった。どこも不景気だね。たまらんよ」
「……」
東馬は眼鏡のブリッヂを指で押し上げ、伯父の方に歩み寄って言った。
「伯父さん。このテーマパークは俺と家族との思い出の場所です。経営が大変だとは思いますが、どうか続けて行ってください。今日いちにちで園内の隅々までピカピカにして、お客さんがまた来てくれるように、俺たちも頑張りますから」
「おお、ありがとう東馬くん。そうだね、京子ちゃんもよくここに遊びに来てくれたね。もちろんだとも、私が働けるうちはこの園をつぶすわけにはいかないよ」
「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
伯父と力強く握手を交わす東馬を、妖怪たちは「……」と無言で後ろから見守っていた。
【3】
園長である伯父から清掃場所や修繕が必要な箇所などの細かな指示を受け、園内マップに赤文字で書き込んでから、東馬と妖怪たちは作業を始めた。ここからは時間との勝負だ。広い園内を効率よく周るためには、綿密な計画と作業分担が必須になる。
事務所を出ると人面犬のワンダが、テレパシーを使って東馬に語りかけた。
『トウマ。分カッテイルトハ 思ウガ、コノてーまぱーくハ、モウ駄目ダ』
「……」
「ああ、あのオッサンには気の毒だけどな」
アカマが手を後ろに組みながらつぶやく。
「この遊園地は妖怪『貧乏神』に取り憑かれちまってる。貧乏神は曲がりなりにも『神』だからなァ。倒す方法なんてねーし、自分から出ていくのを待つしかねえや」
「ふん。お前たちに言われるまでもない」
東馬が感情を押し殺した声で、誰とも視線を合わせずに言った。
「貧乏神に憑かれているのは、ここに入った瞬間からもちろん気が付いていたさ。それでも俺たちはあのゴミを祓って、このテーマパークをまた客であふれる夢の場所に戻さないといけないんだ」
「はっ。貧乏神は絶対に祓えねーよ。何をやったって無意味だ。石の壁に卵をぶつけるようなもんだぜい?」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないだろう!?」
「いいや、分かってるはずだぜい?」
アカマがちらりと八尺の方を見やった。八尺がうなずく。アカマがため息をつき、東馬が考えないようにしているであろうことを、あえて指摘した。
「もちろん、貧乏神をここから出す方法は、ある。あいつは味噌が好きだからなァ。味噌汁か、味噌田楽を用意して匂いで引き付ければ、もしかするとこっちに寄ってくるかもしれねえ。だけどな、貧乏神は一度取り憑いたら、数か月は相手に執着する。……つまり東馬、今度はてめえが苦労することになるんだぜい?」
「安い犠牲だ。それで伯父さんが助かるならな」
「てめえはどうするんだよ?」
「京ちゃんの元からしばらく離れる。どうせ呪われていて、妹には触れられない身体だ。だから今まで通りだ。悔しいが、妹のことはお前らに託す」
「……」
「俺はどうなってもいい。京ちゃんが大好きだったこの場所を守るのが最優先だ」
「……、もしかすると本当に気づいていないだけかもしれないから、念のため、教えておいてやるぜい?」
アカマがやれやれと首を振りながら、深いため息とともに腹の底から声を絞り出した。
「京子はこの場所が好きなんじゃねえ。家族と一緒にこの遊園地に来るのが好きなんだ。気に食わねえが、京子はお前のことが大好きだ。だからおいらたちは、てめえも、京子の好きなこの遊園地も、どっちも守らねえといけねえんだよ!」
『我々ハ 矢面家ノ人間ヲ守ル。ソウイウ約束ダカラナ』
「ふん。それで俺がお前たちに感謝すると思うか?」
東馬が眼鏡のブリッヂを手で押し上げ、妖怪たちの方を見ないようにして言った。その表情は、長い前髪に遮られて、読めない。
「勘違いするなよ。俺はお前たちに『貧乏神の除霊を手伝え』とお願いしているわけじゃない。『貧乏神を倒すから死ぬ気でやれ』と命令しているんだ」
「……」
「相手は曲がりなりにも『神』だからな。除霊する過程でお前たちのうちの誰かがやられて成仏するかもしれない。だが、そんなのは知ったことか。仕事中の事故は矢面家の責任じゃない。お前たちは、父、西文の温情でこれまで生かされているだけに過ぎない。本来だったらとっくに失っていたはずの命だ。せいぜい、矢面家のために戦って死ね」
「ふん。いいぜい、やってやるよ。京子のためだ」
『ワンワン。成功報酬ハ 鶏ノささみデ 頼ム』
『……』
妖怪たちはうなずき、互いの顔を見合わせた。
この仕事を終えて得られるポイントはわずか6点。
しかし、それ以上に価値のあるものを手に入れるために、矢面東馬と3体の妖怪たちは、勝ち目の薄い絶望的な戦いに身を投じようとしていた。
(第6話【ゴミ拾い:解決編】に続く)