第2話「Blast! 時間よ、とまれ! 妖怪爆弾の恐怖!」
3分間だけ探偵団! ~読者が決めるものがたり~
INSTANT DETECTIVE
第2話「Blast! 時間よ、とまれ! 妖怪爆弾の恐怖!」
【不発弾処理:出撃編】
【1】
妖怪探偵・矢面京子が率いる矢面妖怪探偵団には、3つの守るべきルールがある。
ひとつ、妖怪が事務所(結界)の外に出るときは、必ず京子の許可が要る。
ふたつ、いちどに外に出られる妖怪は3体までと法律で定められている。
みっつ、これが一番だいじ。妖怪は何があっても京子のそばを離れてはいけない。
そして、京子と仲間の妖怪たちは、3つの約束を交わしている。
ひとつ、事件を解決するごとに、警察からポイントをもらえる。
ふたつ、ポイントが一定数貯まると、妖怪たちは自由の身になれる。
みっつ、これが一番だいじ。京子は仲間を必ず守る。
【2】
神宮寺刑事との作戦会議はつつがなく終わった。
不発弾が見つかった場所から半径数キロメートル圏内の住民の避難はすでに完了している。あとは、人外の力が取り憑いているという謎の爆弾を無力化するだけだ。
矢面妖怪探偵事務所いちの有能な美人秘書、口裂け女の咲き子さんが事件の概要を簡潔にメモにまとめて、事務所のコルクボードに画鋲で貼り付けた。
依頼内容:爆弾の解体。
今回の目的:周りに被害を出さないように爆弾を無力化すること。
任務達成によって得られるポイント:20点(現在420点/666点で解放)
「それじゃあ、爆弾の解体に行ってきます。留守番をたのみますね」
京子はそう言って、事務所に残る仲間たちに深々と頭を下げた。そして、神宮寺が選んだメンバーと共に、玄関で黙々と出発の支度を始める。
くるぶしまで覆うタイプのスニーカーを履き、亡き父に買ってもらった野球帽を目深にかぶる。そして、母がまだ元気だったころにテーマパークで買ってくれたサメ型のリュックサックを背負って、京子の準備は完了した。事件現場に向かうときの、彼女のいつものスタイルだ。
京子は、履きつぶして底がつるつるになったスニーカーの爪先をトントンと床に打ちつけてから、短いズボンのうしろポケットにしまったスマートフォンの感触を手で確かめた。そしてそれが、間違いなくそこにあることを確認したのち、共に事件現場に向かう仲間たちに声を掛けた。
「では、行きましょうか。咲き子さん、キロロさん、と……」
京子はズボンのうしろポケットを探り、スマートフォンを取り出した。通話アプリをタップすると、一定のコール音のあとに相手につながる。
『わたし、メリーさんよ』
「もしもし、メリーさんですか? 今、どこにいますか?」
『わたし、メリーさんよ。今、あなたの心の中にいるの』
「そういうのいいですから。姿を見せてください。出発しますよ」
『わたし、メリーさんよ、今、あなたの目の前に行くわ』
虚空からメリーが現れた。夜だというのにフリルのついた日傘をさして、白いレースの手袋をつけている。三百年前の外国の貴族のようなドレスを着て、かかとの高いくつを履いているが、動きにくさは感じさせない。まったく音を立てず、スカートもひるがえさず、大地を滑るように移動する姿はさすがに人外の魔物といったところだ。
メリーが玄関から外に出たことを見届けてから、京子はとなりでランニングシューズのひもをきつく結び直している百キロババア、見た目は女子高生のキロロの方を見やった。
「キロロさん」
「おう。なんだ?」
「爆弾の種類が分からないので、今回は予想外のことが起きるかもしれません。
そのときは、キロロさんの足の速さがたよりです。よろしくお願いします」
「もちろんだ、まかせとけ!」
キロロは親指を立て、会心の笑みを浮かべる。日焼けした肌に真っ白な歯が良く映えた。
「いざとなったら、爆弾を抱えてマッハ1.5で遠くの海まで捨てに行ってやるよ!」
「爆弾をマッハ1.5で運んだら大爆発します。やめてください」
「冗談だよ。きちんと法定速度は守るから安心しろ」
「それも違います。爆弾を持って自分だけどこかに行こうという考えは捨ててください。わたしがキロロさんに足の速さを活かしてくださいと言ったのは、爆弾を捨ててもらうためではありません。遠くの人に避難を呼びかけたりとか、そういう……」
京子の表情は変わらない。もともと同年代の女子と比べても、それほど表情が豊かではない方だが、言葉の抑揚に普段と違うものを感じたキロロが、形の良い眉毛を少し上げた。
「なんだよ。怒ってんのかよ、京子?」
「はい。わたしはとても怒っています。キロロさん、約束してください。警察からの依頼をこなして、ポイントをためて、みんなで解放される日まで、絶対にひとりで危険なことはしないでください。わたしは、キロロさんたち7人とも、世間に悪い妖怪だと思われたまま、成仏して欲しくないんです。だから」
「分かったよ。変なことを言って悪かったよ。だから泣くなよ」
「泣いてはいません」
「キロロ。そこは『悪かった』じゃなくて、きちんと『ごめんなさい』と謝りなさいな。それと、所長も言葉は正しく使った方が良いですわ」
咲き子が、赤いトレンチコートにつば広の帽子――口裂け女の正装でさっそうと進み出て、顔の下半分を覆う大きなマスクをしっかりと着用したうえで、京子を諭すように言った。
「ふつう人間は、妖怪を1体、2体と数えるのです。1人、2人なんて言い方すると、あなたが良識を疑われますわよ?」
「わたしは、ふつうではありませんので」
「所長。そういうときは『あなたたちは友だちですから』と言うんですのよ?」
咲き子は苦笑して、京子の頭を手でポンと叩いた。大きなマスクとつば広の帽子のすき間から覗く目は、優しさと慈愛に満ちている。かつて血走った目で子どもたちをにらみつけ、たくさんの小学生を恐怖のあまり失神させた恐ろしい妖怪は、もうそこにはいなかった。
キロロと咲き子を玄関の外に送り出してから京子は、事務所の入り口で手を振るハナとアカマにペコリと頭を下げた。
「ハナちゃん、アカマくん、行ってくるね。たぶん全員お腹を空かせて戻ってくると思うから、夕ご飯の準備をお願いね?」
「分かったわ。気を付けてね、キョーコ」
「おいらも手伝うぜ。今夜は何がいい? 赤がいいか? 青がいいか?」
『オ前、ソレガ言イタイ ダケダロウ』
見た目はポメラニアンの人面犬ワンダが、うしろ足で首の付け根をかきながらテレパシーで応じる。それを腕に抱くのは、頭のてっぺんが天井に届くほど背の高い八尺だ。
「……」
『キョウコ、ハッシャク ガ「ワタシガ オ風呂ヲ ワカシテオク」ト 言ッテイル』
「ありがとうございます。全員泥だらけで帰ってくると思うので、とても助かります。事務所が汚れないように、戻って来たらすぐにお風呂に入りますね」
京子のその約束は、果たされることはなかった。
【3】
非常線をくぐり、現場に到着する。最近、土地の開発が始まったという地域だ。行政からも永らく放置されて荒れ地になっていたが居住地を建てるために地面を掘り返したところ、大量の人骨と共に巨大な爆弾が見つかったのだそうだ。
まるで太った魚のような、紐で縛ってあるソーセージのような、愛嬌のある丸っこい姿をした黒い物体を見た瞬間、メリーは咲き子の背後に隠れ、キロロは両足を踏みしめて獣のように低くうなった。
体毛が逆立ち、全身の毛穴が一気に開くのを感じる。鼻の穴をふくらませて目を細め、呼吸が荒くなる京子を後ろ手にかばいながら、咲き子が、極力感情を押し殺した声で左右をにらみつけながら言った。
「現場の責任者はどこ? 責任者を出しなさい!」
「私です」
作業服を着てヘルメットをかぶった中年の男が飛んできて、咲き子に事情を説明する。彼の話によると、地面から不発弾らしきものが出てきたのですぐに警察に通報した。警察はしかるべき部署と連携して爆弾を解体しようとしたが上手く行かず、専門家と協議した結果、人外の力が働いている可能性があるとして、神宮寺刑事を経由して京子たち矢面妖怪探偵団に依頼が行ったのだそうだ。
「それが3日前の話です」
「3日!? どうしてそんな……」
いきり立ち、口が耳まで裂けた咲き子の、トレンチコートの袖を引っ張る者があった。京子だ。彼女は小さく首を振ってから、こくん、とつばを飲み、責任者の男をまっすぐに見上げながら言った。
「警察の人に伝えてください。次に同じような爆弾を見つけたら、自分たちでどうにかしようとせず、すぐにわたしたち矢面妖怪探偵団に仕事を回してくださいと。そうでないと、手遅れになります」
「アレは、てめーら人間がジタバタして、どーにかなるシロモノじゃねーよ」
キロロが力強く前に出て、腕を組み、大地に両足を踏ん張って仁王立ちの構えを取る。
「知らないならば教えてやるぜ。アレは妖怪『以津真天』。放っておけば放っておくほど、強く、恐ろしく、凶悪になっていくバケモンだよ。アイツは時限爆弾ならぬ、時間が経つほど手が付けられなくなる時間爆弾なんだ。それが完全に育っちまってる。てめーらの判断ミスでな!」
(つづく)