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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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6.睨まれた蛙

「同盟」や「同盟軍」と聞いたら、アレを思い浮かべる人が多いかもしれませんね。

しらんけど。


 二人の兄が訪れて和やかに過ごした翌日、メルファリアたち三兄妹は朝から一室に籠りきりになった。時折リサが茶などを差し入れたが、昼どきになってからレオンが呼び出された。呼び出されたレオンは、一人部屋から退出してきたローレンスに捕まって、別室へと連れていかれた。


「レオン、貴様はこちらへ来い」

 内心ちょっとばかし気後れしたが、拒めるわけもないのでレオンはおとなしく付き従うことにした。いけない事はしてないと思うし。その際に服装からは副官だと思うが、栗色の髪をごく短く刈り揃えた美少年が、無言のままでレオンを促した。


 ローレンスにあてがわれた部屋へとたどり着くと、レオンよりも小柄な美少年副官はそのままで、レオンのみが室内へと招き入れられた。相変わらず無言のままだったが、レオンを見る目は鋭くて、不審な挙動が見えたら即座に取り押さえられてしまいそうだ。


 そういえば昨日の晩餐の際には壁際に佇んでいたような。きりりとして涼しげな目元が、アリスを少年にしたらあんな感じかもしれない、なんて思ったりして。


「ん? どうした?」

「いえ、……副官さんは随分と若いな、と思いまして」

「少年兵とでも思ったか?」

「ええ。しかも美少年ですよね。……モテそうで羨ましいです」

 と本音が小声で出た。


「手は出すなよ?」

「だ、出しませんよ!」

 それはこっちのセリフです、と危うく出かかったがなんとか押し留めた。

 美少年兵であることは否定しないんだな、とは思った。ローレンスがどのような嗜好でも驚きはしないが。


「まあ座れ。俺たちがこの星に集まった状況をな、かいつまんで、俺から説明する」

 ランツフォート宇宙軍総司令官直々に、である。恐れ多い、というか、メルファリアから伝えてくれた方がよほど嬉しいのに、というのが偽らざるところだ。

「失礼します」


 本来は光栄なことなのかもしれないが、レオンとしてはなるべく遠慮したい。嫌いという訳でもないが、内心でどうしても、睨まれた蛙のように委縮してしまう。レオンは膝頭が震えないよう掌で掴んで、ゆっくりと腰を下ろした。



「いきなりだが、『同盟』はわかるな?」

 はい、とレオンは最小限の返事をした。戦争になるかもしれない、その相手ということだ。ランツフォート家の三兄妹が顔を合わせてまで話し合ったのは、『同盟』との今後についてなのだ。


 人類全体の中で俗にG7と呼ばれる勢力のうちのひとつであり、正しくは、民主主義人民共和国同盟、という。政治結社である民主主義人民共和党の執政下にある複数の国が連帯する、政治・軍事的同盟である。ランツフォートとその同盟との間にいま、大規模な軍事衝突へと発展しかねない事案が発生している。


 事の発端は、ランツフォート宇宙軍が海賊対策として周辺宙域にまで拡大してパトロールを遂行したことだ。時系列で言えば、大出力γ線照射装置”ザッパー”によるノア襲撃未遂よりも前からで、各商業航路での海賊による狼藉事案が増加していたため、ランツフォート宇宙軍はパトロールを強化して警戒に当たっていた。


 そして、パトロールを強化してもなかなか海賊による事案を減らすことが出来ずにいたため、ローレンス総司令はある時点から、海賊どもをなるべく逃がさないように、という追加の指示を出していたのだった。


 そういった状況の中で、問題の事案が発生した。



 ランツフォート軍の警戒宙域の外縁に、エルブリカという星がある。


 外縁に存在しているからにはランツフォートとの間には交易関係があり、その航路ではやはり海賊の出没が散見されていた。そして、ランツフォート宇宙軍の警戒域での海賊の活発化と時を同じくして、エルブリカへと繋がる航路においてもやはり、海賊供の活動頻度は上がっていたが、これに対してエルブリカの施政当局は、有効な手段を打ち出すことができなかったのだ。


 もう長いこと続いている政情不安と、それに伴う財政難からである。


 窮余の策としてランツフォートに海賊対策への助力を依頼したところ、幸いなことにこれは快諾されて、ランツフォート宇宙軍による各航路でのパトロールが行われることになった。

 そこまでは良かったのだが。


 とある宙域で、応答を無視する船籍不明船に対してランツフォートのパトロール艦が威嚇射撃を行ったところ、反撃されて撃ち合いとなり、双方損傷しつつも船籍不明船は撃退された。


 これがただの海賊船なら、結果的には海賊を退けたことになるだけだったのだが、それが実のところ、同盟に属する国の一つであるビョンデム民主主義人民共和国の艦艇だったのだ。


 同盟は、ランツフォートとはこれまで対立関係にはなかったが、同盟の艦艇が「撃退された」とされることを良しとせず、逆に彼らの正当性を主張するために敵性戦力の排除を唱えて宇宙軍艦隊を動かした。


 敵性戦力とされたランツフォート軍は、これに対し傍観は出来ず、ひとまず管轄宙域の部隊に臨戦態勢を敷いた。すると、その動きを明確な敵対行動と断じて同盟は戦力を増強し始めた。


 かたや正当なパトロール行動であったと認識しているランツフォート軍としても、非を認めるわけにはいかない。かくして事態はエスカレートし、エルブリカ近傍のとある宙域には、いま双方ともに百隻余の大艦隊を編成して睨み合いの真っ最中だ。


「ええ!? 大戦争じゃないですか」

 まるで絵に描いたように理想的なエスカレーションだ。

「まあな」

 ローレンスは憮然として一言だけ応えた。


 その表情を読みながら、レオンは自分の頭の中で予備知識をかき混ぜた。

 同盟はたしか、ズーユウ民主主義人民共和国を中心とした集まりだが、ズーユウあるいはビョンデムだけで短期間に100隻もの外宇宙戦闘艦艇を揃えられるとは思えない。


「その数からすると、同盟諸国の連合艦隊ですよね? ってことは、同盟全体がランツフォートと敵対することを排除しない、という意志表示ですか」

「そういうことになるな。……貴様、どうやら少しは勉強しているようだな」

「ま、まあ多少は……」

「なら、奴らの本気度も窺えよう」


 ランツフォート側としても、戦時体制を敷いたわけでもなければ、にわかに揃えられるのはやはり同程度の数となる。投入できる戦力にあまり差がないからこそ、なおさら緊張が高まるのかもしれない。

「とまあ、表向きはそんなところだ。やっと海賊騒ぎが収まってきたかと思えば、この騒動だ。わが将兵を休ませてあげたい所だったがなぁ」


 では裏にある事情とは。

 それこそがメルファリアも含めての打ち合わせの核心なのだろう。


外宇宙航行艦艇は全てバニシング・リアクタとインフレート・ドライバを装備します。

乗組員が長期間活動できる環境維持機構と補給物資の搭載能力も必要です。

そうでなくては隣の星系への往復がかないません。

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