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深淵のアリス4 月は無慈悲に  作者: 沢森 岳
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4.珈琲とチーズケーキと迫りくるもの

より高精度な観測結果を得てみたら、渦巻銀河はさほど渦巻じゃなかった、なんてことになるかも。


(いったいどこが前書きだ、いうお叱りはごもっともです)

 リゾート島第一号をどこにするかを考えて、レオンは大きな紙に内海の地図を印刷してテーブル上に広げていた。といっても単なる地図ではなく、任意の島を指で叩くとその景観がホログラムで浮かび上がる、インターフェースの一部だ。


 指を滑らし丸や四角で囲うと、その範囲の景観が空中に像を結ぶ。角度を変え、縮尺を変え、建物のテクスチャを配置してみて、眺めてみては消してみる。

「最初の島は、少し大きめがいいって提案しようと思うんだ」

「なぜですか」

「なんとなく」

「」


 何故、と聞かれたのにレオンはちゃんと答えられていない。みんなはどう思うのか、聞いてみたいとは思う。

「えーと、例えばほら、少し高い山に登って周りが見渡せたら素敵じゃないか?」

「はい、そこには賛同できますね」


 北半球で大陸の西に位置するこの島々は、暖流が流れ込むとはいっても降水量はあまり多くない。テラフォーミング開始から百年程度でしかないこともあり、島々にまとまった森林は少なくてむしろ見晴らしは良かった。同じ理由から、自然のまま飲料に適する水が十分な量だけ確保できる島は、やはりある程度以上の大きさを持った島だけだった。


「なあ、この辺の地質や気候で育つ作物といったら、なんだろうな」

「一般的には、このあたりの気候に合う果樹なら、ブドウ等が適していますが」

「それだ! 立派なシャトーを建てて、ワインを作るってのはどうだろう?」

「……ランドマークには良いですね」


「なんだよ、歯切れが悪いな」

「ワインに適したブドウが収穫出来るかどうかは、まだわかりませんから。それに、ワインを醸せればそれでよいかと言うと、そうではありません」


 言われてみればその通りだ。考えだけが先走り過ぎた。自信をもって提供できる美味しいワインが出来なきゃ、不良債権と化してしまう。まずは適していると思われる品種を幾つか育ててみるところから始めなくちゃ。この星でのノウハウなんて無いに等しいんだから。


 いきなりシャトーをなどというのは明らかに勇み足だ。やっぱり調子に乗っちゃいかん。


 唐突に、「メルファリア様がお越しですよ」とアリスが告げた。

 その後で、来訪を告げるチャイムが控えめに響いた。

 呼び出されたのではなくて、メルファリアがレオンの執務室を訪ねてきたのだ。御主人様でもある憧れの女性が不意に尋ねてきたとて、レオンは慌てて何かを隠すことも無いが。


 もともと荷物の少なかったレオンは寝室以外の部屋を散らかすことも無く、元から綺麗だった室内を、なんとかそのままのレベルで維持し続けている。

「予定は無かったな……」


 メルファリアが訪れてくれるのはもちろん嬉しいが、自分が予定を失念していなかったかを先ずはアリスに確認した。そして、害になるものではないが無人島のホログラムを消して、テーブル上の大きな地図を巻いて片付けながら、レオンはメルファリアとリサを室内に招き入れた。


「レオン、いきなりでごめんなさい。少しお話があります」

「失礼いたします」

 アリスが来訪者二人に向かって小さく一礼したあと、片付けの済んだ応接室のソファへと導いた。


「メルファさん、珈琲を飲みながら聞かせて頂くってことで良いですか?」

「ええ。そうさせて下さい」


 レオンの部屋を尋ねるなら、珈琲をもてなされることを承知の上ということ。リサももう、この部屋では黙ってメルファリアと共に珈琲を頂く。

 ついでに、アリスが趣味で作るスイーツも供されるが、リサにとっては、むしろそっちがメインかもしれない。


「どうぞ、お召し上がりください」

 レオン自ら淹れた珈琲がテーブル上に並ぶと、ほろ苦い香りが柔らかく広がる。タイミングを合わせてアリスが皿に乗せたケーキを運んでくると、二人の客はふんわりと笑顔になった。


「さきほど、グラハム兄様から連絡がありました」

「なにごとかありましたか?」

 ええ、とメルファリアはレオンを見ながら少しだけ頷いた。


 アリスが抱える銀色のトレーから、テーブルの上にはミルクと砂糖も置かれた。

「腰を据えてノアの開発計画を練ろうと思っていたところでしたが、優先すべき事案が発生しました」

 リサは隣でじっと、茶請けとして出されたまあるいチーズケーキを見つめている。

 睨みつけているというわけではなくて、厳しく査定している、といったところか。


「ランツフォートは戦いを好みません。ですが、そうも言っていられないようなのです」

「え!? ……戦争ですか?」

 正直言って、レオンは内心ではかなり驚いた。

 もしかしたら相手はセヴォールだろうか、と思ったが、それはさすがにないか、とすぐに思い直した。


「まだ、そうと決まったわけではありません。ですから、今のうちになんとかしたいと思っています」

 何やら随分と面倒なことになっている様子だが。

「姫様が関与することも無いのではないかと思うのですが……」


 査定を終えたリサが控えめに進言するが、メルファリアは動じない。

「わたくしの事を心配してくれるのは有難いわ、リサ。けれど、ランツフォート家全体に関わる事ともなれば、知らぬ存ぜぬ、というわけにはいきません」

「そう、ですね」


 ひとたび戦争となれば、そこにメルファリアの活躍する場はあまりないだろう。彼女は、そうならないうちに、そうならないように、何か出来る事はないかと考えているわけだ。

 一方で、リサの思いも分からなくはない。警護役としてのレオンの考えも、この時点ではリサに近かった。


「それで、今後の方針を確認するために兄様たちとの打ち合わせを行うのですが、レオンにもお仕事を頼むことになると思います」

「はい、わかりました。どちらへ向かいますか? トーラスですか?」

 プロミオンは修復済みだ。いつでも護衛任務を果たすことができる。


「それが、もうこちらへ向かっているそうです。時間がもったいないから、と。ですから、打合せはノアで行います」

 すぐにでも出航かと思ったが、グラハムさん自らこちらへいらっしゃるとは。


「時間がもったいない、というよりも、急を要す、切羽詰まっている、なのではないでしょうか?ここ最近、幾つかの星系とそれらを結ぶ航路で軍需物資の動きが活発になっています」

 久しぶりに口を開いたかと思えば、アリスはずばりと言いにくいことを声にした。


「ええ、恐らくはアリスさんの言う通り、なのだろうと考えています。ですが、まずは詳しく事情を聴いてから、ですね」


 メルファリアは、自分の目の前の皿に盛られたチーズケーキの一切れを含んだ。

 もぐもぐと口を動かしやがて笑顔になると、ミルクを加えた珈琲を一口飲んだ。

 デルフィスタイルのチーズケーキは、珈琲との相性も抜群だ。


「濃厚な風味が珈琲に合いますね。とてもおいしいです、アリスさん」

「恐れ入ります」


もしかしたら、自分達とは起源の違う宇宙(の痕跡)も見えてくるかもしれません。

観測技術が進歩するとワクワクする……のは私だけじゃないよね?


(ジェイムズウェッブ望遠鏡の新たな観測データが発表されるたびに興奮するんです!)

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